第7章第005話 王宮の料理長
第7章第005話 王宮の料理長
Side:ツキシマ・レイコ
ということで、アーメリア様のお腹の赤ちゃんの性別鑑定も終わりましたので、そろそろお暇いたしましょうか。ギルドで依頼を受けたの時には泊まりでと言われたのですが。まぁ私ならエイゼル市まで走って三十分かからないですからね。
王都のアイズン伯爵の別邸には何度か泊まったことがありますが。…申し訳ないけど、やっぱ家が一番落ち着くのです。と思っていたのですが。
「レイコちゃん、小竜神様とご一緒に今日の夕餉に招待したいんだけどいいかしら? かしこまった席ではなく、私達家族の普段の夕食なんだけど」
…王家の夕ご飯に招待されました。
これでも私が派手な宴席が苦手ってことで、その辺は気を使っていただいたのでしょう。
「レイコ殿の奉納レシピは王宮でも全部買わせてもらっているからな。料理長が是非にと、えらい張り切りようだったぞ」
そこまで言われては断れませんね。見せていただきましょう、ネイルコード国王宮料理長の腕前とやらを。
王宮本館ではなく、陛下が普段住まいされている別棟の方に案内されました。
「おじいさまとお婆さま、それに叔父様達も皆揃っての夕食って、久しぶりねよね」
カルタスト殿下とクリスティーナ様はなんかソワソワと楽しそうです。
王宮に住まわれている王族の方々は、国王陛下夫妻、王太子アインコール御一家、第二王子カステラード御一家。それぞれ独立した邸宅が王宮敷地内に建っていますが。二家族までは揃うことはよくあっても、勢揃いの晩餐は久しぶりだそうです。
そこまで畏まった席でもないのですが、それでも王族の食事の席。私はけっこう緊張してますよ?
…レッドさん曰く、邸宅の周囲には武装した騎士の反応がとのこと 王族勢揃いですからね。重警備、なんか申し訳ないです。
レッドさんには、子供用の高めの椅子にクッションでかさ上げされた席が私の隣に用意されています。
「その小竜神様の椅子、僕が昔使っていたやつだね」
「クーッ?クー」
カルタスト様の使っていた椅子だそうですよレッドさん。子供はだいたい三歳くらいから会食に参加するそうで、子供用の椅子が食堂には用意されていました。
ただ、カトラリーはレッドさんお気に入りのセットをハーネスのカバンに入れていましたので、そちらを使います。子供用の小さめのカトラリーでもレッドさんにはちょっと大きいですからね。
「うむ。カステラードらの子がそこに座るのが、今から楽しみだな」
「わたしが隣の席に行くわっ! わたしがお世話してあげるのっ!」
今この中ではクリスティーナ様が最年少ですからね。歳が下の子が来るのが楽しみでしょうがないようです。
「それでは、配膳させていただきます」
緩くて丸い帽子…おばさんが使うヘアキャップみたいですが、これがこちらのコック帽です。清潔で真っ白な服に白いエプロンをつけた四十代くらいの紳士。王宮料理長のヌース・レッチェさんと紹介されました。
「異世界の料理のレシピ、いつも興味深く拝見しております。今日は、ネイルコードの料理とレイコ様のレシピを私なりに合わせたメニューとなります。忌憚のないご意見をいただければ幸いです」
様付けはやめて~と言ったのですが。私は料理人の界隈でも有名人扱いとかで、とても下に置くことは出来ませんと言われてしまいました。
「お菓子や料理のレシピも刺激的ですが。冷蔵庫と冷凍庫、あれには本当に助かっておりますよ。新鮮なままの食材に、夏でも冷やすという料理法、これだけでも料理の幅がぐんと広がります」
あれらは、ユルガルムやマルタリクの職人さん達も頑張った結果ですけど。
冷蔵庫を馬車に積んで、エイゼル市で揚がった魚を王都に運んでいるって話は聞いたことがあります。電源が必要ないマナ冷蔵庫ならではですが。王都に届く海魚としては、鮮度は今までと段違いでしょうね。
料理長のヌース・レッチェさん。一品出る都度にどんな料理かの説明をしてくれます。
