第7章第008話 本機はまもなくユルガルムに到着いたします

第7章第008話 本機はまもなくユルガルムに到着いたします


・Side:ターナンシュ・ユルガムル・マッケンハイバー


 今日は、エイゼル市から小竜神様がお越しになる日です。

 お一人で空を飛んで来られるとのことですが。ユルガルムでは先日まで雪が降っておりけっこう積もっております。空から見たユルガルムは一面真っ白でしょうね。

 本日の空模様は晴れ間も見えますが、名残の雲がちょっと多目です。小竜神様が空で迷子にならないか心配です。


 小竜神様の到着予定は、だいたい昼前としか分かりません。空を飛ぶだけに山や河は問題になりませんが、それでも風やら雲の具合でだいぶ予定が変わるんだそうです。お天気ばかりはどうしようも無いので、これは致し方有りませんね。

 冬のユルガルムは結構冷え込みますので、見張りの兵士を交代で立てて、皆は応接室で待ちます。朝から詰めている必要も無いのですが、主人と義父様は朝食が終わるとなんかそわそわしはじめましたね。

 二歳になったシュバールをあやしながら、一家団欒して待ちましょう。



 「上空、小竜神様が飛来されましたっ!」


 抱っこしているシュバールがうとうとし始めたころ、表で監視をしていた護衛騎士から連絡が入ります。


 皆で急いで館の門へ向かいます。っと、走るなと叱られてしまいましたね。

 夫が、エイゼル市で作られたというガウンという上着を掛けてくれます。見た目はモコモコになりますが、これを着ていれば寒さは平気です。

 義父様が先に出て行きましたので、シュバールにもガウンを着せてからゆっくり行きましょう。


 外に出ると、丁度小竜神様が義父様の前に舞い降りたところでした。護衛騎士が居並ぶ中、スーと下りてきて数度羽ばたくと義父様の前にうまく止ります。

 翼を広げた小竜神様は始めて見ましたが、思ったより大きな翼ですね。それを器用に畳んでいます。


 「小竜神様、よくぞお越しくだされた。書簡にて手筈は承知しております。この度は息子の妻ターナンシュのためにご足労いただき、感謝いたします」


 膝をついて敬礼する義父様。そうですね。小竜神様のご来訪です。私達も習おうとしたところ。


 「クーッククククク、クーッ!」


 慌てたような小竜神様。手をぶんぶんと振られています。


 「御父様。小竜神様が困ってらっしゃるわよ。レイコ様と同じですわね」


 「うむ、そうか。小竜神様は同じように謙虚であられるな」


 レイコ様が始めてユルガルムに来られたときの騒ぎは懐かしいですね。赤竜神の巫女様として崇められて当然の方なのですが。ご自身は自分を平民だと言って憚りません。

 まぁそう言われましても、小竜神様を連れられる時点でなかなか無碍にも出来ないものでありますが。


 「失礼します。ここは寒いですので、まずは応接室にお連れしますね」


 私が小竜神様を抱き上げて、屋敷の中に戻ります。シュバールより軽いですね。

 この寒空を飛んできたのですっかり冷えていると思いきや、小竜神様は暖かいです。

 シュバールは、義父が抱き上げて連れてきます。


 「賓客応対及び警戒配置解除。皆、寒空の下ご苦労だった。各員通常シフトに戻れ」


 義父様が指示を出してます。みなさんご苦労さまでした。




 応接室の上座には豪華な椅子が用意されています。本来は義父様の椅子ですが、今日ばかりは小竜神様に座っていただきましょう。クッションを敷いたところに小竜神様を降ろしました。

 飲み物とカットされた果物が並べられた小テーブルが侍女によって寄せられます。飲み食いは控えられると連絡の書簡には書かれていましたが。お茶の席くらいならいいでしょう。


 「エイゼル市からの長旅、ご苦労さまでした。まずはごゆるりと」


 「ククックーッ! クーク」


 小竜神様が、ハーネスに付けられたバックから書簡を取り出します。義父様がそれを受け取りました。


 「わたし宛の書簡ですな、拝見いたしましょう。 …と、なんだ領庁と工房宛もあるじゃ無いか。ついでとばかりに連絡文書と発注書まで小竜神様に運ばせるとは…まぁこれだけ速ければ致し方ないか」


 レイコ様がついていますし、無理矢理運ばされたわけでも無いでしょう。連絡の時間が短い方が、文官や職人達も楽が出来るのです。


 小竜神様が、フルーツを召し上がり始めました。フルーツ用の小さいカトラリーを人と同じように使っていますね。

 果物が好きだというのは、前回のレイコ様と一緒の訪問時に把握しております。真冬前に収穫して氷室に保存していた果物がちょうど食べ頃です。小さめに切ったそれを、シャクシャクと美味しそうに召し上がっています。


 「一つはアイズン伯爵からだな。まぁターナをよろしく頼むとか、生まれてくるのは自分の孫でもあることを忘れるなとか、そんなことが書いてあるな。秋にはまたユルガルム領に来るとあるが。ふん、それまでに私が唯一のおじいちゃんだと生まれてくる孫にも刷り込んでくれるわっ。うわっはっはははっ」


 「父上…」「義父様…」


 なんでいつもこう張り合うのでしょうね?


