第6章第020話 新居と銭湯の完成

第6章第020話 新居と銭湯の完成


・Side:ツキシマ・レイコ


 「うわー。こんな豪勢なところに住むことになるとは思わなかったわ」


 「家具もいいもの選ばないとな。選定はアイリにまかせるけど」


 暑い季節ももうそろそろ終わりです… 日本より湿度は低くめで、風さえあればだいぶ過ごしやすくはありますが、暑いものは暑いです。

 雨が降るにしても、ざーと降ってからっと上がってを繰り返すような天気で。それでも雨量は山の方では十分で、農業には足りているようです。


 日本での季節なら九月頃という感じですが。旧ファルリード亭跡に新居がだいたい完成しましたので。アイリさんとタロウさんと一緒に内見です。

 跡地は、まず水はけを良くするために一段高く盛り土と整地をして。要所に穴掘って土台となる大きめの石を置いて、そこに柱を建てていきます。なるほど、その石が支えになるんですね。

 土台が出来たら、なんか凄い勢いで人数で寄ってたかって加工済みの木材が持ち込まれて棟上げまであっという間。さらに屋根だ壁だ床だ階段だと、どんどん工事が進んでいき、一ヶ月くらいで完成しました。


 うーん、やっぱり結構でかい家ですね。

 カヤンさんたちキック家の部分は、6L二階建て…といった内部構造です。二階に四部屋、一階に二部屋とリビング。お歳を召しているカーラさんの部屋は一階の方がいいよね?ということで。幅狭めですが階段も共用とは別に設置されております。二階にも玄関ありますよ。

 キック家と同じ構造の部屋?がもう一セット、こちらはアイリさんとタロウさんの新居予定です。


 「ここまで来たら、別の家にしてしまっても良かったんじゃないか?」


 「…ファルリード亭の跡地を全部使った家に一人だけってのは、流石に寂しいかな… レッドさんもいるけど」


 「クー?」


 レッドさん小さいですからね。それこそファルリード亭の一室でも二人だけなら十分なのです。

 生前は、部屋には本が沢山あったけど。そもそもこちらの世界にはそんなに本も無いので。物が溜まる予定もありません。今はまだね。


 屋内の仕上げがまだいくらか残っているのと、家具などの据え付けが残っていますので、引っ越しはもうちょっと先になりますが。

 アイリさんとタロウさん。早速メモを取りながら、家具やらインテリアの検討を始めています。若夫婦のこういう作業は、見ていて初々しいですね。


 「私達の所、部屋数多くない?」


 「何言ってんですか。将来の子供部屋ですよ」


 「ちょっとぉ、レイコちゃんまだ早いってっ!」


 アイリさん真っ赤になっていました。…タロウさんは聞こえなかったフリしています。まだヘタレが抜けきらないですね。

 一部屋が寝室。一部屋が二人共有の書斎。残り四部屋が未定。沢山産めますよアイリさん。




 私とマーリアちゃんの部屋は2Lな構造です。私とアライさんが二階に、マーリアちゃんは一階に。ここが地球大使館とエルセニム国大使館となります。…さすがにエルセニム国大使館はちゃんと王都に作られるのが決定しておりますので、臨時大使館ですけどね。

 マーリアちゃんの部屋のリビングからは、直接庭に出られますよ、セレブロさんが。セレブロさんのトイレとかどうしようといった話になったとき、流石に部屋の中には…ということで、こういう構造になりました。馬小屋の裏に専用の砂場が外に用意されております。


 「アイリさん、トゥックル買います?」


 エイゼル市ではあまり見ない騎乗用の鳥ですね。この国に来たときのキャラバンに一頭いましたが。貴族街で一頭飼われているのを見かけたくらいで、やっぱ輸送や騎乗には馬の方が汎用性があるようです。

