第3章第004話 おいしいご飯のせい

第3章第004話 おいしいご飯のせい


・Side:アイリ・エマント


 ランドゥーク商会の事務所には、重量秤がある。それも、樽とかの大きな物を測るための、人なら数人くらいまでの重さを0.1ボロ単位で量れる頑丈で正確な鉄製の秤がある。

 いつでも使えるようにと打ち合わせ場所の入り口に置いてあるので、知る人はそれで自分の体重も量ったりしている。主に女性が。

 …。


 最近私は、食事をファルリード亭で取ることが多い。特に夕食は、住んでいる六六への帰り道にお店があることもあって、けっこうな頻度で通っている。

 レイコちゃんが来てからというもの、ファルリード亭での食事がすごく美味しくなっている。いや、前から美味しかったけど、最近はそれに拍車をかけている。

 高い材料を使っている期間限定試作メニューはかなり高価だったが。商会がレシピの奉納に協力して利権を管理している関係で、材料は市場価格よりだいぶ抑えて納入されているようになったことと。カヤンさんが、レイコちゃんのレシピの工夫を取り込みつついかに安く美味しいメニューを実現するかと研究した結果、ちょっと高めくらいの値段に抑えられている。


 さらにあの漁村で見つけた醤油というソース! 魚介類のためにあるのでは?という抜群の調味料だが、肉や野菜にも合うのだ。

 炒めるときにかけても良いし。煮物の味付けにも凄く合う。とくに、鶏肉に使ったあの唐揚げという料理の美味しさ! 卵を使わない揚げ料理ということでレイコちゃんが披露したレシピだけど。鶏肉を醤油を使ったタレにつれて、小麦粉をまぶして揚げるだけ。これがまたびっくりするほど美味しい!

 芋とお肉と野菜を醤油味で煮つけた物も絶品だ。レイコちゃんは肉じゃがもどきっていっていたっけ?


 まだあるぞ菓子類。中央通りのレストランではこぞってプリンのレシピを買って、エイゼル市の流行菓子の代名詞とも呼べる存在になって来ているが。ここファルリード亭でもたまにプリンがメニューに出ることがある。主にモーラちゃんのリクエストだそうだ。まぁ砂糖を使っているので、値段は高めだが、手が出ないほどでも無くなった。

 最近はさらに、牛乳から作ったクリームを使ったお菓子も… ああ、あの魅惑の甘味… 私の給料がファルリード亭で溶けていきます。試食にも混ぜて貰えるので、今はまだそこまで深刻では無いですが。


 秤に乗って、錘を右にずらしていく。右の方が重たいのだけど…前回測った位置から、怖くてそれ以上ずらせられない。

 うん。ファルリード亭が悪いのだ。ファルリード亭の美味しい料理が悪いのだ。ファルリード亭に美味しい料理をもたらしたレイコちゃんが悪いのだ。




・Side:ツキシマ・レイコ


 「レイコちゃんが悪いのよ!」


 ファルリード亭に昼食に来たアイリさんに、いきなり泣きながら糾弾されました。

 話を聞くに、乙女共通のお悩みごと。…太りましたね?




 醤油が手に入ったことで、作れるもののレパートリーが一気に広がりました。

 まぁ醤油無しの塩唐揚げはまだしもとして、餃子をソースで食べたくは無いよね。…シュウマイにウスターソースはありだと思うけど。

 醤油は、単なる焼き魚を最上の料理に昇華させますが。今、ファルリード亭で一番人気は唐揚げだ。鶏肉ももちろんだが。安く笊盛りで売られている小さめの魚でも、開いて醤油だれにつけ、小麦粉を付けて揚げるだけで、ご馳走です。卵を使わない分、フライより安くできます。これを野菜と共にパンに挟んで食べるのが、ここ最近の流行メニューになっています。


 あの見学ツアーの次の日。アイリさんと六六の子供達をアルバイトに募集して、再度漁村のアキルに向かいました。もちろん醤油を作るためです。

 海岸に近いところに自生している黒塩草の実を、子供達に実の色の状態だけを周知させて大量に採取してきてもらいました。

 私は、タクマンで買ってきた絞り器、もともとは油を作ったり酒造りのために果汁を絞るテコ式の機械を使って、ともかく絞っていきます。

 それを布で濾して。これまた大量に調達してきた陶器の瓶に入れて、大鍋で湯煎して。火が通ったところで煮沸消毒した木の栓をして蝋を被せて冷ます。これでけっこう長く保存は出来るとは思うけど、今回はその辺も実験も兼ねています。


 「黒塩草が、火を通すことで腐らなくなるんだね。熱い状態で封をすると長持ちするのか…この辺の知識もけっこう重要な物では?」


 とタロウさん。黒塩草は、腐ったときの臭気が酷くて見向きもされなかったわけだけですが。この煮沸封入は他にも使えそうな技術ということで、タロウさんも興味を持っています。

 地球でもこの辺の保存技術は、缶詰が発明される前、ナポレオンの時代あたりに瓶詰めとして作られたものだっけ。蝋封もやっていたように思います。

 うーん。すぐに応用できそうなのは、季節物のトマトもどきソースなんかを長持ちさせる…くらいかな。タロウさんのところで実験して貰おう、一年中ピザが食べられるぞ。


 アルバイトの子供達へもお土産として、出来たお醤油を一本ずつ配りました。お家で試してみてくださいね。

 それでも、食堂での料理に使っても一年は持つだろう量の醤油がファルリード亭の倉庫に備蓄できました。


 料理騎士さんも、見学の日の試食会の後に醤油を一本持って帰っています。伯爵邸に報告がてら、領主館の料理長に渡すのだとか。

 あ。ユルガルムの領主館の料理長にも送ってあげよう!。あそこの海産物にも絶対合うぞ!


 タロウさんにも一本ご進呈。味見なら、焼き魚にかけるだけも十分だし。…と思っていたら。

 次の日、ジャック会頭がタロウさんとファルリード亭にやってきました。作り方の詳細とかその辺ね。奉納もまだなのに。

 さっそく、海岸沿いの畑の権利を買い集めさせるのだとか。潮風のせいでもともと野菜を細々作っていた程度の痩せた畑。来年からは海水を撒いて盛大に黒塩草を育てるそうです。醤油の大量生産!。…ジャック会頭、あなたアパレル業界の人じゃなかったんですか?え、食品関係の商会を巻き込み済み?

 とりあえず今は、人手を出して自生している今年の分の黒塩草を集められるだけ集めて、醤油を作っておくそうです。


 かけて良し。焼いて良し。煮て良し。ということで。スープに一垂らししたり。煮物に使ったり。

 砂糖の代わりに甘い野菜を使って、肉じゃがもどきも作ってみました。肌寒い日に、味の染みこんだホクホクのおいも。最高です。


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