白身の魚のフライに、ネイルコード伝統のソースにマヨネーズをアレンジしたソースをかけたもの。
ナイフを使わないのがこちらの食卓ですので。1つがナゲットくらいのサイズで、一口で食べられるようになっています。
サクサクに揚がった衣を破ると、口の中でほぐれる魚の身。それでいてボソボソしているわけでもなく、旨みが広がります。
ソースも、ここはタルタルとか考えるところですが。酸味と甘みに辛み…魚フライに絶妙に調節されたサウザンドアイランドドレッシングという感じですか? マヨネーズも入っていますよね? これは逆に私がレシピを買いたくなるくらいの出来ですね。
「これ、ものすごく美味しいですっ! 揚げ具合も絶妙、ソースも絶品ですっ!」
「クーッ!ククッ!」
レッドさんも、星三つとか言っています。
「気に入って貰えて何よりです」
料理長のヌースさんも、気のせいかドヤ顔ですが。いや、自慢して良い一品ですよこれは。
お魚に続いてメインのお肉は煮込料理です。見た目ビーフシチューに似た料理ですね。野菜と一緒に煮込まれていて、肉はトロトロ、スープも絶品。
ナンに似たパンと一緒にいただきましたが、スープに付けながら食べると、いくらでも食べられそうです。
「それはアム・サンゼ・ローと名付けられたシチューだ。王宮では昔から伝わる料理長の自慢の一品だな」
「これを作れるようになるのが、料理長就任の際の必須試験となっております」
アム・サンゼ・ロー、日本語で言うのなら"皿洗い要らず"ってところですか。お皿をパンでぬぐってまで食べてしまうので、お皿が洗う必要が無くなるくらい綺麗になる…という意味だそうです。
このパンの方も絶品です。バターとかが使われているわけでは無いシンプルなパンですが。小麦の味からして違うって感じですね。
ネイルコード国では、農家の小麦はだいたい八割が国に収められます。農家が食べる分が二割ですね。小麦は基本的に国の専売品として買い取られ、他の作物もろもろと合わせてから計算して税が引かれます。一時、アイズン領では八割が税という風評がバッセンベル領とかダーコラ国に流れたのも、この辺からですね。
この国では小麦の生産量は基本的に国が管理するところで、麦の作付けの増減は役所が指示するところですが。一部で高品質な麦がブランド麦として許可を得た上で別途生産販売されています。このパンもその枠の高級麦を使っているのでしょう。
レッドさんも器用にパンを千切って食べています。その様子を給仕の方がなんか生暖かく見守っています。
もちろんサラダも付いています。生の葉物に茹でた根菜、ドレッシングには何か出汁系のスープも入っていますか?。マヨネーズを使わない野菜が多いポテトサラダ?という感じです。
子供でも食べやすいようにと先代の料理長が考案されたサラダだそうです。…え?カルタスト殿下とクリスティーナ様ではなく、カステラード様向け? アインコール殿下の方は好き嫌いがなかったと。 …結構年季の入ったサラダなんですね。
「…昔のことだ」
とサラダを召し上がるカステラード殿下。照れている殿下をアーメリア様がニヨニヨして見ています。
このサラダはパンの上に載せていただくのもアリですね。いや、ほんとパンが美味しいのです。
一通りコースが終わりましたが。…ちょっと食べ過ぎちゃいましたね。パンはテーブルの真ん中に置かれていて、皆が食べたい分を取る形になっていました。最初は、ご飯が欲しいかなとか思ってしまいましたが。このパンなら納得です。
コースの最後には、こちらの世界でもデザートが出ます。今回はアイスクリームとシャーベットです。
氷菓子は冷蔵庫と冷凍庫が出来てからレシピが急速に広まった料理ですが。単に牛乳と玉子と砂糖を使った菓子というだけではなく、いろんなフルーツの果汁で風味付けされていて。見た目からして楽しいですね。バニラは使っていませんが、フルーツの香りと風味がいい仕事しています。
