第5章第039話 広域マナ支配
第5章第039話 広域マナ支配
・Side:エカテリン・ブルグ(アイズン伯爵付き護衛騎士)
くそっ! 正教国の奴ら、人を魔獣化させただとっ?! 会話を聞くに、命令聞くような状態じゃないってことか。なんでこんなものを…まさに魔人じゃないか。
私とダンテ隊長は、アイズン伯爵の護衛として正教国に来たけど、アイズン伯爵はネイルコード国の臣下でもある。王太子たるアインコール殿下もおられるとなると、伯爵だけを気にかけるわけにも行かない。
どうも魔人とやらは、レイコちゃん、小竜様、マーリアちゃん、リシャーフ殿下を狙っているようだ。
私が抱えていた小竜様も、早々レイコちゃんのところに跳んでった。伯爵の護衛は?と思ったけど、どうも魔人が狙う対象はマナ能力が高い者らしい。
あ…リシャーフ殿下を狙った魔人の抜き手が、庇ったケルマン祭司総長を貫く。レイコちゃんが投げた小竜様に反応して、魔人は今度はレイコ殿に向かうが… ケルマン祭司総長は、杭で胸を突かれたようなものだ、あれはもうどうしようも無い。
私や他の護衛騎士達も抜刀して、伯爵や殿下たちの前に立ち防御に専念しているが。魔人達は幸いにも、いまのところはこちらには興味は無いようだ。レイコちゃんが三体をうまくいなしているが、もしあの力と速度でこちらに来られたら、あっという間に蹴散らかされるだろう。
マーリアちゃんは一体を相手している。…どうもその魔人の"元"が顔見知りらしく、本気の一撃が与えられないようだが。動けなくするために手足にダメージを与えつつはあるようだ。言ってはなんだが、レイコちゃんより洗練された戦い方だな。
「マーリアちゃん!後ろ!」
くそっ。ハバエラと言ったか、黒い祭司服を着て紛れているもんだから気がつくのが寸峻遅れた。魔人を解き放った祭司が、マーリアちゃんに突っ込む。手には刃物を構えているようだ。ただ、どちらも人間離れした戦いの中に横から突っ込んだもんだから、魔人からの一撃を綺麗にもらってそのまま壁まで吹っ飛んでった。これは死んだか?
しかし、マーリアちゃんの脇腹にはナイフがっ! 刺さっているだろうあの場所はまずいっ!
ゾクン…
部屋の温度が急激に下がるかのようなこの感覚…
以前、バッセンベル領のサッコが、ファルリード亭でモーラちゃんを蹴飛ばしたときに起きたあれ…いやあれより遙かに強い、悪寒、冷感…
? レイコちゃんと対峙していた魔人が動きを止める。マーリアちゃんが最後の力で吹き飛ばした魔人も同じくぐったりしている。何が起きたんだ?
レイコちゃんがマーリアちゃんに駆け寄る。いけないっ、状態を確かめずに無闇に動かすべきでは無い。…あの刺さり方は致命傷だろうだけど…しかしほっとけるわけがない。私もマーリアちゃんに駆け寄る。
「マーリアちゃんっ!マーリアちゃんっっ!」
取り乱したレイコちゃん。ただ、手を出して良いものかどうか、触れないでいる。
…駄目だ。これは抜いたら駄目なやつだ。痛みで蹲っているマーリアちゃんが、とこかくこれ以上動かないように押さえる。…しかしどうすれば良いんだ?これは。
「ナイフ抜いて開腹して出血箇所を…焼結でもなんでもいいから全部閉じて…でもそこまでの技量なんて私には…洗浄と消毒と…それに輸血!…どうしろってのよ! でも早くしないとマーリアちゃんが…」
「玲子、落ち着きなさい」
どこからともなく男性の声が…
実はアイリからは聞いたことはあるんだ。ユルガルムで蟻の巣を爆破したあと、小竜様がレイコを助けるために男の人の声で喋ったってのをな。 声がするのは、レイコの後ろ…片羽を広げている小竜様。…目つきがいつもとは違う。
「玲子、落ち着きなさい」
男の声が再度レイコに呼びかける。
「えっ? …レッドさん? いやこの声は…お父…さん?」
「マナのコンロトールをごっそり持って行かれたな。さすがにちょっとキツいよ。玲子、私とこの子のマナの制御を返しておくれ 今なら出来るはずだ。掴んでいるマナを離せば良いだけだから」
「え…あ…はい、お父さん」
「うん…ふう、よしよし。そこのお嬢さん、手伝ってくれないかね?」
私ですか?! はい喜んでっ!
「傷口を、ナイフの刃を挟むように押さえてくれ。出血は少ない方が良い。ナイフはまだ動かさないように。そうそう」
言われたとおりにします。レイコちゃんに抱えられた小竜様が、傷口近くに手をかざします。
!! 小竜様の手から溶けた赤い宝石みたいなのが出てきて、刺し口を覆います! 赤いと言うことは…これマナですか?
