第6章第019話 姉弟の縁
第6章第019話 姉弟の縁
・Side:クライスファー・バルト・ネイルコード(ネイルコード国王)
アイズン伯爵から面白い見世物があると連絡を貰って、エイゼル市にまで出張ってみたが。シエラ姉上も相変わらずだったな。
孫の求婚を成立させるためにわざわざ出張ってくるとは。ああ見えて身内に甘すぎるのが彼女の欠点なのだが…
「陛下。シエラ様はあのままでよろしいので?」
リーテは、普段は「あなた」と呼んでくれるが、政治的な決断を要するときには「陛下」と呼んでくる。わかりやすくて良い。
「そんな剣呑な目をするな、リーテよ。まぁ今更あれらを王位へと担ごうとする者はまず居ないだろうし、この後は更生が待っている。監視も強化されるから、もうやんちゃは出来ないだろう」
「今までは、現王室に反する者達の擦り寄り所としてあえてシエラ様は放置して参りましたが… まさかあそこまで露骨に行動するとは」
死んだ兄達の元シンパや、バッセンベル領での騒ぎで貧乏くじを引いた貴族らには、現王室に隔意を持つ者は少なくない。そういう輩が蠢くときには、姉やその子を担ぎ出すために集まるのではと予想していたが。バッセンベルのやつらは、アマランカ"など"という意識が大きいのか接触する貴族はほぼおらず。
息子のカマン・エバッハ・アーウィーを新年の宴で唆したのは、正教国の関係者だったな。当然国外退去となって、正教国にあとは任せてある。
他に引っかかったのは、ダーコラの赤竜騎士団とかいうところに所属していたへなちょこ騎士だけか。
「姉上は上昇志向が強いだけで、有能な物にすり寄ったり集めようとしたりはしても、他者を積極的に排除してまで陰謀を進められるほどの度胸はないさ。処刑だなんだと騒いでも所詮は恫喝だしな。ランドゥーク商会のアイリ嬢の件にしても、単なる孫可愛さと、アマランカの貴族に嫁いだ方があの娘に良いとお節介している程度の気持ちだろうし」
姉上は、何事も自分に都合が良い様に考える傾向があるか。それでいて悪意は希薄なのだ。
私も幼少のころ、毎日少し食べれば体に良いと聞いた食べ物を、一度に腹一杯食べさせられて腹を壊したこともある。思い込みが激しいが本当に悪意はないのだ。
私は、兄達に対しては良い思い出は全くない。潜在的に王位継承のライバルだと見られていたのか、ことある毎に難癖を付けられて虐められていた。そんな私を庇ってくれたのは姉上だった。
そういった思い出があるからこそ…私は姉上を排除したいとは決断できない。出来なかったというべきか。
「どうせ各辺境候の周辺は常に監視させているのだろう? 姉上がネイルコードに致命的なことなど出来ようはずもない。あれも歳を取った。なるだけ温和な生活をさせてやりたいのだ。まぁレイコ殿にやり込められて、あれで少しは自分で考えてくれると良いのだがな…」
あれを娶ってとりあえず大人しくさせているアルタレス辺境候には、本当に感謝している。だからこそ、ご機嫌取りにエイゼル市に出向かせるくらいはお目こぼししていたのだが。
「…そう仰るのなら、承知いたしましたわ」
「甘いと考えるか?」
「いえ。そういう所も気に入っておりますわよ、あなた」
…その笑顔は、歳を取っても魅力的だな、リーテ。
「ところで。秋に予定されているランドゥーク商会の倅とアイリ嬢の結婚式な。わしもこっそり参列したいのだが…」
この国では、親からの強制で政略結婚という物はあまりない。なぜならば、わざわざ親が画策しないでも、自分の結婚相手を選ぶ段に置いて政略を全く考えないという選択肢は、もともと貴族の子女としてあり得ないからだ。
若い貴族らが主に参加する宴が毎月のように開かれているが。そこで自分と家の条件の範囲で生涯を共にする伴侶を見つける。愛情の指標として家の利益が自然と考慮される。子女にそういう教育がされていない家なんてものは、そもそも貴族社会ではやっていけないだろう。
次男三男ともなれば、選択の指標はだいぶ緩くはなるが。それでも家を出てまで愛を貫く、一見美談ではあるが、自分と相手の周囲にかける迷惑を考えればそういう選択はしないのが"まともな大人"というものだ。まぁたまに貴族と庶民の逃避行とかいう話が市井に広まったりもするが、大抵は逃避先で困窮して出戻ってきて頭を下げるという為体となる。
自分の感情と家の利益、これらを満足させる伴侶を捕まえる。これが貴族たる紳士淑女の振る舞いという物だろう。
最近、貴族の若い女性の間でランドゥーク商会の下着が流行っていそうだが。どうにも胸周りを強調したものが多いそうだ。
体のラインを整えるのはドレスコートの範疇だろうし、腰を細く見せるコルセットもあるが。胸回りだけでは無く谷間を誇張するような衣装も出てきたとか。
