第2章第028話 再度タシニの街へ。

第2章第028話 再度タシニの街へ


・Side:ツキシマ・レイコ


 エイゼル市に戻って数日後、王宮からの布告が、各領に発布されました。


 ネイルコード王国は、ツキシマ・レイコ様を赤竜神の巫女として認めること。

 レッドこと小竜様を、ツキシマ・レイコ様の従徒として認めること。

 ツキシマ・レイコ様を、その故郷である地球国の大使して認め、ネイルコード国内における大使としての身分を保障すること。


 こういう発布は、市民に大々的に知らされるわけではありませんが。貴族なら、知らないでは済まされなくなります。

 地球国とはなんぞや?とは、具体的には説明されません。そもそも地球には、行くことも見ることも出来ないのですから。神の国だとかあの世だとかにでもなれば大騒ぎですので。あくまで私の出身地という扱いです。


 私にネイルコードの国籍があるわけではありませんが、人権的なものは大使の伯爵相当という身分にくっついてきます。これで、貴族や他国が無茶な接触をすることは出来なくなると言うことです。

 かなり大げさな事態になって辟易ではあるのですが。これでもかなり小さくまとめてくれたとも思います。アイズン伯爵とクライスファー陛下には、感謝ですね。


 もっと大きな屋敷に移っては?…という話も出たのですが。まぁ独り身ですし、広すぎる部屋はむしろ落ち着きません。

 モーラちゃんが、宿の私の部屋に「地球国大使館」の名札を着けてくれました。…理解してやっているのかは分りませんが。

 まぁここなら、ひとりぼっちでご飯と言うことも無いですね。居心地が良いのです。


 私に対する護衛の気配は、宿の周囲からしています。酔っ払いとかを見かけるのが減ったのは、そのせいでしょうか?

 食堂が忙しいときには、モーラちゃんをお手伝いしますよ。たまに私をレイコだと見当付けたとおぼしき人がひそひそしていますが。まぁ給仕している子供が巫女は思わないのでしょうか、ほとんど声をかけては来ませんね。

 レッドさんは、だいたいは宿の方のカウンターでカーラさんの膝の上です。たまに目ざとく見つけた人がびっくりしています。




 ギルドの方から、件の崖崩れ対策一行の出発の準備が整ったという連絡が来ました。

 どうも、王都の役所からの方から崖工事の発布がされたようで。各地で人足が募集され、それのとりまとめにでちょっと遅れていたようです。

 ユルガルム領へ続く街道の要所です。大量動員かけてでも速やかに解消したいのでしょう。


 あと。もうひとつ、法改正が。

 ・連座の適用には、ネイルコード王国貴族院及び御前会議の承認を得ること。

 ・貴族家そのものに対する刑罰としては、爵位の降格または剥奪、罰金または財産没収をもって充てること。

 証拠隠滅、責任回避のための濫用が懸念されるため…とあります。国王様の許可があればまだ連座は適用できますが、まぁそれでも国を信用してくれというメッセージなんでしょうね。

 貴族院とは、貴族による議会の一つのようですね。先日の謁見時のメンバーは御前会議だそうで。その下で細かい政策の"献策"を行なう機関だそうです。

 王政のこの国でも国王に絶対的な決定権があるわけではないそうです。先日おじゃました御前会議では、王様以外全員が反対すれば否決出来るんだそうです。逆に言えば、一人でも王様に賛同すれば通ってしまうと言うことですが。まぁ他のメンバー全員の不興を買ってまでゴリ押しするという状況になったとしたら、もう末期でしょうね。

 貴族院には、御前会議の決定を覆すほどの権力は無いそうですが。多数の貴族が反対しているところで王が強行する…にものちのち無理が祟りそうですので。貴族の意思の擦り合わせをするのが一番の存在目的のように思います。