 「もう一通はレイコ殿からだな。診断は小竜神様を膝の上に抱っこするだけで良いとなっ、そんな簡単なのか… 結果は文字積み木? ああバールがいつも遊んでいる玩具だな、それで渡してくれるそうだ。あとついでといってはなんだが、念のためバールの健康診察もしてくれるそうだ」


 「じいじっ! にゃーっ!」


 「おうバール、じいじのところにくるか? バールの診断もそばにいるだけで出来るそうだ。さすが小竜神様じゃの。もうちょっとまっておりバールよ」


 シュバールは、どうやら小竜神様に興味津々のようですね。

 小竜神様が、小皿のフルーツと、一緒に出された飲み物もフルーツのジュースも召し上がられました。あまり饗応するなとのことですが、…これくらいなら大丈夫そうですね?


 「クーッ!」


 小竜神様が私を見て一声上げられます。


 「よろしいでしょうか? 小竜神様」


 「クックー」


 椅子の上で立ち上がった小竜神様を抱き上げ、ソファーに座り直します。


 「これでよろしいのですか?」


 「クーッ」


 小竜神様が耳を澄ますように目を細めます。音で診断すると聞きましたが、特に何も聞こえないですね。

 一分ほど経った頃、終わったようですね。小竜神様がバックから何か取り出します。手に乗るくらいの木の板ですね。"女"と書かれています。


 「赤ちゃんは女の子…ってことでいいのでしょうか?」


 「クーッククッ」


 女の子でいいようです。二人目は女の子ですか、今から楽しみですね。


 「そうかっ! 次の子は姫かっ! ターナに似れば、さぞ可愛い姫に成長するだろうなっ! く…くくくくっ! あっははははっ! アイズン伯爵の悔しがる顔が目に浮かぶわ!」


 「義父様…またなにを張り合っておられるのですか…」


 「ははは、すまんすまん。ともかくめでたいな。ところで赤子の健康状態とかも分かると書いてあったのだが、問題ないということでいいのでしょうか? 小竜神様」


 小竜神様が右手を出して親指を立てます。真似をする義父様。


 「これは肯定って意味で良いのでよろしいので?」


 「クーッ!」


 「…らしいな。うむ、健康万事っ!」


 さらに数字の掘られた小さめの積み木が並べられました。示した数字は175とあります。


 「予定日が175日後…ということだろうか?」


 「クーッ!」


 小竜神様がまだ親指を立てます。それでいいようですね。

 侍女に任せていたシュバールがだっこをせがんできました。


 「あ~、にゃーにゃ? にゃーにゃさん?」


 シュバールが喋るようになってしばらく経ちますが、最近は語彙も増えてきました。

 小竜神様に手を伸ばします。触ってもいいのでしょうか? …よさそうですね。同じソファーに座らせます。

 城の中には、鼠対策に猫も何匹かおりまして、シュバールにもお気に入りの猫がおりますが。まるで猫にするかのように小竜神様の頭を撫でてます。

 ああ、角にも触っていますがいいのでしょうか?。…小竜神様はとくに嫌がる雰囲気もないですね。シュバールのことをじっと見つめています。今診察されているのでしょうか?


 「クーッククッ!」


 「小竜神様、シュバールは問題ないですか」


 「クーッ」


 再度親指を立てています。


 「そうですか。それは良かったです」


 「何じゃ、ターナンシュは小竜神様と会話が出来るのか?」


 「そこまでは…ただ、表情を見ていればだいたい言いたいことは伝わります」


 小竜神様が私を見つめていたので、おもわずシュバールにするように頭に手が伸びてしまいました。

 易しく撫でると目を細める小竜神様。このようなかわいらしい生き物が赤竜神の眷属とは。


 「では小竜神様。レイコ殿とアイズン伯爵に書を認めるので、しばらくごゆるりとしていただけるかな」


 義父様と主人が、書簡の準備のために執務室の方に向かいました。


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