第5章第040話 サラダーン祭司長との決着
第5章第040話 サラダーン祭司長との決着
・Side:ツキシマ・レイコ
マーリアちゃんの刺された傷は、レッドさんの中のお父さんが治したとはいえ、今は仮止め状態とのこと。刺されたとこに負担をかけないよう、突っ伏していたマーリアちゃんをそっと横にします。気絶はしていますが、痛みは無いようです。ただ、床には出血が結構広がって、血の海に寝かせてしまっている格好になってしまいました。
魔人は動けなくなっています。私がマナを止めましたからね。いえ、多分教都一帯のマナ術やマナコンロにマナランプまでが使えなくなっているはずです。
体の維持と制御をマナに依存していた魔人は、もう思考の維持も難しいでしょう。ピクリともしません。直、命も尽きると思われます。
「…! きさま、何をしたっ?!」
魔人の停止に狼狽えたサラダーン祭司長が叫びます。
「周囲一帯のマナを停止させました。マナ術で延命されていただけの魔人達も、当然停止…死にました」
「…そ…そんなことができるのか…」
正確には、たった今できたんですけどね。
「なぜこんなことに…この魔人…先代祭司総長はずっと前に亡くなっていたはずでは?」
ルシャールが問いただします。
「毒で一度死んだようになっていただけだ。そこそこのマナがあったので、棺桶の中身はハバエラに渡したのだ。二十年も実験場で拘束して良い感じに仕上がったというのに…」
…死者蘇生の実験に使われたってことですか。マナによる生体維持が尽きる前にマナを補充出来れば、確かに…ではありますが。
「…他のエルセニムの子たちは?」
「マナ強化の施術に耐えられずにほとんど死んだよ。こう成功率が低いと、最強兵士の量産手段としてはイマイチだな。まともに成功したのは、マーリアだけだ」
「サラダーン祭司長…世俗的ながらも教会には必要な人物なのだと思っていたのですが…」
「ふん…やはり娘なだけのことはあるな、フェリアナと同じような顔をする。やはり私を国政を見る道具としては重宝しても、同じ聖人としては見てくれないのだな… 正教国とは言え国だっ! 綺麗事だけで国を守っていけるか! フェリアナが死んでふぬけたケルマンの代わりに、私がこの国を回してきたのだぞっ! そんな私を拝金派だと?ふざけるなっ!」
うん、いろいろ鬱憤が溜まっているようですが。
マナ強化の実験も、軍事に使えそうな所だけ摘まんでいたようですね。…赤竜騎士団にも、なにかやらかしてたんですかね?この人。あの短絡的な思考、洗脳にしてはお粗末なんですけど。
「聖女の血筋と赤竜神の巫女、これらが揃えば赤竜教による大陸の覇権も万全となるところだったのに! くそ、ケルマンを始末しようとしたのになぜフェリアナが死ぬのだ! ルシャール! 先代聖女の代わりにお前を我が妻としてやる! 巫女を説得しろ!」
そんなこと考えていたのですが… なんか洗いざらい白状していますよ。
「ハバエラ! おい!ハバエラ!…くそだめか」
ハバエラってのは、マーリアちゃんを刺したときに壁にたたき付けられていた男ですね。現在意識不明です。…一応生きているかな。
「ふん。そのエルセニムの娘は助かったのか? 興味深い技だな、後でじっくりと調べてやる!…私も正教国の祭司長だ! これくらいのマナ制御くらい! そこのエルセニムの小娘にも御せたのだ! 私にだって!」
…自分にマナ術を施術するようです。マーリアちゃんほどでは無いですが、この人も結構マナを取り込んでますね。
とはいえ。ここで体内に溜めたマナを全部制御出来たとしても、すぐに体が膨らんだりはしませんよ。マーリアちゃんと同じです。あれは、マナが肉体改造をするのであって、マナで大きくなるわけではありません。あそこまで肥大化するには、普通に時間と食料が必要でしょう。
拝むような姿勢で、目をきつく瞑って集中するサラダーンですが。その程度の制御精度では、成功しても思考も持ってかれて魔人でしょうね。 成功させませんけど。
「…? なぜだ?! なぜなにも起きん?!」
「無駄ですよ。私が一帯のマナを押さえていますから」
「…赤竜神の巫女! なぜ赤竜教の邪魔をする?! なぜ巫女なのに我が赤竜教に協力しないっ?!」
目が血走ってきました。…すでに平静ではないように見えます。
「私は巫女であることを了承した記憶はないし。あなたに協力して、私や赤竜教の信徒達に一体どういうメリットがあるというんです? 体の良い道具にされる光景しか思い浮かばないわよ」
「この大陸を統べる礎となれるのだぞ! この大陸の信仰の象徴となれるのだ!こんな誉なこと無いだろうがっ!」
…私がそういうものにまったく価値なんて感じていないって、わかんないかな?
「赤竜神の巫女! 正教国の頂点に立つ私の命を聞かないというのなら、ネイルコードにいる貴様に近しい者達には安寧の時は訪れなくなるぞ! 赤竜教の信者は、大陸ならどこにでも居るのだからなっ! カリッシュ見たいな間抜けばかりだと思うなよ!」
…あ。言ってはいけないことを言いましたね。
アインコール殿下らも、ああこいつ終わったなって顔しています。
「…念のためにもう一度聞いといてあげる。私が赤竜教に協力しなかったら、ネイルコードにいる私に近しい人をどうするって?
」
多分、表情が抜けた顔をしているのでしょう、今の私。サラダーンがちょっとたじろぎます。
「ぐ…今までも教会に逆らって生きている者は居ないぞ。この大陸で生きていける場所があると思うなっ! 必ずや追い詰め、教会に背いたことを後悔させてやるぞっ!」
…もう、改心を期待するとかいう段階では無いようですね。
「…なら、ちょっとだけマナを返してあげる」
ネイルコードからダーコラに入る直前、野営の時にレッドさんに教えてもらった河魚の滅菌方法。放射線殺菌。あれをほんの小規模、サラダーン祭司長の下腹部あたりのマナを一時的に活性化させて起こします。
「んっ? おおっ! この感覚は今まで感じたことの無いマナの力… …いや、どうしたのだ? どうしてすぐに止る?」
マナの再活動を感知出来たようですが。それはマナを崩壊させるコマンド。ごく少量なので熱量はわずかですが、大量のガンマ線を発生させます。
"滅菌"範囲は数十センチ。この場所にいる他の人には影響は無い規模です。
滅菌と言っても、大腸菌が無くなるというレベルの話ではありません。腸の細胞がDNAを破壊されて分裂できなくなります。そうなるとどうなるか… 消化器は、食べ物を消化する過程で自分自身も多少は消化してしまうので、正常な状態なら新しい細胞をどんどん作って補修していきますが。細胞が分裂できなくなると言うことは、その補修が出来なくなるわけです。
自分を消化して出血を始める消化器…典型的な急性放射線症となります。
「…あなたの死は確定しました。もう私にもどうすることも出来ません。今まであなたが身勝手に奪ってきた命に謝りながら死んでください」
「な…何を言っている! どういうことだっ?! おいっ!」
今はまだ何の症状も無いでしょうね。私に掴みかかってきます。
「…クラーレスカ正教国聖騎士団団長として、いえ当代赤竜教聖女として私がここを取り仕切ります! サラダーン祭司長は、先代祭司総長、先代聖女、現祭司総長、さらにネイルコード国賓客に対する殺害および殺害未遂の罪で拘束します。祭司長の権限は、本件の調査を終えるまで凍結します。連れて行きなさい。ハバエラ主任も治療して、命に別状がないよならそのまま拘置と治療へ。エルセニム国王女マーリア殿はすぐに治療院へ! 」
止っていた人達が動き出します。 正教国の騎士達が、リシャーフさんの指示でサラダーンを取り押さえ、暴れる彼を引きずっていきました。
少しして、担架を持った人達がやってきて、ハバエラを回収していきます。
「魔人たちは… レイコ殿、彼らはもう?…」
私はマーリアちゃんに付いていこうと思っていたところ。魔人の処置に困った治療師たちを見たリシャーフさんが聞いてきます。
「はい。首のマナ塊によって生かされていただけで、人としてはもう死んでます。そのマナも先ほど止めました。もう動けないでしょう」
一人の騎士が勇気を出して、魔人の首に触って脈を取ります。 そして、こちらを見て首を振りました。…やはり皆、事切れているようです。
「…その者らも、サラダーンの被害者です。丁重に安置所へ」
治療院に運ばれたマーリアちゃん。痕はほとんど無く赤い筋だけですからね、治療師は衣服に残った大量出血の跡を見ても信じがたいようです。
出血量はけっこうあったせいか、まだマーリアちゃんは意識を取り戻しませんが。脈を取った治療師は、ともかく安静にさせておくことにしたようです。傷はマナで繋げてあるだけなので、本当に傷が繋がるには、一週間の安静が必要と伝えておきました。
「そのような技術がネイルコードにはあるのですか?」
と治療師に驚かれました。誰に対してでもできる処置じゃ無いという説明をするのがちょっと面倒でしたね。マナ術が特異な程度のマナ量では、ここまでの治療は出来なかったでしょう。
