第51話 成長


 その朝、開店いちばんに飛び込んできたお客はポーターをしているリガールだった。


「ヤハギさん、おはようございます!」

「おはよう。今日はなんだか元気いっぱいだな」


 リガールは満面の笑顔で俺に手のひらを差し出してくる。

にぎりっ


「見てください、これ!」


 リガールが上向きに手のひらを広げると、そこに現れたのは小さなほむらだった。


「おお!? 火炎魔法が使えるようになったのか」

「そうなんです。これもモバイルフォースのおかげですよ!」


 モバイルフォースの機体を動かすのは魔力操作の練習になる。

リガールは毎日熱心にガンガルフを動かしていた。

その結果、これまで攻撃魔法を持たなかった彼も新たな魔法を習得するに至ったようだ。


「すごいじゃないかリガール。もう少ししたらポーターも卒業だな」

「はい。ガルムさんが、ファイヤーボールを三発撃てるようになったら正式にチームメンバーに入れてくれるって約束してくれました」

「それは良かったな。ほら、これは俺からのお祝いだ」


 10リムガムを一掴みしてリガールに手渡す。

このガムは魔力の回復を助けてくれるのだ。


「これを噛みながら魔法の練習をするといいよ」

「ありがとうございます! 僕、いっぱい練習して、もっと大きな火炎を作れるようになります」


 知り合いの成長というのは嬉しいものだ。

なんだか急にリガールの背まで伸びたような気がした。


 次にやってきたのはメルルとミラだ。

興奮したメルルの手に握られていたのは、荒い紙に刷られたチラシだった。


「ユウスケさん、これ見た!?」

「モバイルフォース大会のことか? 驚いちゃうよな」

「驚いちゃうなんてもんじゃないよ。国王陛下主催の大会だもん。しかも優勝賞金は百万リム。もうこれは出るしかないでしょう!」


 エッセル男爵に聞いたときはまさかと思ったけど、本当に国王が大会を開くことになってしまった。

男爵にはモバイルフォースの委託販売を頼んでいるのだけど、いまだに毎日完売してしまうそうだ。

レベルが上がって納品量も増え、一日に五十箱を預けているのにだぞ。

街ではモバフォーを巡る盗難事件や強盗まで起きているらしい。

ちょっとした社会現象だな。


「こんどこそ私のレッドショルダーが優勝よ!」


 前回のヤハギ温泉大会でメルルの戦績は四位だった。

優勝してもおかしくはない。

でも、以前に比べて競技人口が大幅に増えているからなあ……。


「今回は参加者が多いから頑張れよ」

「それなのよ! ユウスケさん、これ以上モバイルフォースを売るのは止めて。もうライバルが増えるのは困るの」

「そんなことできるか。上位八位までは入賞で報奨金がもらえるんだろう? 実力で勝ち取れ」

「お願い、メルルちゃんとユウスケさんの仲じゃない……」


 メルルが上目遣いで俺ににじり寄ってくる。


「ユウスケから離れろ、メスガキが」


 風呂掃除を終えたミシェルが店へとやってきた。


「お疲れさん、ミネルバ」

「ああ、風呂は魔法で綺麗にしておいた」


 ミシェルの迫力に気圧けおされてメルルは後ずさりする。


「相変わらず、男同士仲がいいですねえ……」

「フンッ!」


 認識阻害の魔法があるので、二人は未だにミネルバが男だと思っているのだ。

不機嫌な様子を隠そうともしないでミシェルは俺の隣に座る。

そんなミシェルにミラが訊ねた。


「ミネルバさんも大会に参加するのですか?」

「しない」


 ヤハギ温泉大会くらいの規模なら問題ないけど、国王主催の大会で活躍すれば目立ってしまう。

指名手配犯としてはあるまじきことなので参加は自粛するそうだ。

ミシェルならたぶん優勝だってできただろう。


 百万リムに興味はないのかと訊いたら、それくらいならすぐに稼げると豪語ごうごしていた。

ダンジョン最深部のモンスターはドロップするお金も高額らしい。

といっても、ミシェルはその金を研究費に充てているので、大金持ちというわけではない。

それでも稼ぎは俺よりずっとあるようだ。

「いつでも私が養ってあげられるのよ」ミシェルはそう言うけど、ヒモになる気はないんだぞ。


「ユウスケさんは出場しないのですか?」


 考え事をしていたら、不意にミラに話をふられた。


「俺か? 俺は出ないよ。当日はモバイルフォースの即売会もあるしね」

「え~、もったいないですよ。ユウスケさんはけっこう強いじゃないですか」


 実はミシェル相手に鍛えてもらっているのだ。

練習試合ではミラやメルルに勝つことだってあるんだぞ。


 ほら、モバフォーを上手に操れるようになれば、リガールみたいに新しい魔法が使えるようになるかもしれないだろう?

だから頑張っている。

いまのところ魔法が使えるようになる兆しは見えていないけどね。


「ミラ、余計なことを言わないの。これ以上ライバルを増やしたくないんだから!」


 メルルは自分に正直だ。


「まあ、俺の代わりに二人が頑張ってくれよ。それよりも新商品があるぞ」


 俺は新たに加わった飴をメルルに勧める。


 商品名:ドドンパッチン

 説明 :口の中でパチパチとはじける飴。飴がはじけている状態で物理攻撃をすると雷属性がつく。オレンジ味。

 値段 :100リム


 雷属性が付けば威力は上がるし、攻撃にスピードがのるのだ。


「口の中ではじけるの? 面白そう!」


 新しいものが好きなメルルはさっそく購入してくれた。


「一気に口へ入れ過ぎるなよ。はじけ過ぎてかなり痛いからな」


 これは幼い頃に経験した俺の教訓である。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る