第1章第026話 今夜はご馳走だ

第1章第026話 今夜はご馳走だ


・Side:タルタス・チャニ(キャラバン護衛隊隊長)


 まさかこんな南にまでジャイアントボアが出るとはおどろいたね。ボアは比較的よく狩られているし、ジャイアントボアとの違いも基本大きさしかないのだが。ここまで大きくなったものがこんな王都の近くまで来ているとは。後でギルドに報告だな。


 レイコ殿がどうジャイアントボアを倒したのかを見た人間は限られるが。目撃者によると、目にも止らぬ速さでジャイアントボアに立ち塞がり、突進の勢いを利用してそのまま跳ね飛ばしたんだそうな。

 小竜様も飛び回って、マナ術で普通サイズのボアを牽制して、それを護衛隊の者が倒していってたな。小竜様が飛ぶのは初めて見たが。確かにあの羽の大きさでは、しょっちゅう飛びっぱなしというわけには行かないだろうな。邪魔だし危ない。


 伯爵の馬車を飛び越えたジャイアントボアは、街道の反対側で絶命していた。レイコ殿が突き上げたときに、首の骨を折ったらしい。

 最初にボアにはね飛ばされた騎士も軽傷で、今回はほぼ損害無しで収拾できた。にしても騎士の初動は遅いな。この辺はダンテ殿に具申しておいた方が良いか。




 さて。大物を仕留めたので、さばいていろいろ回収したいところだ。マナの塊も、このサイズから取れるのなら一財産だろうだし。牙やら皮やら肉だって使い道は沢山ある。


 ジャック会頭も商人だ、目の前の商材は無駄にしたくないだろう。解体する時間を伯爵に許可もらわないとな。まぁ、無駄が嫌いな伯爵なら承諾してくれるだろう。


 心配なのは、他の個体の追撃や襲撃だが。タロウ殿が言うには、小竜様が事前にボアが接近するの警告してくれたそうだ。

 マナ術に長けた人間は、マナが多い存在を離れたところから感じることが出る…なんて話を聞いたことがあるが。そんな感じかね?

 作業の前の安全確認としてレイコ殿に聞いてみたところ、馬車で半日以内には見つからない…と小竜様は言っているそうだ。

 そんなに遠くまで分るのなら、さっきのはなんでもっと早く分らなかったのか?と聞いてみたら、山や丘の向こうまで見通せないとかで。先ほど飛んだときに上から索敵したので、今の状態が分るとのこと。なるほど、空からの偵察か。軍の奴らが知ったら、目の色変えそうだな。




 ジャイアントボアと普通のボアは、街道脇の斜面を利用して並べて、盛大に血抜き中。


 ただ、これだけの量の肉は、さばいてもキャラバンだけでは運びきれないので。騎士隊に依頼して次の村に早馬を出した。肉輸送用の荷馬車と、人足の派遣を村に依頼するためだ。


 皮は丁寧に剥がされて日に当てられている。普通の討伐なら槍で滅多差しになるので、このサイズの皮が殆ど無傷というのはまずあり得ない。これは良い値が付くと、ジャック会頭もホクホクだ。


 マナの瘤も大物だ。

 首の骨の一部が変形して、丸ごと赤い色の鉱石のようになっている。延髄や脊髄回りの骨からもマナは抽出できるので、その辺も全部回収する。

 ジャイアントボアだけでは無く、ボアの方にも瘤ができつつあった。放置していたら、そのまま魔獣化していたかもな。


 レイコ殿が、解体を見てキャーキャー言っている。こういう動物の解体は初めてなんだそうな。まぁ、散らばる血に内臓と、お嬢様にはちとキツいか。…この辺は普通のお嬢様なんだな?


 あとは、全身を肉に解体。それらがほぼ終わったころに、村からの荷車が五台ほど着いた。

 五台の荷車プラスキャラバンの馬車の空き場所でも、全部は乗せきれず。結局内臓の優先順位の低いところはここで埋めていくことになったが。それでも相当な量の肉だな。


 「ジャック会頭、ボアの評価額は出そうかね」


 伯爵が、レイコ殿への報償の話をしている。


 ジャック会頭の代わりに、タロウ殿がメモを見ながら説明する。

 「皮だけでも十万ダカムは堅いと思います。肉が三万。牙が一万。マナが二十万くらいですかね。占めて三十四万ダカム」


 皮だけで十万ダカムとは豪気だね。まぁ。二度と手に入らない美品だし、ありえるのか。


 「ただ。肉は輸送の手間と鮮度を考えると、道々の村でどんどん売ってしまった方がいいでしょうね」


 「ふむ。報酬の配分だが。ダンテ隊長はどう見る」


 「…戦闘の推移に関しては、あの体たらくでは騎士隊として忸怩ものはありますが。甘めに見てレイコ殿9、我々は警備隊も込みで1というところですか。そのあとの解体作業はこちらでやりましたので。込みで8対2ってところで」


 「ずいぶん謙虚だな」


 騎士隊の体たらくか。ダンテ隊長にもその辺の認識がきちんとあるのなら、報告書に書くことが一つ減ったな。


 「実際、今回の護衛という面では騎士隊は何もできませんでした。レイコ殿がいなかったら、伯爵もどうなっていたことか」


 「レイコ殿。とりあえず税が三割、そこから八割取って…十九万飛んで四百ダカムでいかがかな?」


 「いかがかなって?」


 「このボアの代金じゃよ」


 十九万ダカム。家族で十年くらい暮らせるんじゃないか?。子供が持つには多い金…って、そういえば二十五歳とか言っていたな。

 肝心のレイコ殿は、金額の意味が分っていないようだ。察したアイリ嬢が説明している。


 「家族四人で一年最低限暮らすのに必要なのが、まぁ二万ダカムくらいあれば十分かな」


 「いやいや。とっさに体が動いただけですので、そんなに貰えないですよ」


 「わしは今日だけで二度も助けられたからな。その分の報償は別に出すぞ」


 レイコ殿がいなければ、アイズン伯爵の馬車はジャイアントボアに粉砕されていただろう。あれは、俺たちが何人いても防げるものではなかった。

 まぁ報償は当然だろう。




・Side:ツキシマ・レイコ


 いろいろごねて、分配については値下げ合戦。なんとか五割まで粘った。30人くらいいるキャラバンで私だけ半分持っていくってのは、それでも抵抗あるけど。


 肉も積み終わって、やっと再出発。先だってダンテ隊長が講説する。


 「この度の魔獣の襲撃について、分野が違うとは言え、各自反省点はあるだろう。それらについては、今後いっそうの修練を期待する。また、この魔獣の売却益については五割がレイコ殿に。そしてレイコ殿のご厚情により、四割が隊員らに分配される。ただ肉については、一割分を次の村で即日消費することにした。食い切れない分は今夜の酒代に変わる。むろん、村人達も招待するぞ」


 「うぉーっ!」


 護衛隊、騎士隊、さらに村から来た荷馬隊の方々から歓声が上がる。

 焼き肉パーティー、開催のようです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る