 毎度のギルド前集合で、これからタシニの街へ出発です。

 人足の人たちや工具や資材などを結構な数の荷馬車に積んで、これまたキャラバンのようになっています。徒歩で行くという人達は、すでに前日には出発しているそうです。

 タシニにはアイズン伯爵も同行すると言うことで、護衛騎士のダンテ隊長も一緒です。


 初日の泊地のタクマン街で、なんと王太子殿下の弟であり軍相も勤めるカステラード殿下と、マラート内相が合流しました。護衛の騎士も多いですし、王都からの人足の人たちも、大勢合流しています。なんか物々しくなってきましたね。

 臨時宿舎のための六六のパーツや軍用テントなんかもごっそり持ってきているとか。


 タシニの街への道程は、途中一泊必要ですが。どうするんだろうこの規模の宿泊?と思ってましたが。貴族方の馬車は先行して、例の焼き肉村の方で一泊するそうです。追従するのは軍用馬車や騎乗騎士ばかりですので、これらだけなら荷馬車より一足先に進めるそうです。




 私はなぜか、カステラード殿下に誘われて殿下の馬車に同乗することになりました。


 車内では、まぁ色々聞かれました。主に軍事に役立ちそうなことばかり。

 レイコ・バスターは他のマナ術師に使えるようにならないのか?とか、物騒な話をしていますが。マナのエネルギーの一斉解放は、メンターにしか出来ないんですよ。


 「地球では、レイコバスター程度の威力の兵器はマナ術に頼らなくてもゴロゴロしていたんです」


 「ほう。マナに頼らずに作れるということか?」


 興味を持ったようですが…


 「その兵器が作られたばかりのころ、私のいた国は、その大国と戦争していましてね。四年弱の戦争の最後に、最初に作られたその兵器が二発、私の国で使われたんです。その結果、二つの街が完全に破壊されて、合わせて三十万人ほど亡くなりました」


 「三十万…ちょっとした小国並の人口では無いか。それがたった二つで…」


 数字がでかすぎて、ピンとこないようですが。


 「そのあと。その大国と対峙していた別の国も同じ兵器が作れるようになり、互いにその兵器を万単位で持つようになっていました。しかも、それを海を越えていつでもそれを相手の国に落すことができるという兵器もです」


 カステラード殿下の顔が曇る。


 「…軍がぶつかるどころではなく、互いの国を破壊するような戦争になるぞ。そんな戦争が成り立つのか?」


 「相互確証破壊って言うんですけどね、戦争を始めたら互いに全滅するって意味です。使ったらどうなるか、私の国の"実例"で双方理解したからこそ、大国は互いに戦争を起こせなくなったんですよ」


 「剣を突きつけ合って互いに動けない状況か。狂気だな」


 「私達は、その状況を"冷たい戦争"と呼んでました」


 誰かが耐えきれなくなって使ってしまったら、それで終了。よく踏みとどまったものです。

 ただ。それでもその状態だったからこそ、世界大戦みたいな泥沼の戦争が起きなかったのも事実でしょう。核の傘の下での平和というのは、確かに存在した…とお父さんが言ってました。


 「…それで、その状態は延々と続くことになるのか?」


 「敵より優れた軍や兵器を開発して維持するには、莫大なお金がかかりますからね。経済面で競争する羽目になった結果、一方が破綻して冷たい戦争は終わりました」


 莫大な予算を必要とするスターウォーズ計画が、同じように宇宙開発を進めて対抗するソ連にトドメを刺した…ってのが、お父さんの分析です。


 「戦争とは経済活動の一面だと、お父さんが言ってましたけど。その経済で負けたってわけです」


 殿下は、腕を組んで考え込んでしまいました。

 私も武器方面に使える知識が皆無というわけではありませんが。それを無闇にばらまくつもりはありません。まったく兵器転用できない知識というのも難しいかもしれませんが、積極的にはやらないつもりです。