 一応、お客さん用に馬車留めと馬小屋もありますが。今のところは箱だけです。


 「うーん、憧れてはいたけどね。ただやっぱ生き物は大変だから」


 これはペットの話ではないですね。馬を飼うにしても、餌に水の用意はもちろん、厩舎の清掃やら健康管理やらやることはけっこう有りますので。習熟した選任の人が本来は必要で、貴族街でも馬専門で十頭単位で預かっているところがあるそうです。

 …家にはでっかい狼と小さいドラゴンと賢いアライグマが同居する予定ですけどね。


 さらに、同じような2L構造の部屋を客室として三つ。一階には厨房、お風呂、トイレ、倉庫。あと目玉は、共同スペースとして二階まで吹き抜けた大リビングです。

 各部屋にもリビングは付いていますが。共同の方は皆で集まって使うところです。かなり広いですよ。


 「ちょっとしたパーティーくらい開けそうな広さね」


 「9人と2匹だから、みんなが揃うって事ならこれくらい広くてもね」


 うーん、豪邸になりました。宿屋の敷地が丸ごと一軒家?、三世帯住宅とかそういうのを連想した方がいいかもですが。端から見たらもう立派な屋敷です。

 アイリさんが、共同スペースと庭の手入れや掃除をしてくれる人を手配してくれるそうです。うん、雇用創出は大切。


 「私が孤児院に居たころ、そういう契約をあちこちのお屋敷から取ってきてね。孤児院や六六の子供達の派遣を管理するって仕事ををやっていたのよ」


 最初の頃は、不当な契約とか理不尽な指示とかに悩まされたそうですが。アイズン伯爵から街道の清掃なんかも受けるようになってからは伯爵公認事業ということでトラブルも減り、今でも子供らの大きな収入源となっているそうです。

 この辺の実績が、少年時代のタロウさんのお眼鏡に適ったってところですかね?




 ファルリード亭の改装増築も完了。隣接した銭湯も完成しました。


 宿屋としての客室数は一気に倍に。食堂の方は、レイアウトがいじれる厨房が4つで実質4軒内包。旧ファルリード亭、揚げ物フライ、イタリアン、スイーツってな感じで分けて、吸収された食堂から移ってきた調理師さんがそれぞれの担当となるべく頑張って料理を修練しました。

 スイーツの方は、カルマ商会からやって来きてくれる若めの調理師さんが修行と称して入ることになっています。扱う物はまだ高級品の部類ですから、そちらの経験者が入る方が良いという判断です。

 客席は共同でフードコート風に。席数も結構増えました。



 ちなみではありますが。食堂で使うパンはここから六六との中間くらいにあるパン屋さんに全て委託してあります。

 街の中にはだいたい均一間隔でパン屋さんがあります。一般家庭で食べるパンはもちろん、食堂もこれらパン屋さんに委託しています。パン焼きは、小麦粉捏ねるところから始めると結構大変ですし、専用工房には叶いません。

 中央通りの高いお店では、自前でパンを焼いているところもあるそうです。ファルリード亭でもパン工房を作って焼くか?という話は出たのですが。ここは街のパン屋さんの存亡を危うくする必要は無いだろうということで、現状維持ですね。

 街のパン屋さん、味には問題ありません。纏まった注文であれば、サイズや形などけっこう細かい仕様も受けてもらえます。餅は餅屋、パンはパン屋。



 銭湯の方は、男女分けはもちろん、湯船を温度で二つに分け、さらにサウナまで設置。うーん、街の銭湯というより温泉宿ですな、この出来映えは。

 当たり前ですが、風呂桶は中に入れた水の重さに耐えられないといけません。何トン何十トンですから、お湯の重さも馬鹿に出来ません。結果として、「壁を作ってお湯を溜める」よりは、「穴を掘って湯を溜める」形の方が強度が保てます。結果、風呂縁の高さが低くくなったところが温泉宿の雰囲気ですね。

 風呂縁はカビが生えないという触れ込みの高い木。内側は板状に切り出した石を漆喰で張って、その他の部分はさっそく量産してもらったタイルです。うーん、なかなか風情があります。


