第107話 ルガンダダンジョン 幽体離脱ツアー
ヨシュアさんが連れてきたのは近隣の金持ちたちだった。
商人や地主、街道守備隊の隊長夫妻などがツアー客である。
この地方でダンジョンは珍しく、ルガンダの他では見つかっていない。
人々はダンジョンと駄菓子を目的にはるばるやってきたそうだ。
「まあ、これがチョコレート!」
「ガムだなんて、生まれて初めて見たぞ」
「おっ、ライマス様が持っていたモバイルフォースがあるじゃないか! 私にも一つ売ってください!」
人々は初めて見る駄菓子とおもちゃに興奮している。
売り上げが伸びるのはいいことなので、危険のないものだけを選んで売ることにした。
夢中で駄菓子を買い漁るお客を横目にヨシュアさんが耳打ちしてきた。
「このあとダンジョン内を見学したいのですが、入場料はいくらでしたっけ?」
住民以外の入場料は一人千リムだけど、本当に入る気か?
「危険ですよ。中に入ったら命の保証はありません」
「入り口をチラッと見るだけです。階段を下りて、ささっと見学してすぐに帰りますので入場を許可してください」
「それでも何があるかわからないのがダンジョンというものです」
まあ、入り口だけなら危険は少ないかもしれないけど、モンスターが湧くことだってあり得るのだ。
おいそれと一般人を入れるわけにはいかない。
「だったら、護衛をしてくれる冒険者を紹介してもらえませんか?」
「あいにくみんなダンジョンに潜っています」
ガルムがいれば、ちょうどいい小遣い稼ぎになったかもしれないな。
彼のチームにはグラップというタンクがいるからうってつけなのだ。
グラップは鬼百合という二つ名を持っている
彼はヘイトを誘う「おフランスの香水」を体にたっぷり振りかけているのだ。
この臭いがしているのでモンスターはグラップ以外の敵に見向きもしなくなる。
もしも彼らがいたら任せたかもしれない。
科学合成された百合の匂いはかなり強烈だけど……。
「う~ん、どうしようかなぁ……」
ヨシュアさんは困ったようにダンジョンを見つめている。
そうだ、いいものがあるぞ。
商品名:でるでるでるね
説明 :水を加えて、自分で作る砂糖菓子。
食べると十五分だけ幽体離脱ができる 。
ぶどう味とソーダ味の二種類。
ぶどうはジューシーな離脱感、ソーダは爽快な離脱感を得られる!
値段 :100リム
これを使って幽体離脱すれば安全にダンジョン内部を見学できるぞ。
でもこれは今まで発売を中止していた商品だよなぁ……。
科学実験を思わせる手順で作るお菓子は楽しいしのだけど、よからぬことを企む輩がいたのだ。
なんと、そいつは幽体離脱でヤハギ温泉を覗こうとしていた、というのだから
どうやら狙いはミラだったようだ。
気持ちはわかるが、やっちゃいけないことの判別はつけなきゃならんよな。
幸いミシェルが気づいて、事なきを得たのだけど、そういう経緯で売るのをやめていたのだ。
でも、この場で使うこと限定なら販売しても問題はないだろう。
それにしてもジューシーな幽体離脱ってなんだろうな?
こんど試してみることにしようか。
あ、もちろん俺は悪用なんてしないぞ。
俺は「でるでるでるね」を用いたダンジョン幽体離脱ツアーを提案してみた。
「というわけで、このお菓子を食べて、霊魂の状態でダンジョン内に入っていただくことは可能です」
ツアー客のおじさんはでるでるでるねのパッケージを読みながら質問してくる。
「え~と、それだと危険はないのですか?」
「肉体はここにとどまっているので、モンスターに遭遇しても大丈夫です。モンスターも魂は認識できません」
「なるほど。ところで時間がきたらどうなるのです?」
「十五分経てば、魂は自動的に肉体に帰ります。ご安心ください」
丁寧に説明すると旅行客は幽体離脱による迷宮ツアーによろこんで賛同してくれた。
逆に幽体離脱体験に並々ならぬ興味を示しているくらいだ。
全員がすぐに購入してくれて、さっそくお菓子を作っている。
俺はみんなに作り方の手順を説明した。
「それでは1番の粉をトレイの中にいれてください。入れたら、付属のスプーンで水を加えてよく練ります」
大人たちは楽しそうにお菓子を作りだした。
「あら、色が変わったわ!」
「おお、鮮やかなブルーですな」
「こっちはグリーンよ」
そうそう、作るお菓子ってサイバーな感じでおもしろいんだよね。
「続いて2番の粉を入れて、よく混ぜてください」
「また色が変わったわ」
「モコモコと膨らんできたぞ!」
いい大人がまたまた大興奮である。
「最後に3番の袋に入ったキャンディーチップを隣の穴にあけて、でるでるにつけて食べてくださいね」
これで準備は整った。
でるでるでるねを食べた人たちは一分ほどで草の上に横たわりだし、次々と幽体離脱をしているようだ。
ヨシュアさんの魂も肉体を離れたようだから、今頃はダンジョンツアーに出かけているのかもしれない。
十五分見守っていると最初の一人がむくりと起き上がった。
「ただいま。いやぁ、恐ろしいモンスターがたくさんいましたよ!」
その後も人々は次々と起き上がり、今見てきたばかりのダンジョン内の光景について盛り上がっている。
「冒険者たちの戦闘を見ました! 罠を使ってうまいこと追い込んでいたなあ」
「魔石というのはあんな風に出現するのですね。初めて知りましたわ」
でるでるでるねを使ったダンジョンツアーなら冒険者たちの邪魔にはならないだろう。
その日の客単価は五千リムもあり、売り上げは六万リムを越えた。
そのせいか俺のレベルもまた上がり、魔力量が増えた気がする。
満足そうに帰っていくツアー客を見ながら、駄菓子屋ヤハギにもそろそろ新しい何かが起こりそうな気がしていた。
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