ファルリード亭でもプリンとか作ってきましたが、言ってしまえば素人がレシピを再現しただけ。カヤンさんというプロが付いてくれていたとは言え、馴染みのない食材や料理方法ですからね、まだまだ改良できる点は多いと思ってはいますが。あのアイスのレシピだけでここまでの完成度に持っていくのは、凄いことです。
「ごちそうさまでしたっ! ふう。ヌースさん、すばらしいコースでした」
「ククーククッ!!」
まさしく、シェフを呼べっ!案件でした。最初からいますけど。
私が奉納に参加した大雑把なレシピを取り入れつつ、見事高級コース料理に昇華してました。さすが王宮の料理長。
「ファルリード亭のカヤンさんの料理も美味しいですけど。材料や手間暇からして敵わないですね。ちょっと悔しいくらいです」
ファルリード亭の料理ももちろん美味しいですが、コストと手間には限りがあります。材料と手間に糸目を付けずとなると、ここまでになりますか。なんか王宮の調理師グループに水を開けられた感があります。さすが料理のトップ集団です。
「そこまで言っていただければ恐悦至極です、レイコ様。ですが、プリンとあの海老を使ったフライ料理を最初に食べたときの私の挫折感もけっこうなものでしたよ? この世界にはまだまだ知らない味があるのだと思い知りました」
「ああ、こちらでは海老とか食べないんでしたね。イカなんかも」
「イカはいいですな。私も賄いでいただきました。干したものを醤油を塗りながら焼いて、裂いてマヨネーズというソースでいただく。なかなかに酒が進む面白い味でした。ただまぁあれをこちらにお出しするには、まだまだ工夫が要りますが」
「ファルリード亭で出しているものなら私も食べてみたいぞ、ヌース」
アイリさんの結婚式では、お忍びで来られて喜んでいろいろ召し上がっていましたからね、陛下。
「王族の召し上がる物ですからそれなりの格調が必要ですし。なにより私の面子もございます」
「…ヌースはまだ港サンドのことを根に持っているのか?」
陛下がエイゼル市での文官時代に食べたという城門前の屋台街の港サンドの件は聞いたことがあります。料理長にあのときの港サンドが食べたいと言ってしまったという話ですね。
まぁこれだけの料理が出来る人に、屋台物の方を食べたいと言ったら、そりゃねぇ…
「陛下の仰ったサンド、同じ店の物かは分かりませんが私もエイゼル市に食べに行きましたよ。晴れた日に街並みを眺めながらいただいたサンドは、たしかに美味でございました。ただ、あれをそのままここにお出ししては、王宮調理師としての矜持が許しません」
「…ほら、やっぱり根に持っている」
焼いたゲソにマヨネーズ添えて…は流石に王族の食卓には無理ですか。アイズン伯爵は喜んで食べていますけど。
クライスファー陛下も喜んで食べそうですけど。さすがにあのまま出すのでは王宮料理長としては看過できませんか。
今度はカヤンさん達にも食べさせてあげたいなと思いつつ。恙なく晩餐も終わり。
夜も更けてしまいましたので、めったに使われないという王宮の貴賓室で一泊。次の朝、これまたヌースさん渾身の港サンドをいただいた後、私とレッドさんは皆に見送られて王宮を後にするのでした。
「新姫誕生予定!」
後日。アーメリア様の赤ちゃんの性別が、貴族間に発表されました。
新聞みたいに号外とかは無いですけど。貴族にはそういう布告の為の連絡の仕組みがあるらしく。市井にも広く知られるのは時間の問題。どうやって性別が分かったのか?については一応伏せられていますが。まぁ正規の手順を踏んでいただければ診断はいたしますよ?
この発表を一番喜んだのが、王都とマルタリクを初めとする職人達。カルタスト様とクリスティーナ様の時より、遙かに緩いスケジュールで歓喜しているとか、モチベーションモリモリだとかいろいろ。
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