 給湯施設。これは裏手の元訓練場のちょっと高くなったところに作ってあります。これで自然に水圧もかかります。

 水のくみ上げは、さっそく手こぎポンプが配備されています。水タンク→マナ板で加熱するお湯タンク→配管という構造です。水のくみ上げとお湯タンクの温度確認は専用の人が配置されます。まぁボイラーマンみたいな役どころですか。

 従業員も結構な数を六六から雇っています。ちなみに番台の人は七十歳以上男女問わずとしました。脱衣所は防犯の面でも風紀の面でもやっぱ人の目が合った方が良いですし。ここで手ぬぐいや石けんのなどの販売も行なっております。

 石けんは正教国からの交易品です。ちょっと高いですけど、一回分をスライスした石けんを一枚ずつ販売します。一度誰かが使って実演する必要がありますかね?。


 銭湯の試運転では、ファルリード亭で働いてる人たち皆で入りましたよ。子供達が泳ぐのは、温泉あるあるですね。


 「ヒャー。あらわれるのははしめててす」


 言ってはなんですが、アライさんは湯船に浸かる前によく洗っておかないと毛が浮きますからね。石けん付けて皆でワシャワシャします。ミオンさんもなんか念入りに洗ってていますね。

 顔から尻尾まで濡れてほっそりしたアライさん見て、皆が笑いを堪えたのは内緒。


 「ともかく。最低でも二日に一回、夏場はできれば毎日、皆で交代でお風呂に入ってね」


 「はぁふ…。こんな贅沢覚えてしまっても良いのでしょうか?」


 番台担当になる六六出身のお婆ちゃんです。


 「接客するのだから常に身ぎれいにして欲しいのと。それとなくお客様に銭湯の宣伝。あと、お風呂の入り方がよく分からない人や迷惑行為している人に注意するとか。しばらくは交代で従業員がいつも一人は銭湯に入っている感じが良いかも?」


 毎回サウナの方も確認してもらった方が良いですね。この辺のローテーションは、モーラちゃんが仕切ってくれるでしょう。


 「レイコちゃん、迷惑行為ってのは?」


 「走り回るとか大声で騒ぐとか、混んでいる湯船で泳ぐとか、体洗わずに湯船に入ろうとするとか、湯船で洗濯するとか」


 「…なるほど、それは迷惑ですね」


 「みんな、注意する相手が怖そうな人なら他の人を呼んでね。無理しちゃ駄目だよ」


 「「はいっ!レイコ様」」


 「普段から街で働いてる子供達だから。大人のあしらい方くらいはこころえているわよ。それに、注意してきた子供に手を出すような大人はレイコちゃんが再起不能にする…って噂でも流せば、いっぱつね」


 隣では、手ぬぐいを頭に乗せることを覚えたアイリさんが、まったりしています。

 噂って…まぁ否定しませんけど。


 …余り長く浸かっているとのぼせちゃいますね、私以外が。そろそろ出ましょうか。

 っと、お客様がのぼせたときの処置もみんなに教えておかなくちゃ。




 皆で戻ってきた脱衣所には、空調と扇風機完備です。


 「うわ~涼しいねぇ~」


 「「あばばばば」」


 早速扇風機で遊ぶ子供達。…とりあえず扇風機でアライさんを渇かすのを手伝ってあげてね。時間かかるから。


 大型クーラーと暖房機が一体化したものが外の小屋に設置され、そこからダクトで銭湯や宿に食堂の方に送風されます。

 ほんと、ユルガルムの技師さん達には無理して貰いましたよ。…別途ドライヤーの開発も発注してしまいましたけど。ごめんなさい。

 空調は、広い建物用の試作機…というか、それらの実験の場所をファルリード亭にしてもらいました。屋根裏にダクトが這わせてあって、食堂の方と合わせて集中空調を司ります。

