第106話 たくましい商魂
モバイルフォースで気をよくしたライマスさんは、小麦や食品を取り扱う商人たちへ十通もの紹介状を書いてくれた。
「助かりました。ライマスさんのおかげで食料も何とかなりそうです」
「いやいや、こんな楽しいものをいただいたのです。これくらいお安い御用ですよ」
ライマスさんは大事そうに自分のグフフを撫でている。
これは相当気に入っているな。
「ルガンダにはモバイルフォース専用の武器をつくる鍛冶師がいます。それに住民たちの間では試合も盛んにおこなわれているんですよ。もしよかったらいつか遊びに来てください」
「おお! それはおもしろそうだ。ぜひ伺うとしましょう」
ライマスさんは生活雑貨を取り扱う商人をルガンダまで寄越すことまで約束してくれて、俺たちを送り出してくれた。
ベッツエルにあいさつに行ってから八日が過ぎた。
ルガンダ領主の朝は早い。
と言っても行政に
そっち方面の仕事は苦手なので助役のナカラムさんにお願いしている。
俺は早朝と夕方にダンジョン入り口まで出かけて露店を開き、冒険者へ駄菓子を売る毎日だ。
ライフスタイルは王都にいるときとほぼ同じだね。
ほら、今朝も眠い目をこすりながらメルルがやってきた。
「おはよう。今日は何にする?」
「ん~とね……、バスコを十個ちょうだい」
「バスコを十個も?」
「ダンジョンにキラーハチドリが大量発生しているんだよ」
キラーハチドリは凶暴な鳥型モンスターだ。
本物のハチドリはカラフルでかわいい子鳥だけど、ダンジョン内のモンスターともなると一筋縄ではいかない存在になる。
昔、鳥が人間を襲う白黒映画があったけど、まさにあんな感じだ。
「一匹一匹の攻撃力は低いんだけど、あいつらは百羽以上で襲ってくるの。だから蜜を仕掛けて一網打尽にする作戦なんだ」
「ああ、キラーハチドリは甘い蜜に寄って来るんだったな」
「そう、だから私が蜜の壺を仕掛けて、奴らが大量に集まったところでリガールの火炎魔法で殲滅するって作戦」
蜜を仕掛けるときにも多少の攻撃を受けてしまうのでバスコを買っていくわけか。
バスコを食べれば体が強くなり、防御力が20倍になる。
効果時間は10分あるから、仕掛ける時間もじゅうぶんあるだろう。
「気をつけてな」
チーム・ハルカゼのリーダーであり、前衛のメルルは危険な役柄をこなすことが多い。
「大丈夫だよ、慣れているから。それにキラーハチドリは一匹で50リムをドロップするから百匹集まれば最低でも五千リムになるもん。百五十匹なら七千五百リムだよ。腕が鳴るってもんよ!」
作戦がうまくハマれば、それなりの収入になるようだ。
「そうだ、こんな新商品があるぜ。バスコと併用するのはどうだ?」
商品名:わたあめ
説明 :袋入りのわたあめ。食べると五分間だけ気配を消せる 。
値段 :80リム
日本では東だと「わたあめ」、西では「わたがし」と呼ばれるのが一般的らしい。
ちなみにアメリカではコットンキャンディーなんだけど、オーストラリアではフェアリーフロスと言うそうだ。
直訳すれば妖精の綿毛といったところか。
後者の方がうちで売っている商品に近い気がする。
「へぇ、おもしろそう。一個買っていくよ」
新しもの好きのメルルはさっそく購入していった。
ダンジョンへ潜る冒険者を送り出して店じまいをしようとしていると、一台の荷馬車がこちらにやってきた。
御者は一人で後ろには大量の荷物が積まれているようだ。
外からの客とは珍しいが、いったい何の用だろう?
