第69話 アレンジ


 冒険者たちの間で、アレンジ焼きそばが流行のきざしを見せている。

麵とキャベツをただ炒めるだけでなく、そこに様々な具材を混ぜ合わせるのだ。

野菜の切れ端や干し肉を持ち込む者が多いけど、駄菓子を入れる人も増えてきている。


 理由がある。

焼きそばに駄菓子を入れて調理すると、高い魔法効果が得られることがわかったのだ。


「たとえばこのジャンボカツ」


 鉄板の前に座るミシェルに説明しながら、大きなカツを食べやすい大きさに刻んでいく。


「普段なら、パワーブーストの掛け声とともに、三秒間だけ腕力がアップするだろう? それを焼きそばに入れると……」


 このお菓子はソース味なので、焼きそばに入れても味の違和感はない。

カツと麺をよく混ぜ合わせ、最後にキャベツを入れる。

ソースをかけて炒めれば、ジャンボカツ焼きそばの出来上がりだ。


「どうなるの?」

「なんとパワーブースト継続時間が十二秒まで延びるんだ」

「四倍は凄いわね。戦闘でも役に立ちそうだわ」

「しかも、待機時間が半日ある。つまり、食べて半日以内なら、いつでも一回だけパワーブーストを使えるんだぜ」


 そのおかげで、最近は朝ご飯にジャンボカツ焼きそばを食べていく冒険者が多い。

鉄板は三つしかないから、行列ができるほどの人気ぶりである。


「さあ、できあがったぞ。食べてみて」


 ミシェルが焼きそばを食べるのは初めてだ。

上手くできたと思うけど、ちょっとだけ緊張する。


「いただきます」


 ハフハフと焼きそばを食べるミシェルはかわいい。


「どう?」

「とってもおいしいよ(ユウスケの作ってくれるものならなんでも♡)」


 料理は作ってもらうことが多いから、喜んでもらえて嬉しかった。

次は栄養のバランスも考えて、肉や野菜もたくさん入れてみよう。


「他にはどんなアレンジがあるの?」

「スナック菓子のニューオリンズマヨネーズを砕いてトッピングするのが人気みたいだ。それと、ソースセンベイに挟んで食べると防御効果が増すみたいだよ」


 焼きそばパンという炭水化物の暴力も、何らかの魔法効果を得られそうな気がする。

作って売ったら流行るかな?


「ふーん。で、あれは新レシピを開発中ってことなのかな?」


 ミシェルは隣の席で焼いているメルルとミラの方をちらりと見た。

メルルは有効なアレンジを探して、朝晩焼きそばを食べまくっている。

ミラの方は仕方がなく付き合っている感じだ。


「よし、いくわよ……」


 メルルが震える声を出した。

彼女が手にしているのは、なんと粉末ジュース(パイナップル味)だ。


「メルル、本気か⁉」


 思わず声をかけてしまった。


「絶対やめておいた方がいいって!」


 ミラも心配そうだぞ。


「二人とも止めないで。私は学問に身を捧げるって決めたの!」


 学問ねえ……。

ミラが手にしている粉末ジュース(パイナップル味)は、モンスター討伐時の取得金額が1・2倍(10分)になる人気商品だ。

どうせ、それの持続時間や倍率アップを狙っているだけだろう。


「粉末ジュースなんて入れたら味がめちゃくちゃになりそう」


 ミシェルは心配そうにメルルの手元を見つめている。


「うーん、だがわからないぞ。俺の故郷では酢豚にパイナップルを入れる店もあった。豚肉を入れれば案外美味しいという可能性も……」


 量によるだろうけど、そこまでヒドイ味にはならない気もする。

まあ、かなり甘口の焼きそばになってしまうだろうが。


 粉末ジュースが麺の上に振りかけられると、部屋いっぱいにパイナップルの匂いが広がった。

パインキャンディ―の工場横を通ったときに嗅いだあの匂いだ。

思わず日本の風景を思い出す。

だけどそれはソースが入るまでのことであった。


 メルルが上からソースを流しいれると、すべての匂いはソースに置き換わった。

ソースが最強である証だ。

ただ、いつもよりフルーティーな香りにはなっている。


「案外いけるんじゃない⁉ 私って天才かも!」


 甘い焼きそばの匂いを吸い込みながらメルルが叫んでいる。

天才ではなくただの偶然であることは一目瞭然だ。

それに食べてみるまでは油断できないのがアレンジ焼きそばというものである。

さっちゃんイカ焼きそばの酢でむせた冒険者を何人も見てきた俺が言うのだ、間違いない。


 メルルは出来上がった焼きそばをランチボックスに詰めた。

ひょっとしたら効果時間は短いかもしれないから、モンスターを見つけてから食べるのだろう。

粉末ジュースと違って、かなり面倒だな……。

食っている間に逃げられたり、襲われたりしそうだぞ。


「それじゃあ行ってきます! 取得金額五倍とか、継続時間が三十分になっているかもね。期待して待っていてねー」


 さてさて、どうなることやら……。

くじ運の悪いメルルのことだから、アレンジ運もよくなさそうだ。

せめて美味しくなっていることを祈った。


       ◆


 王宮には大小さまざまな部屋があったが、新国王バルトスは密談に小さな部屋を好んで使った。

今、この二十平米ほどの個室にいるのはバルトス国王とエッセル男爵だけである。


 バルトスはつまらなそうな表情で報告書に目を通すと、くだらないものでも放り出すように書類の束を机の上に投げた。


「兄上に動きはないか」

「今のところは」

謀反むほんでも企ててくれればと、わざわざ隙を与えてやっているのになあ」


 兄を殺して王位を簒奪さんだつしたとは言われたくないので、バルトスは前国王を幽閉している。

もっとも、それは建前でしかない。

彼の本意は別のところにある。


 自分に反意を抱く有力貴族たちが、前国王を傀儡にして集結するのを待ってもいたのだ。

だが、今のところそういった動きはない。


「とりあえず貴族たちは俺に帰順きじゅんの意を示すか……」

「めでたいことでございます」

「監視は怠るなよ」

「心得てございます。そうそう、ひとつ気になることがございますが」


 エッセル男爵はやや苦笑しながら告げた。


「どうした?」

「前陛下よりも、前王妃様が脱獄を画策しているようでございます」

「ティッティーが?」


 前王妃の性格を思い出してバルトスも苦笑する。


「監視役の侍女からの報告です。どうやら下男に色目を使っているようです」

「やれやれ、そこまで落ちたか。いい女だから一度は抱いてみたいと思ったが、食指が失せてしまったな」


 国王の戯言ざれごとを男爵はたしなめた。


「陛下」

「冗談だ、そう怒るな」


 バルトス国王は有能だが、好色過ぎることが唯一の欠点である。

発言の六割は本気だったことを男爵は知っている。


「ティッティー様のこと、いかがいたしましょう?」

「ふむ……、放っておけ。じっさいに脱獄しようとしたら捕まえて死刑にすればいい。広場で見世物にすれば民衆の溜飲りゅういんも下がるだろう」


 男爵はこのようなやり方は好きではなかったが、国王の言うことは事実でもあった。

大きなため息を男爵はなんとか飲み込んだが、気持ちが塞いできている。

久しぶりに温泉にでも入って、ラムネでも飲み、モバイルフォースの試合をしたい気分だった。


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