第2章第005話 アイズン伯爵の野望

第2章第005話 アイズン伯爵の野望


・Side:ツキシマ・レイコ


 アイリさんが、奉納関係の事務処理でヒーヒー言って。食堂の料理人たちが、届いたピーラーと泡立て器のおかげでヒーヒー言わなくなって数日。


 ラード系の油も併用したり、タルタルまでにはせずにマヨネーズベースのソースを工夫したりとかで。なんとかフライをメニューに追加することになりました。

 それでも他のメニューに比べてお値段は高めではあるのだけど、食事時は繁盛しています。


 アイリさんはやっと書類仕事から解放されて、ランチを食べに来ています。

 リバーシもまた、なんだかんだで王宮まで話が行ったそうです。石でコマを作った最高級仕様のセットが現国王の孫兄妹に謹呈され、夢中で遊んでいるそうです。




 と過ごしていると。アイズン伯爵から使いが来たので、またジャック会頭やアイリさんとお呼ばれします。

 今度はリバーシに関する王勅かと思ってたけど。それ以外にも話がありました。


 「妻のマーディア、それにブラインの妻子じゃな、この三人をユルガルム領まで護衛して欲しいのじゃ」


 アイズン伯爵のお子にはご令嬢もいて、ターナンシュ様と言うそうです。ブラインさんの妹だね。

 彼女は、ネイルコード国北側のユルガルム領の辺境伯の嫡男に嫁いだのだけど、この度めでたくご懐妊…という報告は、あの旅でアイズン伯爵が直接持ち帰ったものです。

 嫁ぎ先での出産という大任に、実の母親がそばに付いていた方が良いだろう…ということと。単純に夫人が娘に会いたいということで、マーディア様が出向くことになった訳ですが。

 崖崩れで最短ルートは現在閉鎖中。私達がエイゼル市に来るときに通ったあの街道を北上する必要がありますが。途中に村もないので、野営に魔獣と懸念も多く、戦力になるレイコも同行して欲しい…ということらしいです。


 「レイコ殿は、護衛協会に登録しておるんじゃろ?」


 そういえばしてましたね。いつ役に立つか分らないのが資格の類い。


 「実は、ターナを心配したマーディアの願いを…というのは、理由の半分じゃな。バッセンベルの馬鹿、サッコと言ったか。あいつを送り返してから、またバッセンベルの小物達がうごめき始めてな。まぁ今のところは嫌がらせ以上のことはないのだが、妻らを一時エイゼルから退避させておきたい。あとまぁ…」


 と、アイリさんの膝の上で、お菓子を摘まんでいるレッドさんを見る。


 「そろそろ正教国が接触してきそうでな。目をそらすために、レイコ殿にも一時北に行って欲しいんじゃ」


 今もファルリード亭が遠巻きに警護されているのには気がついています。直接私に…ではなく、宿の人たちに被害があってもよろしくない。アイズン伯爵には、裏で結構お世話になっているようですね。


 「はい。そういうことなら了解しました」


 「うん。引き受けてくれて何よりだ。ファルリード亭の方も警備は万全にしておくから、安心して行ってくれ」


 「アイリも同行な。またなんかいい奉納ネタがあったら、頑張ってくれ」


 ジャック会頭がアイリさんの長期出張宣言です。アイリさん、うへーという顔をしています。

 ネイルコード国も夏になりました。それでも日本の夏よりはだいぶ過ごしやすいですが、北のユルガルムはエイゼル市より涼しいそうです。例の崖崩れが無ければ、普段は避暑地としても人気だとか。

 まぁ、旅費や食費はエイゼル市とギルド持ちです。休暇と思って楽しみましょう。


 「タロウも行ってこい。キャラバンを率いるのも勉強だ」


 「はい、会頭」


 タロウさんは満更でもないみたい。…アイリさんが一緒だからかな?

 うーん、考えてみれば、これがこの世界に来ての初めてのお仕事依頼ですね。頑張りましょう、レッドさん。


 「クー?」




・Side:バッシュ・エイゼル・アイズン


 ふむ。妻達のユルガルム訪問の手筈は整った。

 せっかくなので、レイコ殿達と昼食をとり。その後テラスのある応接室に誘った。




 領主邸は貴族街の中央の一段高い土地にあり、この部屋は領主邸の二階だ。この高さなら、貴族街を囲む城壁を越してカラスウ河の上流から港までを一望できる。

 港から、川辺、そしてその上流まで、栄えた街が続いている。河向こうのにも街が広がりつつある。平地がある限り、エイゼル市の発展はまだまだ続くだろう。

 私は、この部屋からの光景が好きだ。眼下に広がる街並みは、わしの人生そのものと言っても良い。


 「レイコ殿。エイゼルに来て一月ほど経ったが。この街はどうだったかね? "前世"の国と比べて、忌憚ないところを聞きたいのだが。」


 レイコ殿から聞いたという赤竜神に関わる話は、わしのところにも報告は上がっている。

 三千万年前。別の星から。元は人間だった赤竜。二十五歳で一度亡くなり、マナの体に意識と記憶を複製されたレイコ殿。

 信じがたい話ばかりではあるが。赤竜神が実在する以上、想像の埒外というだけで疑う必要も無いのだろう。まぁウソならもっとらしい事を口にするだろう、あの正教国のように。


