第3章第027話 正教国の焦り
第3章第027話 正教国の焦り
・Side:ケルマン・クラーレスカ・バーハル クラーレスカ正教国祭司総長
明日はもう新年祭。赤竜神様がこの世界をお造りになった日。正教国でも一番のお祝いの日となります。
…というのに。昨今、どうにも良くない知らせしか入りません。
独断でネイルコード国に行き、そのまま送り返されてきたクエッタ・シクジリ祭司。巫女様を正教国にお連れする!と張り切って出て行きました。とりあえず、現地で巫女にお会いは出来たようですが。よりによって当人の前で"黒髪のガキ"とは…
ネイルコード国からは、国王の署名で抗議が来ています。
クエッタは、ネイルコード国が巫女様を街道工事で無理矢理働かせていると言っていましたが。他の報告も合わせて鑑みるに、巫女様は単に好きで働いているようですね。
そもそも、当教会の教義でも労働は尊いと記されています。当たり前です、庶民が働かずにどうやって教会への喜捨を稼ぐというのです? 巫女様が率先して働いているというのなら、それに越したことはないでしょう。
しかし。クエッタのせいで巫女様の正教国に対する印象は地に落ちたと考えて良いでしょう。
クエッタは、北方山脈の僻地の布教に派遣されました。馬車無しでの歩きで、監視の護衛職を一人だけ付けて。どのみち、途中から馬車が使えるようなところでもなですが。あの体躯でたどり着けるかどうかは知りませんが、労苦を持ってその罪は許されるのです。もし巫女様に再会する機会があったのなら、生まれ変わった姿を見せてあげてください。
もう一人。ダーコラ国のカプチャ男爵ですか。赤竜教騎士団と名乗って各国の軍に教義に沿った活動を促すために派遣されている騎士らの一人ですね。
何度か正教国にも訪れたことがあるようですが。皆がペラペラの鉄板の鎧を赤竜のようにあつらえて粋がっていた輩でした。敬虔な赤竜教信者だとアピールしたかったのでしょうが、正教国の威を借りたがっていただけなのは見え々々でしたね。
…彼も当人の前で"黒髪のガキ"呼ばわりですか。流行っているのでしょうか?
帝国の魔女の伝承のせいで、どの国でも黒髪を忌避する風潮はありますが。そもそも聖典の発祥地はその帝国ですぞ? 当時の聖人も半分は黒髪だと聞ききます。黒髪だから不吉とかは単なる印象で、根拠もありません。おかげで、東方諸島からの船はほとんどがネイルコード国に行ってしまいます。
どうせ彼らは、御伽噺レベルの上っ面の部分しか学んでいなかったのでしょう。此奴は、ダーコラ国から爵位剥奪の上で放逐となりましたか。まぁ正教国からも完全に縁を切るべきでしょうね。放置すると教会の名を騙ってさらに好き勝手に活動しそうですし。監視を付ける…いやその手間も面倒ですね。早々に消えてもらった方が早いですか。
オルモック将軍。ネイルコード国との国境紛争後の立ち回りで、ダーコラ国内での評判が上がってます。
よく言えば実直、悪く言えば愚直。軍人としては非常に優秀ですが、政治面には関わらないことを美徳としています。…個人的には、美徳というよりは怠惰に思えるのですか。実際、家族を人質に取られた形で国の以降には逆らえないのが実情のようです。
ただまぁ、そんな生真面目さが巫女様に気に入られたのでしょう。戦災に合った街の復興にと、巫女様ご本人から直接喜捨を託されたそうです。
…正教国からもこの将軍に繋ぎを取っておくべきでしょうか? いや、彼に下手な干渉をしては、巫女様からさらに忌避されるやもしれません。報告にある巫女様の力が真実なら、正教国ですら物理的に消滅してしまいます。
一旦距離を取るが得策ですか。
巫女様は、エイゼル市の教会の神父とは、懇意にしているそうなので、赤竜教自体が忌避されているわけでは無いようです。この方面から再度接触を試みますか…
巫女様が赤竜神から使わされたのはほぼ間違いないでしょうし、今はまだわざわざ敵対することもないでしょう。
あとはまぁ。余計な奴らが余計なことをしないよう、気を配らねばなりません。とくにサラダーン祭司長には釘を刺す必要がありますか。頭が痛いことです。
…マナ術の効力を上げるための実験。あれも成果はそこそこ出してはいますが、目的にはほど遠いのが現状です。
目指すマナ技術の到達までは研究は続けさせる必要がありますが。巫女様の気性が報告通りなら、もしあれを巫女様が知った場合は決別どころか直接的な攻撃対象になりかねません。
そもそも、巫女様という遙かに目的に近い存在が現れたのです。彼女が手に入るまで、目立たぬように実験が縮小は考えても良いかもしれません。
妻が眠る霊廟の方を伺い、考えをまとめる。
巫女様にはぜひ正教国に来ていただきたい。いかがしたものか…
・Side:アルマート・ダーコラ・セーメイ(ダーコラ国国王)
宰相ザッカル・ヒンゴールから、ネイルコード国との国境での顛末の報告は受けた。
カプチャめっ! 何が、巫女様をネイルコードからお救いするだ! 本人にここまで明確に拒絶されては、ダーコラ国の恥以外の何物でも無い。
元凶のカプチャを郎党もろとも処刑すべし!とすぐに指示したが。カプチャは正教国の後ろ盾があるからと、オルモック将軍に止められた。まぁ爵位剥奪で放逐が精一杯だそうだ。オルモック将軍がカプチャを庇うことに訝しんだが、あの赤竜神の巫女からの要請だそうだ。家族と言うだけで処罰は理不尽だとのことだが…赤竜神の巫女とやらは、そうとう甘い人物のようだな。
あと、オルモック将軍下の軍医が騒いでいるとか。ネイルコード国の兵に襲われた街で、普通なら助からない切り傷の住人が、巫女の治療を受けて助かったとか。酒で傷を洗う? 切られた所を布のように縫う? そんなことで助かるのか?。
なに、これを詳細に調べて軍でも導入すれば、負傷した兵の復帰率があがるとな。…まぁ我が国に有益なら研究させてみても良かろう。
にしても。今回の国境紛争も巫女がいなければかなりの譲歩をネイルコード国から引き出せたはずなのだ。
正教国も、巫女の存在のせいで神経質になってきておる。今回の件以前は、積極的に干渉しろと煽ってきたくせに。今では、自重しろと言ってくる。今更だ。我が国は貴様らの小間使いではないのだぞ!
…赤竜神の巫女、取り込めれば使い道はあるのだろうが。今はただ、どうにも邪魔だな。
北方のエルセニム国の王女、マーリアといったか。エルセニム国に対する人質と件の実験の対象として正教国に行ってたのが、エルセニム国への牽制のために正教国から戻されて来ていたな。
なかなかの強力な戦士になって戻ってきたとか。見目も麗しくなってきたとかで、息子のバンダールが粉かけようとして、護衛諸共まとめて鎧袖一触にされたと聞いた。…いい年して何をしているのか。
…彼女無しでは、エルセニム国の反抗が気になるところだが。一度ネイルコード国の方に嗾けてみるか。
オルモック将軍が巫女と多少の誼を持ったようだが。すでにダーコラ国とネイルコード国の関係は破綻している。今更巫女と多生の誼があっても変わらんだろう。それよりも巫女が邪魔だ。
ネイルコード国の鄙者達に、我が国の方が格上だと知らしめなければならん。
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