荷馬車は真っ直ぐ俺の方へ向かってくる。
「こんにちは。私はベッツエルから来た行商人ですが、領主館はあれですか?」
商人は丘の上の三階建て店舗を指さして確認する。
「そうですけど、あそこになにか御用ですか?」
「私はベッツエルの領主ライマス様に依頼されて来た行商人のヨシュアです。お手紙を預かっていますので、領主のヤハギ様にお渡ししたいんですよ」
さっそくライマスさんが約束を守ってくれたんだな。
生活雑貨は慢性的に不足しているので非常にありがたい。
住民も喜ぶだろう。
「それならちょうどよかった。私が領主のヤハギです」
「えっ、貴方が……?」
ヨシュアさんは疑わしそうに俺のことを見ている。
露店を開いたままなので俺は茶色の前掛け姿だ。
領主と言えば貴族の端くれになるのだが、このスタイルではそうは見えないのだろう。
隣で店を開いたミライさんが領主であることを口添えしてくれた。
「ヤハギさんは間違いなくルガンダのご領主様ですよ」
その言葉を受けてサナガさんも頷く。
「そうは見えねえかもしれねえがな」
二人のおかげでヨシュアさんもようやく納得したようだ。
「失礼しました。こんなことを言ってはなんですが、てっきり同業者かと思い込んでしまいまして……」
前掛けをして屋台に座っているのだ、そう思われても仕方がないか。
「自分は元々王都で露天商をやっていたんです。それがいつのまにやら領主になっていましてね」
そう言うとヨシュアさんは目を丸くして驚いていた。
「そんなこともあるのですねぇ……。私は行商人ですが、これを続けていれば、いつか男爵様になれるのでしょうか?」
それはどうかわからないけど、遠方からルガンダまで来てくれたのだ、お茶でも出して領主館でもてなすことにしよう。
「ところでご領主様、こちらの品物はなんですか?」
ヨシュアさんは不思議そうに駄菓子やおもちゃを眺めている。
「これは私が売っているお菓子なんです。一個10リムから100リムくらいの商品がほとんどなんですよ」
「10リム! それは安い。あの、私にも売っていただくことは可能でしょうか? うちの子どもたちのお土産にしたいのですが」
砂糖の流通量は少ないので、田舎では甘いものが貴重だそうだ。
お菓子を買って帰れば子どもたちも喜ぶだろう。
「どうぞ好きな物を選んでください。お子さんだったらこちらのチョコレートや飴玉なんかがお勧めですね」
「チョコレート!? 話に聞いただけで食べたことなんてありませんよ!」
そうそう、王都でも一部の高級店にしか置いていないんだよね。
「味見をしてください。お一つ差し上げますので」
キャロルチョコを食べたヨシュアさんは両手で顔を抑えた。
そうでもしなければ、そのまま頬っぺたが落ちてしまいそうとでも言わんばかりだ。
「こんな美味しいものが!」
「キャロルチョコにはミルクチョコレート以外にも、ストロベリー味やクッキー&クリーム、ピスタチオもありますよ」
チョコレートを食べたヨシュアさんはワナワナと震えている。
「どうしましたか?」
「このお菓子を私に卸してもらうことはできませんか!?」
息せき切って頼み込まれたけど、それは丁重にお断りした。
「そこをなんとか!」
「こればっかりは無理です。適正価格以外では絶対に売らないのが俺の信条なのです」
ヨシュアさんは食い下がったけど、俺はきっぱりと断った。
けっきょくお土産分だけという約束の元に、ヨシュアさんは二千リムほどのお菓子とおもちゃを買ってくれた。
俺としてはいい商売ができて満足だったんだけど、これがのちに大きな騒動の元となる。
珍しいものに対する人間の情熱というものを俺は少し舐めていたようだ。
ヨシュアさんが帰った三日後、彼は再びルガンダに現れた。
ただやって来たのではない。彼の荷馬車にはたくさんの人が乗っていた。
「どうしたんですか、ヨシュアさん?」
「転売はダメと言われたので、駄菓子とダンジョンの体験ツアーを組んでみました。荷台に乗っているのは全員お客さんですよ」
なんと、ヨシュアさんは旅行代理店を始めてしまったのだ。
「さあ、こちらがルガンダ名物の駄菓子屋さんです。噂のチョコレートはここで買えますよ! モバイルフォースの販売もこちらになります!」
確かにこれなら転売はしていない。
しかし、よく十二人もの客を見つけたな……。
少々呆れながらも、彼の商魂の逞しさに感心してしまった。
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