第3章第028話 新年
第3章第028話 新年
・Side:ツキシマ・レイコ
大晦日の夜。ファルリード亭は賑わっています。
イカ焼きの屋台が醤油の匂いを振りまき、それに誘い込まれた人達が酒と料理で盛り上がっております。
帰宅の途中に寄って家族にお持ち帰り…という人も結構いますね。自宅にマナコンロがあるのなら、軽くあぶった方が美味しいですよ。
この世界にはまだ、各家庭に正確な時計があるわけではないので、カウントダウンなんて物はありませんが。
「お? みんな静かに!!」
窓際の席の人が店の中に声をかけ、窓を開けます。冬の冷気が流れてくる中、店内がシーンとなりますが。
…カーン、カーン、カーン、カーン…
貴族街の教会の鐘の音が遠くから聞こえます。新年の合図です!。
「うぉー! 良い年を願って!」
「「良い年を願ってっ!!」」
"良い年を願って"は、こちらでの年明けの挨拶です。
乾杯が相次ぎ、お酒の注文が入ります。
「レイコちゃんのところでも、"良い年を願って"って言うの?」
「私の国では、"明けましておめでとう"、略して"あけおめ"だね。無事新しい年になってよかった…って意味」
「ふーん。あけおめ!!レイコちゃん」
あーもう、かわいいなモーラちゃん。
…近くで聞いていた人が、乾杯しながら「アケオメ!」と叫び始めました。…うーん、略さない方が良かったかな?
屋台の子供達は、そろそろ帰宅させましょう、あの年で徹夜は無茶ですしね。…と思ったけど、買っていく人が途絶えないのなら、まだ頑張りたいと言ってます。なかなか根性がありますね。
まぁ、今夜は特別です。焼き物をしているので、眠たくなってミスして火傷しないように互いに注意し合うことを条件に、お願いしました。夜食の差し入れも、忘れずにしましょう。交代で仮眠取っても良いですよ。
貴族街の教会は新年から三日ほど一般にも公開されます。城塞の中の道は、通れるところが制限されますけどね。
まるで除夜の鐘か初詣ですね。年が明ける瞬間が特別なのは、どこでもいつでも一緒なのでしょう。
深夜丁度を貴族街の教会で迎えた人が、これから教会に行く人と入れ替わるように店にやってきます。帰る前にもう一杯って感じですか? 家族連れも多いですね。いっしょにいる子供達は眠たそうですが。
寒い夜にはポタージュがお薦めです。もう一鍋、作っておきますか。
次の日の午後。店が空いた頃を見計らって。モーラちゃんに連れられて私も教会に出かけることにしました。教会と言っても、ザフロ祭司のおられる六六の方ですけどね。
おお、ここも結構な人出ですね。六六だけでは無く、近場の住宅地からも人がお参りに訪れるそうです。
祭司の前で手を合わせ。そこに祭司が地球で言うところの十字を切るような仕草で祝福を与え、今年の平安を祈ってくれます。で、礼拝堂を出るところに寄付の壺がありますので、皆さん気持ちをそこで落していきます。
ザフロ祭司に奥さんのシスターさん、孤児院の子達も手伝っていますね。
子供達も、祭司の服装を着て小さい祭司となって、訪れる人に祝福を与えています。子供でも良いのか?と思ったのですが、皆さん特に気にしてないようですね。教会で祝福されることが大事なんだとか。
私は、ザフロ祭司のところに並びました。忙しそうですね、ご苦労さまです。
私とレッドさんの順番です。…私を見たザフロ祭司が、固まっています。
「…レイコ殿、あの…わたしが祝福してもよろしいので?」
はい。私は、宗教屋は嫌いですけど。こういう縁起事は大好きですよ。
「今年の平穏多福をお祈りいたします」
とザフロ祭司が祝福してくれました。
「…こんな緊張する祝福は初めてですよ」
そんなことで緊張しないで下さい。
お賽銭?も入れてきました。奮発しましたよ?
ファルリード亭の食堂の深夜営業は大晦日だけですが。宿屋としては連日開業しないわけには行きませんし。泊まっている人向けに食事も作らないわけには行きません。
その辺は、雇っている人と交代で上手く回すそうです。モーラちゃんは、忙しいときこそ張り切っているようにも見えますね。
エイゼル市も、三箇日が過ぎるころには、日常の平穏が戻ってきます…だったら良かったのですが。
実は、王宮で新年を祝う催しがあるそうです。まぁ当たり前ですよね。
伯爵邸に呼ばれたとき、カステラード殿下に招待されました。うーん、あまり気が進みませんが。王室の方々や大臣さんたちには、新年のご挨拶はしておくべきなんでしょうね。いろいろお世話になっていますし、礼儀としても。
王宮での宴は、地球で言えば一月五日に開催です。巷では三箇日は休みなのを、王宮側もその辺は配慮してくれているようです。上の方がこういう心配りしてくれる組織って、素敵ですね。
さらにその翌々日、王都から帰った次の日には、伯爵邸での新年の宴が催されるそうで、そちらにも私に出て欲しいそうです。新年会が連チャンです。
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