探求院のやっていたことは多少なりとも耳に入っているのか、事情を知った治療師はマーリアちゃんを痛々しそうに見てます。
ともかく。マーリアちゃんの体を拭いて着替えさせたころ、アインコール殿下とアイズン伯爵がやって来ました。
「彼女が刺されたのは私も見たが。命には別状は無いのだな?」
「はい。出血が酷かったのと、本当に傷が繋がるには一週間ほどかかるそうで、しばらく安静ですが」
「うむ。命に別状無いのなら幸いだ。…あのとき、小竜神様がなにかされていたようだが…」
「…レッドさんがマナを使って傷を治しました。普通なら助からなかったでしょうね」
「そのようなことが可能なのか?」
「マーリアちゃんのマナ密度が高かったから出来たんだそうです。普通の人に対しては無理かと思います…アイズン伯爵の頬の治療くらいがせいぜいかなと」
「伯爵が普通に笑えるようになったと見えたのは、私の気のせいでは無かったのだな。…では、今もするあの恐い方の笑い方はわざとか?」
アイズン伯爵が頬の傷あたりを撫でてニヤっとしています。
「あと…小竜神様が喋っていたように聞こえたのだが。あの男性の声はいったい? …まさか赤竜神様か?」
アインコール殿下が慎重に聞いてきます。神が直接声をかけてくる…光栄とか畏れ多いというより、面倒くさいと考えていそうですけど。
「あれは、私の父でした。…私と同じ複製ですけど、複製が完全じゃ無くて普段は出てこれないそうです」
「レイコ殿。自分のことを複製なんて卑下する物では無いぞ。わしらからすれば唯一無二じゃからの」
「…ありがとうございますアイズン伯爵」
場はちょっと柔らかい空気になりましたが。アイズン伯爵らには言っておかなくては行けないことがあります。
「…私は、初めて人を殺しました。魔人達は私がマナを止めたので死にました。サラダーンは…今は毒に犯されたみたいなもので、もって数週間でしょう」
私の周囲の人々を害するとあそこまで声高らかに宣言したのです。しかも権力者なだけに、手足を砕いたところで万全にはならないでしょう。ルシャールさんが政権を取ったとしても、あの赤竜騎士団を各国に蔓延させた黒幕です、どこまで手が伸びるかわかったもんじゃありません。
「…レイコ殿。私を含めあの場に居た者らの護衛の任と、我が国の民を害しようとする輩の征伐、大義でした。ネイルコード国王太子として感謝します」
アインコール殿下も、なにげに私の行為を肯定してくれます。
アイズン伯爵は何も言わずに私をギュっと抱きしめて、頭をポンポンと叩いてくれました。…昔、父さんがしてくれたのを思い出しました。
次の日。真っ先にマーリアちゃんのお見舞いです。昨晩には一度目が覚めていたのですが、顔色は真っ青で起き上がれる状態ではありませんでしたので。その日は軽く水を飲んだだけで寝てしまいました。
部屋にセレブロさんを入れるのには、最初治療師が反対したのですが。離れなようとしないセレブロさんをみて絆されたようです。一人で歩き回らせないことを条件に、病室に居て良いことになりました。
マーリアちゃん、今朝はベットで起き上がる程度は出来るようです。
「傷、大丈夫?」
「刺されたなんて全然分らないくらいよ。ただ、貧血でクラクラするわ。 …それよりお腹空いたわね」
「傷は糊でくっつけているだけのようなものだから、無理しちゃ駄目よ。おとなしく一週間、じっとしていなさい。牛乳とかで良いのなら、飴とかプリンとか作ってきてあげるわ」
「プリンっ! プリンなら食べたいっ!」
特に外傷が残っているわけでは無いので。その日のうちに治療院からは出されて、貴賓室かと見間違えるような部屋に移ることになりました。部屋も十分広いので、セレブロさんとアライさんも余裕で常駐。
アライさんは、動けないマーリアちゃんのためにいろいろかいがいしく動いてくれています。アライさんの人の言葉での会話はまだ片言ではありますが。とくに問題無いようですね。
周囲のマナのコントロールは、既に全て解放しました。でないと、街での炊事や明かりにも苦労しますからね。
不思議なことに、一度コントロールを手放すと、あのときのような掌握は再び出来なくなりました。…まぁ過ぎた力は災いの元です。
では。教会の厨房にプリンの材料の確認しに行きましょう。無ければ買いに行きますよ。アライさんも食べるかな?
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