リーテに、このへんの風紀について苦言を零したこともあるが。女性にとってはこの宴の席は戦場なのだから、多少の"卑怯"な手段はお目こぼしして欲しいと言われた。知を磨き、美を磨き、これからの人生を賭けた最良の戦果を求める。…なるほどな。下着一枚でより大きい戦果が期待できるのなら、皆が飛びつくか。
まぁ女性の胸元"だけ"で落ちるような男は、所詮それだけの男では無いかとも思わなくもないが。最初の切っ掛けになるのなら、どんなことでもするのだろう。
過去の結婚話で一番感心したのは、ユルガルム辺境候家嫡男ウードゥル・ユルガムル・マッケンハイバーと、アイズン伯爵の娘ターナンシュ嬢との婚姻だったな。
当時は独立国だったユルガルム国からネイルコードの王都に留学に来ていた年上のウードゥルを、同じく王都に滞在していたまだ10歳だったターナンシュが見初めた。あれよあれよと言う間に婚約が決まり、アイズン伯爵の働きかけでユルガルムとの通商条約までこぎ着け。あとはもうアイズン伯爵の手の内なのか、ユルガルム国は経済的にネイルコード国とは離れられなくなり。魔獣対策援助とバッセンベル国への軍事面での対応から同盟を結び、最終的には辺境候としてネイルコード国の一領となった。
まぁこれも結果的には利で結びついた関係ではあるが。辺境候と伯爵の関係は孫談義で喧嘩するほどだというし、双方にとっても悪い展開ではなかったのだろう。
ユルガルムの併合は、バッセンベル国やアマランカ国に取っては寝耳に水だったようだ。姉の嫁いだアマランカ国は露骨にこちらへの擦り寄りを始まめ。バッセンベル国はダーコラ国を共通敵国とすることでネイルコード国との関係強化を図ってくる。
最初は独立気運の高かったバッセンベル国であるが。内政を軽視したツケで領民の飛散が始まり、結局はネイルコード国に併合されることになる。まともに言うことを聞くようになったのは、先年のダーコラ国との国境紛争が終わってからだがな。
…貴族の振る舞いとして考えると、リーテが私の所に嫁いできたのは…。
当時、リーテ自身が身辺の危険を感じてダーコラから出たがっていたのは確かだったが。ただ、その相手として私が"選ばれた"のは何故だろう。
もちろん私はリーテを愛しているし、この出会いは神に感謝するところではあるが。今だ恐くて聞けないことの一つだ。
婚姻が成った後、しばらくはリーテに申し訳ないという気持ちの方が強かったな。アイズン伯爵の元での文官仕事は忙しかったが充実していた。このままエイゼル市で一文官として生きていくのだろうと思っていた。そこにやって来た隣国のお姫様、名ばかりの王族たる文官に嫁いで良いのか?
初対面での印象は、おてんば娘ってところか。山奥の所領に閉じ込められていたとかで、野山を駆けまわり畑仕事を手伝ったりと、王族らしくないことをしていたとか。エイゼル市に来てからは、毎日のように街を散策し、商会の者とも話をしていたな。
今回のランドゥークの結婚。会頭の孫とやり手の女性従業員。二人は幼なじみで、アイリという者を両親祖父を説得して従業員に抜擢させたのが、ランドゥーク商会会頭の孫タロウ。二人ともレイコ殿と懇意であるし、奉納関係の処理で商会どころかエイゼル市、はたまたネイルコード国全体へも利益を出しつつある。マラート内相など、二人とも官僚にスカウトしたいと言っていたくらいだ。
アマランカ領の貴族がその娘に粉をかけていたようだが、アイリという娘は頑なにタロウを選んだようだ。
ここにまた、愛情と利益双方で祝福される結婚がなされる。善きかな。
「"陛下"、さすがに六六へのお出かけは、容認しかねます。名代を送れば十分過分なご配慮となるかと」
六六とは言えエイゼル市だぞ。治安的にもそう不安は無いだろうに。まぁ勘違いして侮る他国や貴族が出てくることは考えられるか。
「くっ…やはりダメか? レイコ殿とランドゥーク商会が組んで、地球の結婚式を再現するのだろう? 是非見てみたいのだが。それに、ああいう下町の結婚式というのは、見ていて気持ちが良いものなのだ」
質素ながらも精一杯に催される結婚式。文官時代に付き合いで何度か参列したことがあるが。あの暖かい雰囲気は、実に良い物だ。
「お気持ちは分かりますが… そうですわ。私が代わりに見てきましょうっ!」
「…はい?」
「私はファルリード亭の方にも一度訪れていますしね。アイズン伯爵も今回は招待されているようですし、王族であることを隠せばなんとか紛れ込めるでしょう。流行の最先端となるだろう結婚式、私がじっくり見てきますわっ!」
「あ…ああ。わかった…よろしく頼む…」
…リーテが行けるのなら、私でも行けるのではないか? 言い出せないが。
なんとか覗きに行く手段は無いものか。リーテの後ろで控えているセーバスを見る。目で「私に期待しないでください」と言われた。
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