 「…使えない武器に莫大な金を使って国を潰したのか。勿体ない」


 ぼそっとアイズン伯爵。ご賢察です。




 焼き肉村。実はダク村と言うそうですが。貴族の馬車の一団がここに到着です。

 私が最初に馬車を降りましたが。


 「レイコちゃん! レッドちゃん!」


 いきなり村の子供達に歓迎されました。

 けど、見たことも無い豪華なゴルゲットを着けた尋常じゃなさそうな貴族達と、これまた見たことの無い豪華な装備の騎士が集まってきたことで、顔が引きつってます。

 さらに。私と同じ馬車から出てきた人が本物の王子様だと知って、大人達も顔が青くなっています。


 警備の支障が無い範囲で無礼講と殿下が宣言したのと、宿泊の礼としてお酒や菓子が供されましたので、とりあえず落ち着きましたが。さすがに王侯貴族相手に焼き肉パーティーとは行きませんでした。




 次の日、先行している分、貴族馬車は日の高い内にタシニの街へ到着です。後続の馬車らも夕方には到着しました。

 後続でやってきた技師さんたちが、現地に先に来ていた技師さんとさっそく崖崩れの外観について検討しているようです。


 現場への道は曲がっているので、手前の丘と森に隠れて街からは直接見えませんが。崖崩れの元になった岩山は上の方が見えています。私も明日は、あそこの様子を見に行きます。


 あ、パン屋のおばちゃん戻ってきてました。美味しいパン、焼いて下さいね。




 さて。現場初日です。まずは、技師さんたちと一緒に、私も崖崩れの現場を見に行きます。

 カステラード殿下やマラート内相も同行しています。マラート様、運動不足ですか?坂道がきつそうです。


 私が岩の爆破なんて事が出来るのか?と疑っていた技師さんでしたが。カステラード殿下に担保していただき、ともかく現場へということになりましたが。


 ああ、これは確かに恐いですね。

 岩山から剥がれた巨大の一枚岩、高さ四十メートルくらいですか。ちょっとしたマンションのビルくらいのサイズの岩が、瓦礫の積もった街道跡なしき場所の脇に、ほぼ垂直に立っています。

 倒れるのかと言うより、自重でいつ崩れるかわかりませんし。あまりにでかすぎて、どっかからわざと崩すというのにも無理がありそうです。これが地球なら…ダイナマイト仕掛けに行くのも危険ですね。下の方を砲撃したくなります。


 「私があれを崩せば良いんですね?」


 本当にこんな子供に出来るのか?と技師さん達が訝しがってますが。


 「ユルガルムでの爆発を私も見たが。あれを崩すくらいなら問題無いと思うぞ」


 と、ダンテ隊長が担保してくれます。

 技師さん達はまさかという顔をしますが。騎士が言うのなら信じるしかありません。まぁ失敗しても現状維持です。


 私の能力について簡単に技師さんに説明して。発射場所、目標点、監視所、見学場所、退避範囲などの打ち合わせをします。

 なんですか?見学場所って…と思ったのですが。貴族の方々以外にも、なんか噂を聞いた見物人が集まってきているようで、ちょっとしたお祭り状態です。

 岩山を崩しても、瓦礫を運び出すなり埋めるなりして街道を通す大規模な工事が必要です。人が集まるのなら商機!と、鼻の効く商人たちも偵察に来ているようです。

 ただ。勝手にそこらに潜んでいられても迷惑ですので。急遽、見物席を併設することにしたそうです。




 岩の爆破時に岩の破片らが飛んでくる可能性があります。すぐに頭を引っ込められるようにと、集まっている人足の方々を使って、見学場所を岩山から隔たるように土壁が積まれます。

 当日はさらに、でかい盾を持った騎士達が、貴族達の護衛として前列に待機するとのこと。


 岩のスケッチを元に、ここを狙ってくれと技師さんから指示かあります。だいぶ下の方ですね。重みで全体が崩れることを期待しているようです。


 射撃は明日のお昼丁度に決まりました。近くの農地や牧場の人家や、放牧されている家畜たちも、明日は避難です。

 崖の向こう側にも連絡が行くそうで、周囲は立ち入り禁止となります。


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