 うん。ひとっ風呂浴びてから、美味しいものを摘まみつつ、冷えたエールで乾杯。この世の極楽はここにあったのです。


 入浴料はちょっとアイリさんと揉めましたね。

 私としては、将来的にはこういう風呂屋はもっと沢山作って皆で入って欲しいので。お風呂は気軽に楽しんで欲しいのですが。


 「お客様が押し掛けてきても、お風呂に入れる人数には限りがあるでしょ?」


 ごもっともですね。

 ここで初っぱなから安くしてしまっては、人が来すぎて芋洗い状態になるのは目に見えているとのご指摘。

 最初はチケット制にして、一日の発行枚数を限定とし。時間帯で集中して混んでしまったら、そのときには食堂の方でサービスして待って貰う、空いていたら飛び入りも認める。ファルリード亭の宿泊客優先。そんな管理を行なうことで決まりました。

 あと。新ギルド周囲に新築した宿屋に旧ギルド周辺から移転した宿屋もそこそこあるのですが。ファルリード亭の方に宿泊客が集中しないように、そちらにも銭湯のチケットの配布販売します。この宿に泊まればお風呂のチケットが付いてくる…というサービスです。

 あと、エール用の冷蔵庫と扇風機もそれらの宿屋に優先販売です。エアコンの設置はもうちょっとまってください、ユルガルムの職人さんが死んでしまいます。

 もちろん料理のレシピも割安で公開しました。材料の仕入れ先も紹介します。


 …こうしてお客さんが分散するようにしないと、ファルリード亭がパンクするのですよ。




 さて。一般公開する前に、招待客を招いてプレオープンすることになりました。

 宿屋と食堂は使えるところで開いていたのですが。全施設のお披露目は初めてです。銭湯もフードコートもやっと全力出せます。

 エイゼル市の商会の方々には招待状を出したのですが。問題は貴族街の方々です。正直、庶民の風呂屋に招待してよいものやら…。


 まぁ分からなければ聞けば良いのです。アイズン伯爵邸に行きましたよ。

 その結果…。アイズン伯爵に、マーディア伯爵夫人、嫡男ブライン様、その奥方メディナール様、にご子息のクラウヤート様。伯爵一家まとめてご招待です。さらにバール君…は流石にお風呂には入れられないので、セレブロさんと遊んでいて貰いましょうか。


 はい。ファルリード亭は軽くパニックです。エイゼル領領主一家がそろってプレオープンに来るのですから。

 元ファルリード亭以外の宿屋から来た人とか新しく雇った人達が、お貴族様がご来店ということであわあわしています。

 カヤンさんにミオンさん、モーラちゃんは、なんか場慣れしていますね。


 「伯爵様ご一家なら、そんな心配する必要ないだろ」


 「別にとって食われるわけでも無いでしょ?」


 「それに、この国のトップクラスのお偉いさんって…ほぼ毎日ここにいるし」


 それって私のことですか? まぁお偉いさん扱いされないここは居心地良いですよ。


 招待の受託を連絡に来たダンテ隊長にエカテリンさんが、事前の説明と注意に来られてます。…エカテリンさんは半分食事目当てですね。さっそく注文しています。


 「貴族のマナーガチガチでもてなせなんて事は言われません。接客として丁寧にするに越したことはありませんが、むしろ過剰なことはせずにいつものままの方が喜ばれるでしょう。この宿なら普段通りで大丈夫ですよ」


 「…そんなものなのかい? 大丈夫かね?」


 と元他の宿屋の女将さんが呟きますが。そもそもアイズン伯爵が無体したなんて話は聞いたことありませんよね? 顔は怖いけど…

 それでも伯爵ともなれば庶民からすれば雲の上。メディアなんて物も無いですからね。

 とりあえず大丈夫そうだということで、皆落ち着きました。


 掃除の徹底と。メニューの策定に食材の調達予約など。うん、やっときたいことは結構ありますよ。皆さん頑張りましょう。


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