 「赤竜神の成されたことは、神の奇跡などではなく"技術"だということなのだろ? それらを成せるだけの世界からやってきたレイコ殿には、この街はどう映るのかね? やはり未開に映るのだろうか?」


 「…この時代のレベルにしては、良く出来た社会だと思います」


 「この時代にしては…か。」


 「正直、民から搾取して圧政を引くのが仕事というような貴族が幅をきかせてるかも?と不安に思ってましたから」


 …そういう貴族がいたら、自分でなんとかする必要があった…という意味だろうか。

 とりあえず、私は合格しているようだな。


 「ははは。そういう頭の悪い貴族は確かにいるがな。ワシのことを、金儲けに奔走する貴族の片隅にも置けない…と蔑む貴族は、未だにおるよ。まぁ、そういう奴らほどワシが金を出すのがあたりまえだと思っているがな」


 単に、立地と運が良いから私の所に金が貯まるのだと思っている貴族は多い。また、貴族であるが故に、自分で努力すること無く、そのおこぼれに預かって当然…とも考えている。

 ふん、わしを馬鹿にするのなら、同じ事をしてみれば良いのだ。


 「地球では、領土の力としては経済力が一番重要視されていましたからね」


 「軍事力では無く?」


 「経済が無くては、軍事力も維持できません。軍隊は、兵器を開発して揃えるのも、それらを維持するのにも、莫大な費用がかかりますからね。地球でも二つの大国が軍事力で対立していた時期がありましたが。片方は経済で負けて崩壊しましたから」


 我が領では、基本的に兵は常備兵だ。予備兵力扱いである街の衛兵の方が多いがな。もっとも、スラムが無くなったことで、衛兵の数は昔に比べてだいぶ少なくて済むようになった。

 戦時や非常時に領民を徴発することはあるが、それでも輜重部隊や工事の人足として"雇う"ことになる。もちろん、金があり、農産物に余裕があるから出来ることじゃがな。

 …私には、軍才は皆無だが。軍相のカステラード殿下は、その利点について多いに語っていたな。我がネイルコード国軍は精強なり…と。


 「レイコ殿の国でも、国同士の争いという物はあったのだな」


 「文明が進歩しても、人の本質はそう大差ないですから」


 人の本質か。

 わしは、その辺の人の欲を旨く御するのが、街を運営するコツだと思っている。

 人の欲。良くも悪くもそれは街の、国の原動力だ。それらを束ねて発展のために向きを揃えさせる。それが政というものだろう。

 「ふむ…。わしがやっていることが間違いではなさそうで、それだけで安堵できる話だな。それでいくつか聞きたいのだが。将来、百年先、何百年先、わしのこの街はどうなると思う?」


 平地がある限り、エイゼル市の発展はまだまだ続く…が。その後どうなるのか。彼女には、エイゼル市の未来が見えるのだろうか。わしの人生の成果は、わしが死んだ後にどうなるのか。気にならぬ訳がない。


 レイコ殿は、レイコ殿が住んでいた街について話してくれた。

 馬車の何倍もの速度で走る乗り物のための長大な街道?。何十階という高さの建物? 鉄の棒で舗装された道を走る鉄の馬車? 空を飛ぶ乗り物のための空の港?

 なんと!。レイコ殿がいた国の人口が一億を越えていただと。…この街は将来、この部屋から見える範囲が全て巨大な建物で埋まるというのか。


 「このまま発展していけば、数百年でそれくらいには十分成ると思います。ただ、貴族街とか中央通りの風景は、歴史的な遺産として保護されるんじゃ無いかと。多分伯爵の名前も、歴史書で子供達が学ぶことになると思いますよ。」


 席を立って、テラスから街を眺める。

 …想像する。今ある建物の十倍の高さの建物が乱立し。整備された街道が編み目のように張り巡らされ。大量の物資が街との間を行き来し、空には乗り物が舞う。そういった発展の礎には成れた!。


 わしがそれを見ることは無いのだろうが。

 だが、見える。見えるぞ!

 ここはわしの創った街だ! 豊かな街、豊かな領民。繁栄を約束された希望の街だ!


 「はははは…ははははっ」


 私の人生は、バッシュ・エイゼル・アイズンの人生は、報われることが確実になったのだ。

 こんな幸せな人間が、どれだけいると思う?


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