第三部

第101話 ルガンダに到着


 王都からルガンダの森まではおよそ三百五十キロメートル。

田舎へ行けば行くほど街道は荒れてきた。

旅も終盤に差し掛かり、いよいよ道は険しくなってきているけど、開拓団は元気いっぱいだ。


「ヤハギさーん、そろそろおやつにしようよっ!」


 十二~十三歳くらいの少年少女が俺を取り囲んでおやつをねだっている。

この子たちはこの春に孤児院を卒院したばかりだ。

卒院といっても、じっさいは強制的に追い出されたにすぎない。

行き場がないということだったので俺が引き取ったのだ。


 旅の始まりの頃はみんな暗い顔をしていたけど、日が経つうちに俺や冒険者たちにも慣れ、屈託くったくない笑顔を見せるようになっている。


「さすがは育ち盛りだな。もう腹が減ったのか?」


「えへへ、俺たちはいいんだけどさ、サナガのじいちゃんやミライさんなんかは疲れた顔をしているぜ」


 鍛冶屋のサナガさんや、回復茶を売るミライさんも一緒にルガンダへ移住することになって、今は俺たちと一緒に移動中だ。


「クォラアッ、ガキどもっ! 他人ひとをダシにして食い物をねだるんじゃねえっ! 俺はまだ元気だぞっ!」


 サナガさんがゲンコツを振り回して怒っている。

その横ではミライさんが声を殺して笑っていた。


「まあまあ、サナガさん。俺も疲れてきたんでそろそろ休憩にしましょう」


「ケッ、ヤハギが……ご領主様がそういうんならいいけどよ」


 不貞腐ふてくされたサナガさんを見てミライさんはまたクックッと笑う。

最近は二人の会話も増えているので「もしかして?」なんてミシェルと噂をしているところだ。


「それじゃあ今日も『蒲焼さん助』を配るか」


 これを食べればスタミナがアップするので旅の行動食としてとても重宝している。

だが、子どもたちは不満そうな顔をした。


「え~、あれは美味しいけど少し飽きてきたよ。それに喉が渇くんだもん」


 便利だからと毎日食べていたもんなあ……。


「だったらこれはどうだ? 甘くて美味しいぞ」


 商品名:クリコ

 説明 :美味しいキャラメル。一粒食べれば3000メートルを疲労なしで歩ける!

     小さなオモチャ入り。

 値段 :60リム(六粒入り)


「なにこれっ! うわっ、モンスターの模型が入っているぞ」


「こっちは船の模型が入ってる!」


 箱を開けた子どもたちは小さなプラスチック製のオモチャに歓声を上げた。

日本の中学生なら喜ばなかったかもしれないけど、この世界の十三歳は純真だ。

あどけなさの残る彼らは大事そうにオモチャをポケットにしまっていた。



 王都を出発して十日目、俺たちは森の入り口に到着した。

ここから街道を外れ、細い林道を行くのだ。

いまでこそ伐採が盛んにおこなわれているが、この奥は手つかずの原生林が広がっている。

俺たちが目指すダンジョンも、そんな森のまっただ中にあるそうだ。


「いずれはこの道も補修しないとなあ……」


 ずいぶん遠くへ来てしまったものだ。

荒れ果てた林道を見ているとため息が出た。

そんな俺をミシェルは優しく励ましてくれる。


「そんなに落ち込まないで。ユウスケが望むなら私が森を焼き尽くしてあげるからっ!」


「ハハ……、ミシェルをエルフの天敵にはできないよ。いずれ収入が落ち着いたら少しずつ整備していくさ」


 固有種のルガンダヒノキの背は高く、平均で三十メートルに成長する。

木漏れ日もまばらな林道は薄暗く、今にも木陰から大型生物が襲ってきそうな雰囲気だった。


「みんな、気を付けろよ。ミシェルは前衛を、チーム・ハルカゼは後ろを守ってくれ」


 ティッティーやマルコもとっくに護送車から出て自由に歩いていたので、それぞれ配置についてもらった。

戦闘力の低い子どももいるけど、若い冒険者がメンバーの大多数を占めるのだ。

熊くらいなら余裕で撃退できるだろう。

雑草の茂る奥の細道を俺たちは慎重に進んだ。


 街道から外れて二時間ほど歩いたころ、不意に目の前の森が切れた。

そこは広い範囲で樹木が伐採されており、夕暮れの光が緩やかな斜面をオレンジ色に染めていた。


「着きました。ここがルガンダです!」


 助役のナカラムさんが嬉しそうに声をあげると、開拓団からは様々な感情の入り混じったため息が漏れた。


「これがルガンダ……」


 巨大な森にできた円形の伐採地は巨人の頭にできた10円ハゲ……、いや、ここでは10リムハゲのようだ。

国王の計らいで、魔法使い集団がすでに整地をしてくれてあるが、店などは一つもない。

まるで住宅を建てる前の団地のようだ。

絶賛売り出し中って風情だよ……。


「ユウスケ、あれがダンジョンの入り口じゃない?」


 ミシェルが眼下に見える古墳のような岩を指さしていた。


「間違いないね。資料にあった絵と同じだよ。まずはあそこを確認しよう。みんなは荷物を下ろして休憩していてくれ。ミシェルとティッティー、チーム・ハルカゼはついてきて」


 ダンジョンからモンスターが出てくることもたまにはあるらしい。

封鎖はされていると聞いているけど、確認はしておいた方がいいだろう。


「なんで私まで……」


 ティッティーは不満そうに立ち上がる。


「君はいちおう流刑人だからね。ちゃんと働いてもらわなきゃ。それに、性格はともかく、君の魔法には期待しているんだ」


「ふんっ、わかっているわよ! 借りなんて返さない主義だけど、ヤハギには特別に返してあげるわ」


「仕事が終わったらティッティーの好きなチロリンチョコをやるから頑張ってくれ」


「お菓子なんかで釣られないわよ! まあ、くれるならイチゴチョコとミルク味にしてね……」


 食の好みは姉妹で似ているようだ。

ミシェルもイチゴチョコとミルク味が好きなのだ。


 クイクイ


 袖が引っ張られると思ったらミシェルだった。

何やら言いたげな目で俺を見ている。

どうやらティッティーだけチロリンチョコ、というのが気に入らなかったようだ。


「ミシェルにもたくさんあげるからね」


「あ~ん、って食べさせてくれる?」


 ミシェルが俺の耳元で囁く。


「わ、わかった。それは夜に……」


 囁き返すと、ミシェルは満足した表情になって立ち上がった。


「さて、ダンジョンを攻略するわよっ!」


 いや、今は入り口の封鎖だけでいいのだ……。

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