第97話 死なせるのは……


 騒然となるヤハギ温泉で、俺とミシェルは無言のまま連行されていくティッティーの後姿を見送った。

やがて、ミシェルの魔法で意識を失っていたマルコが目覚める。


「う……あれ……、ティッティー様……?」


「ティッティーは逮捕されたよ。おそらく城へ連れていかれるんだろう」


「そんな……」


 10秒ほど茫然自失となったマルコだったが、勢いよく立ち上がると店のカゴを手にした。

なにごとかと見守っていると、店の商品を片っ端からかごへ突っ込んでいくではないか。


「お、おい……」


 10リムガム、カレーせんべい、あんず棒、モンスターカードチップス、キャロルチョコ、カルバサなどを掴んでは入れ、掴んでは入れしている。


「マルコ、落ち着けよ」


「ヤハギさん、ロケット弾のくじを全部買います。シートごとください」


「それでどうするつもりだ?」


 ダンジョン探索に行くとはどうしたって思えない。


「ヤハギさんがミシェルさんを助けたのと同じですよ。これで、ティッティー様をお救いします! このいちばん大きなロケット弾があれば……」


「無茶はやめるんだ!」


「ヤハギさんだってミシェルさんのために無茶をしたじゃないですかっ!」


「状況が違い過ぎる。あの時は目の前に前国王がいたから人質にすることができたんだ。軍だって一枚岩じゃなかったから動きが鈍かったんだぞ。だが、現国王はそんな甘い人じゃない。指揮権だって完全に掌握している。のこのこ出て行っても捕まるだけだ」


「だからって、ティッティー様を見殺しになんてできません!」


 マルコはカウンターの上に財布をバンと叩きつけた。

緩んだ巾着の端から銀貨が三枚零れ落ちる。


「シートはもらっていきます!」


 壁に掛けてあったロケット弾のシートをひっつかむとマルコはそのまま表へ出ようとする。

だが、チーム・ハルカゼの仲間たちがそれを押さえつけた。


「ダメよ、マルコ! 今行ったらあなたも殺されてしまうわ」


「離してください、メルルさん。俺は行かなくてはいけないんだ」


「ダメったら、ダメ! ミラ、リガール、マルコを押さえつけて!」


 リーダーの指示に、ミラとリガールは素早く動いた。

三人がかりで店の床にマルコを押さえつける。


「ユウスケさん、ロープ、ロープ!」


「お、おう!」


 先ほどまでティッティーを拘束していたロープを奥座敷から持ってきた。

かわいそうだが感情の高ぶりがおさまるまでは縛っておいた方がいいだろう。


 マルコはフーフーと息を殺しながら、捕らえられた猫みたいにもがいていた。


「少し落ち着けって。俺が国王にティッティーの助命嘆願じょめいたんがんをしてみるから」


 ティッティーはミシェルに酷いことをしたけど、それでも実の妹だ。

それに大天使ルナディアンによる『浄化の光翼』を浴びて、善の心が芽生えている。


 姉の婚約者を寝取ったり、前王妃として国の財政に多大な負担をかけたりしたとはいえ、脱走罪が加わって極刑になるのはかわいそうな気がした。


 ミシェルが質問してくる。


「国王がユウスケに会ってくれるかしら?」


 普通に考えれば、単なる駄菓子屋に国王が謁見するなどありえないだろう。


「エッセル男爵に頼んでみるよ」


 懇意こんいにしている男爵を通せば、何とかなるかもしれない。


「でも、あの国王がティッティーを助けるかしら?」


 最近、国の財政を立て直すために少しだけ税金が上がった。

民衆はやり場のない怒りを抱えており、前国王や王妃の処刑を望む声は少なくない。

そうした不満へのスケープゴートにされるかもしれない危惧があるのだ。


「まったく勝算がないわけじゃないさ。限定販売の新商品っていうのがあってさ、それを使えば無罪放免とはいかなくても、追放くらいで話をまとめられるかもしれないぜ」


 俺の説明にマルコが目を輝かせた。


「本当ですか、ヤハギさん? そんな商品があるのですか?」


「あるにはあるけど、それもこれも、国王が興味を示せばの話だよ」


 とはいえ、俺には自信があった。

あの国王のことだ、この駄菓子を見せれば……。


「もしティッティー様を助けていただけるのなら、俺は一生ヤハギさんについていきます!」


「そう慌てるなって」


 調べが進めば、捜査の手はマルコにも及ぶかもしれない。

脱獄幇助だつごくほうじょの罪が明らかになればマルコだってタダでは済まないだろう。

おそらくティッティーはマルコのことは何も言わないだろうけど、なにかしらの証拠が出てくれば逮捕は免れないと思う。

すぐにでも動いた方がよさそうだ。


 俺はミシェルに確認しておく。


「ティッティーを助けることになるかもしれないけど、ミシェルはそれでいい?」


「もう、あの子のことは気にしていないわ。ティッティーがいなければユウスケとは出会えないかったかもしれないもの。それに、マルコがこのままというのはね……」


 縛られているマルコを見て、ミシェルは小さなため息をついた。


「今からエッセル男爵のところへ行ってくるよ。夜には帰ってくるから」


「私も一緒に行くわ」


 店の奥に隠しておいた限定商品を手に、俺はミシェルとエッセル男爵の屋敷へと向かった。


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