第98話 食べ過ぎに注意!
エッセル男爵の取り計らいで、その日のうちに国王への謁見が叶うことになった。
おそらく限定商品の情報を耳に入れたからだろう。
男爵は目の色を変えて喜び、その足で俺たちを王宮へと連れて行った。
豪華な居間でミシェルと待っていると、国王と男爵が揃ってやってきた。
相変わらず覇気と生気に溢れた人だ。
「待たせたな、ヤハギ。して、その商品の効果というのは本当なのか?」
時間を無駄にしたくないようで、国王はいきなり本題に入った。
「はい、それは間違いありません。これがその商品です」
俺はテーブルの上に小さな袋を置いた。
商品名:ヤングドーナッツ(四個入り)
説明 :一つ食べると肉体年齢が五年若返る
値段 :40リム(限定五袋)
驚くような効果の駄菓子はたくさんあるけれど、これはその中でも筆頭と言えるだろう。
しかも値段が40リムって……。
そこだけはきっちり駄菓子なんだよね。
箔をつけるためにも値段のことは黙っておこう。
「これを食べれば本当に五歳若返るんだな?」
目をギラギラと光らせながら国王が訊ねてくる。
「ええ、本当です。食べ過ぎには注意してくださいね」
そんな昔話があったな。
欲張り婆さんが若返りの水を飲み過ぎて赤ちゃんに戻ってしまう物語だ。
欲をかき過ぎると碌なことにはならない。
俺の考えをよそに国王と男爵は声を落として会話していた。
「一つは自分で食べるとして、これで釣れば元老院のジジイどもも言いなりだろう」
「老人たちを懐柔すればゴコウン地方の予算が可決されますな」
国王がどんなに優秀でも、政治は一人ではできない。
おそらくヤングドーナッツで大貴族の歓心を買おうという腹なのだろう。
まあ、俺としてはそんなことに興味はない。
なんでも好きにやってくれという感じだ。
「予算の可決だけではないぞ。病気がちのケパス侯など、これを見せればどんな要求でも呑むにちがいない」
「さようでございますな。懸案事項だった東方守備隊の増強も、これで現実味をおびてきましたぞ」
ああ、いやだ、いやだ。
やっぱり駄菓子を政治利用するのは抵抗があるよ。
せめて残ったヤングドーナッツは、メルルやミラのおばあちゃんやおじいちゃんに配ってしまおう。
彼女たちの祖父母が元気になればそれでいいや。
さて、話をマルコとティッティーのことに戻すとしよう。
「陛下」
「ん? おお、すまん! 話が途中だったな」
エッセル男爵と夢中になって話し込んでいた国王が、ようやく俺の方へ向き直った。
「私はこれを陛下に献上いたします。この功をもって、マルコとティッティーに寛大な処置をお願いできませんか?」
「ふむ、マルコとやらは構わないが、前王妃のティッティーは無罪放免というわけにはいかないぞ。さて、どうしたものか……」
国王としてもヤングドーナッツは喉から手が出るほどに欲しいのだろう。
なんとか落としどころがないかと思案を巡らせているようだ。
室内に重い沈黙が満ち、国王は宙を睨んでいたが、ふいにポンと手を打った。
「そうだ! ヤハギ、ルガンダの領主をやれ」
はっ? 領主?
困惑している俺をよそに、エッセル男爵も妙案だとばかりに頷いている。
「その手がありましたな。ヤハギ殿ならうってつけの役柄でしょう。ヤングドーナッツ献上に対する褒美としてもちょうどよい」
「あの、ぜんぜん話が見えないのですが……」
困惑する俺に男爵が説明してくれた。
「先ごろ、王国領であるルガンダの森の中で新しいダンジョンが見つかったのだよ。小規模ながら魔結晶や素材が採れるということで、陛下はここを開発されることをお決めあそばされたのだ」
「それは……おめでとうございます」
「ということで、今回のヤングドーナッツの褒美として、君を領主にするというのだ」
そこがわからない。
褒美というのならマルコやティッティーを解放してくれるだけでいいんだけどな……。
「どうして俺なんですか!?」
「実を言うと、ルガンダは今のところ単なる森林伐採地なのだ。だが我々としては、やがてはルガンダを街として発展させたい。そのためにダンジョンを調査する冒険者に無償で土地を与えることにしたのだ」
そうやって入植者を募り、ダンジョンから資金を得て、ルガンダを大きくする計画か。
「ダンジョンに潜る冒険者にとって君の駄菓子は大いに役立つだろう。さらに言うと、君は冒険者たちに慕われている。君が領主をやれば、君についていく冒険者も多いんじゃないか?」
「なるほど、私が領主をやる理由はわかりました。でも、それとマルコたちとどういう関係があるのですか?」
そう質問すると、今度は国王が答えてくれた。
「ティッティー前王妃を無罪放免にはできない。だが、ルガンダの開拓地に追放ということならどうだ?」
「……ああ!」
それなら領民や臣下たちも納得するということか。
「ティッティーの助命を請うなら、ルガンダへの追放という形で決着をつけてもいい。その代わりヤハギは領主として着任し、ルガンダでしっかりとティッティーを監視するのだ」
「話の内容はわかりましたけど、俺に領主なんてできませんよ」
「助役をつけてやるから安心しろ。ヤハギはこれまで通りルガンダで駄菓子屋をやってくれればそれでいい。それがルガンダ発展にとっていちばんの助けになるのだからな」
さてどうしたものだろうと思案していると、ミシェルが身を寄せてきた。
「ユウスケ、私はこの話を受けてもいいと思うわ」
「そうなの?」
「ええ、理由はいろいろあるけれど、ユウスケがルガンダへ行くというのなら、私も一緒についていく」
「いいの?」
「離れて暮らすなんて気が狂ってしまうわ。私たちはいつでも一緒よ」
「そっか、ミシェルがそう言うのなら……」
マルコたちを助けるにはこれしかないようだ。
だったら、田舎のダンジョン開発をする傍らで、のんびりと駄菓子屋をやるのも悪くない。
領主といっても開拓村の村長さんみたいなもののようだしね。
「わかりました。ルガンダへ行くことにします」
こうして、俺はルガンダで駄菓子屋をやることになるのだった。
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