「普通の人間だと無理だが、これぐらいマナを持っている子なら治療には十分だろう。損傷箇所をマナで繋げて閉じるから、少しこのままに」
マーリアちゃんはもう、完全に気絶しています。呼吸が浅いのが気になりますが。
小竜様の手はほとんど静止していますが、傷口を押さえている手からは、かすかに中で動く物が感じられます。
「…よし、臓器と血管は固定出来た。体腔内の綺麗な血液は大体回収出来た。お嬢さん、押さえるのはもう良いから。私が合図する毎にナイフを一センチずつ真っ直ぐに抜いてくれないかね?」
「え? センチ?」
「エカテリンさん、指の幅の半分くらいで」
「っ! 承知した!」
私は傷口から手を離します。代わりに小竜様が傷口を押さえている体になる。
「では、今。少し待って…はい今」
ナイフがぐらつかないよう、未だかつて無いくらいしっかりとナイフの刃を摘まみながら、少しずつ抜く。ナイフが動いた分、その部分をすぐに修復しているってことか?
少しずつナイフを引っ張る作業を十数回やったとこで、やっとナイフが全部抜けた。…このナイフのサイズでこの位置を一突き、普通は確実に致命傷だ。
小竜様の手も、元に戻っている。痕は、肌に赤い線が残っているだけだ。周囲に血だまりが出来ているので、出血量がちょっと心配だ。
「ふむ。盲腸の手術よりはマシかな? まぁ綺麗に塞がると思うよ。女の子だしね」
"モウチョウ"ってなんだ?
「損傷部の接合はされたけど、マナでくっつけているだけだから、生体的にきちんとくっつくまで一週間ほど安静に。体内の出血は全部処置したので、ドレーンも要らないだろう。出血した分は戻せないけど、固形物はしばらく食べるのは止めた方がいいだろう。また牛乳とかでも。こっちの牛の乳は良いからね」
一週間安静に。堅い食べ物は駄目。牛乳飲め。何言っているかよく分らないが、理解した。
「よかった…よかったマーリアちゃん…」
レイコちゃんが嗚咽しています。
「ありがとう、お父さん…お父さんだよね? お父さんも再生されていたの? レッドさんの中?」
レイコちゃんが小竜様を膝の上に載せています。
「…私も会えてうれしいよ玲子。ただ、私はお前の父とは言いがたい。簡単に言えば、君の父、月島忠文を学習したAIに過ぎないのだから」
ちんぷんかんぷんです。
「月島忠文氏のスキャンは、せいぜい抽象的な記憶の一部を掘り起こす程度のデータしか取れてなかったんだ。私は、そのデータと玲子の記憶と当時の記録を学習した"ものまね"に過ぎない。赤井君はこれでも君のために頑張って私を作ってくれたんだけどね。ただ、エミュレーションとシミュレーションは似てるけど全くの別物。メンターのそれと違って私は実行されるにはえらく効率が悪いんだ。常に学習から得られた推測を現実に摺り合わせるだけだからね」
「でも! でも…ものまねって言ったら私だって…」
「君とは根本が違うんだ。それでも…ものまねAIに過ぎない私だけど、こうやって玲子と話が出来るのはうれしいと感じている。ただ、レッドさんの容量では、メンターの再生とは違って長時間のシミュレーションが出来ないんだ。経験の矛盾に学習結果が塗りつぶされてしまう。意識レベルの整合性と修復の方に多大なリソースが必要だ」
「私…ずっとずっと会いたかった… 死んだほうの玲子があの世でお父さんお母さんと会っているかと思ったら、嫉妬でどうかなりそうだった…」
「ふふふ。あの世組がどうなっているかは、まさに神のみぞ知るだね。ただ、この体も悲観したもんじゃないよ。この世界でも失いがたい人達が出来たんだろ?玲子」
「うん。好きな人達いっぱいいるよ。でも、お父さん! お父さんも一緒にいて欲しい! またいろいろ教えて欲しい!」
「うん、私もだ。ああ、これが懐かしいという感覚か… 玲子、私はそう頻繁には出てこれないけど。お父さんの知識が玲子に流れているのは感じているだろ? この繋がりは永遠だ。…私が出張るようなことは多くない方が良いが。また会えるよ」
「お父さん… お父さん…」
レイコちゃんが小竜様を抱きしめています。
…普段とは違う知的な表情をしていた小竜様が目を閉じると。いつもの無邪気な小竜様の表情に戻った。
「クー…」
抱きしめて泣いているレイコちゃんの頭を、小竜様が撫でている。
何が起きたのかよく分らないが。短い時間だけどレイコちゃんが父君に再会できたのは分った。
っと。マーリアちゃんっ?! ってか、魔人はどうなったっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます