第70話 レプリカ イミテーション


 新年も七日を過ぎて、俺は地図作りを再開した。

本日もメルルとミラに協力してもらい、地下三階の奥地へやってきている。

リガールが抜けてしまったので戦力ダウンは否めない。

だけど、強力な武器を手に入れている。


「本当に大丈夫かなあ?」


 メルルは心配そうな顔で手に持ったおもちゃを振り回した。


 商品名:ムラサメレプリカ

 説明 :くじ引きオモチャの商品。

     プラスチック製のおもちゃながら、

     切れ味は伝説の妖刀に引けをとらない。

     使用回数は十回。十回使うと消滅する。

 値段 :100リム


 店の商品に、くじ引きオモチャというものが加わった。

束ねられた糸を一本選んでひくと、その先にオモチャがついているというあれだ。

商品の種類は豊富で、五十くらいはある。


 まあ、すべての商品に魔法効果がついているわけじゃない。

中にはただのぬいぐるみや、竹とんぼなんてレトロなオモチャまである。

そのかわりこんな商品もあるというわけだ。


 商品には特等から七等までのランクがあり、ムラサメレプリカは二等の商品である。

くじ運の悪いメルルにしては、けっこういい商品を引き当てていた。


「でもさあ、こんなに軽くて切れるのかなあ?」


 メルルの心配はもっともだ。

ムラサメレプリカは、縁日などで売っているプラスチック製の刀にしか見えない。

刀身はおよそ50センチあるが、果たして実戦で使えるのだろうか? 

自分の扱っている商品だから信じたいのだが、どうにも心もとない印象を与えてくるのだ。


「もったいないけど、一回試し斬りをしてみるか?」

「その方がいいよね……。心に不安が残っていると体が動かなくなっちゃうもん」


 使用回数は減ってしまうが、命に係わるのでリスクは減らしておきたかった。


「じゃあ、そこのつるで試してみるね」


 メルルは天井からぶら下がっている植物の蔓に目を止めた。

太さは俺の腕ほどもあり、一撃で切るのは大変そうだ。


「よーし……」


 メルルは蔓と向き合い、ムラサメレプリカの鞘を払った。


「うえっ!?」


 小さな叫び声を上げたメルルがたたらを踏んでしまう。

と同時に、それまで無機質だった白い刀身が赤く揺らめく光に包まれた。


「大丈夫なの、メルル?」

「うん、刀に魔力を吸われて、ちょっとふらついただけ。これ、思ったよりたくさんの魔力を吸い取るよ……」


 オモチャとはいえ妖刀は妖刀か。

先ほどまで気が抜けていたメルルの目つきが真剣なものに変わっている。


「やっぱり使うのはもったいなくないか? ここでキャンセルした方が……」

「それは無理みたい。一度魔力を込めてしまったら、何かを斬るまで鞘には戻せないみたい」


 血を見るまで、とはいかないだけ救いがあるようだ。


「わかった。じゃあ存分にやってくれ」

「うん。だけど、斬るのはあっちにしてみる」


 メルルが指し示したのは地面から突き出ている石柱だ。

高さは2メートルくらいあり、太さは俺の胴くらいはある。


「斬れる気がするんだよね……」


 血走った眼付きのメルルがくちびるの端を舐めている。

その姿に普段の陽気さはまったくなく、他人をぞくりとさせるすごみのようなものが宿っていた。


 下段に構えたメルルが石柱に走り寄る。

地をるように移動する切っ先が斜め上方へと振り上げられると、太い石柱が滑らかな断面を残して切れていた。


「すごい……」


 ミラは声だけじゃなくて体までぶるぶると震わせている。


 パチリと音がして剣が鞘へと納められた。


「メルル……」

「いやあ、おっかない剣だよね、これ」


 振り向いたメルルはいつもの表情に戻っていた。

妖刀の力は完全に影を潜めたようだ。

いや、よかったよかった……。


「大丈夫なのか?」

「何が? 私はいつも通りだよ」


 メルルはぽかんとした顔で俺たちを見ている。


「だったらいいけど……」

「なんだかもったいないことをしたかもね。この剣があればかなり強いモンスターでも倒せると思うよ。使えるのはあと九回か。ちぇっ、残念!」


 うん、本当に普段通りのメルルだ。

ムラサメレプリカによる心身への悪影響はないらしい。

ホッとしたよ。


「さあ、探索の続きだよ!」


 メルルは元気に歩き出した。



 前を歩いていたメルルが振り返って、くちびるに指を当ててみせた。

前方に何かを見つけたらしい。

メルルは岩陰に隠れながらココアシガーを咥えたので、俺とミラもそれに倣った。


(どうしたんだ?)

(レプラスが三体いるわ)


 岩陰から覗いてみると、身長が150センチほどの男が三人いた。

背は高くないのだが筋肉がものすごい。

二の腕や胸筋などは俺の倍以上はありそうだ。


 全員が黒い革製の覆面をかぶっており、手にはウォーハンマーを握っている。

あんなもので殴られたら、骨まで粉々になってしまうだろう。


(あれは人間なのか?)

(ちがいます。あれも霧から生まれるモンスターですよ)


 危なかったな。

もし知らなかったら「こんにちは」と声をかけているところだ。


(どうする、奇襲をかけるか?)

(それでもいいんだけど、レプラスはかなり手強いよ。普通は罠を使うんだけどね)

(罠?)

(魔法トラップを張って、銀貨でおびき寄せるの。でも、レプラスは素早いから成功確率は五分五分ってところかな? 最悪、銀貨だけを持ち去られることもあるわ)


 銀貨ということは1万リムか。

ルーキーにとってはかなり手痛い損失だ。


(でも、レプラスは一体につき2000リムはドロップする大物です。みすみす見逃す手はないですよ。それに、増えすぎれば厄介な敵になります)

(うん、レプラスは人間を捕まえて拷問するのが趣味なんだ。奴らに捕まるくらいなら殺された方がマシって話も聞くくらいだもん)


 それは恐ろしい。

やっぱり罠を張って捕まえるのがいいだろう。


(おびき寄せるのは銀貨じゃないとダメなのか? 大銅貨とかでもいいと思うんだが)


 大銅貨ならたとえ奪い去られても、損失は1000リムで済む。


(それじゃあだめよ。価値があるほどトラップは成功するって話だもん)


 普通なら小銭でも喜びそうだけど、モンスターの考えることはわからない。


(そうだ、こいつを使おうぜ)


 俺はいい作戦を思いついた。

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