第1章第015話 当座の生活費

第1章第015話 当座の生活費


・Side:ツキシマ・レイコ


 「っと。旅費についてなんですけど」


 と、脇に置いたリュックから、赤井さんに貰った金貨の入った袋を出し、1枚取り出して見せる。


 「これで足りますか? 足りないようならまだあるのですが」


 とりあえず、金貨を一枚出してみた。十万円金貨より大きめなので単純に数十万円相当…地球なら結構な旅行が出来るけど、この時代はどうなんだろ?


 「ん?ちょっと拝見させていただきます」


 とジャック会頭。眉間に皺を寄せて金貨を凝視する。


 「大きさや重さ的に大金貨…ではありますが。ネイルコード国の金貨ではないですね」


 金貨を近づけたり話したり。ああ、これ老眼か。


 「タロウ、裏表の図柄を確認してくれ」


 自分で見るのを諦めたのか、タロウさんに金貨を渡した。


 「はい、会頭。…片面は赤竜様が掘ってありますね。反対側は、髪の長い女性が横を向いている肖像ですか。これは精緻ですね」


 「…まさか魔女の帝国の金貨?」


 「魔女って…。千年前にずっと東の大陸にあった大帝国を、魔女が一夜で滅ぼしたという、あのおとぎ話の?」


 「…魔女の帝国ですか?」


 なんか物々しい単語が出てきました。


 海を渡ったずっと東にあるらしい大陸には、千年くらい前にかなり大きな帝国があったそうな。ただ、そこに現れた魔女の力と知識と美貌を巡って、王族やら貴族やらが争いを始め。それに耐えかねた魔女が一夜で滅ぼしたとか、それを見咎めた赤竜神が一夜で帝国を滅ぼした…という話が、おとぎ話として結構広まっているんだそうだ。帝国というだけに周辺に従えている国やら植民地は多かったらしく、当時の記録はそこそこ残っているそうだけど。滅び方があまりに急で具体的に何が起きたのかはほとんど分かっていないらしい。


 その帝国が発行していた金貨がこれだという。


 「この金貨は、帝国の周辺国にも流通していたので、現在でもそこそこ残っているのです。金の重さだけなら、うちの大金貨と同等くらいですが、帝国の歴史とレリーフの緻密さから、骨董的な価値がかなりありまして。百倍くらいの値段が付いているものもあります。…これだけの美品だとすると、いくら値段が付くのやら」


 なんか話が仰々しくなってきたなぁ。赤井さん、わかってこれ渡したでしょう? ドヤ顔している赤井さんの顔が思い浮かんだ。


 「あの…これが本物かどうか私にはなんとも…」


 本当に当時の金貨なのか、赤井さんが複製したのか。私には判断が付かない。


 「レイコ殿、これらを一度預からせていただけませんか?預かり証はすぐ発行いたしますし。売る売らないは後で決めていただいてもけっこうです」


 ジャック会頭が冷や汗を滲ませながら提案してきた。


 「あ、はい。もともと旅費として出す予定でしたので。それに、そのままでは使えないんでしょう? それで清算していただければとくに問題ないです」


 「清算って言われましても。本物なら旅費どころかこのキャラバンを十個くらい買い取れますよ。…とりあえず、1枚、私にも売っていただけますか?」


 「かまいませんけど。まだ本物かどうか分りませんよ」


 価格は鑑定の後でということで。とりあえず1枚予約したいということだそうな。仮に複製品だとしても、あの赤竜神が作ったものだ。むしろそちらの方が価値が出そうとか言ってます。

 とりあえず、大金貨相当としての代金をエイゼルという街についたら先払いということで。残額は調査の後に後日相談となった。


 袋に入った状態の金貨をジャラとジャックさんに渡すと、悲鳴を上げた。

 急遽馬車を止め、別の荷馬車に走り、なにかカバンを持ってきた。

 中には、皮の小さいの袋がたくさん入っていて。タロウさんに手伝わせて、金貨1枚ずつをその袋に詰めていった。本来は、少額の支払の時等に使うお金を入れる袋だそうな。簡易財布みたいな物ね。


 「こういうのは、傷が付くと値段がぐんと下がりますからね。これだけの美品です、慎重に取り扱わないと」

 枚数を確認した後、預かり証を発行してくれた。街に戻り次第、大金貨相当の金額をまず支払うこと。そして、鑑定ののち、希望者またはオークションで販売し、手数料と税金を除いた利益を支払うこと。手数料については、ギルト規定に従う物とすると。念のため、護衛隊長のタルタスさんと、騎士隊長のダンテさんが文面を確認したあと、私はそれをリュックにしまった。


 これで当座の生活費の心配は要らないようだ。むしろ、使い道を考えないと。


 レッドさんは、いつのまにかエカテリンさんの方の膝の上で撫でられていた。のんきだね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る