第50話 かき氷


 旅から戻ったミシェルは落ち着きを取り戻して、ダンジョン最深部へ実験に行った。

別れるときは名残惜なごりおしそうな顔をしていたけど、彼女は生粋きっすいの研究者だ。

恋も大事だけど、実験も捨てがたいのだろう。

真面目に頑張っていて偉いと思う。

出かけてから三日が経ったから、そろそろ戻ってくる頃合いだ。


 俺も一人でヤハギ温泉へ行けるくらいにはダンジョンにも慣れてきた。

グランサムの祭りに出店したおかげでレベルだって上がっている。

そしてついに駄菓子のヤハギにもこの商品が加わったのだ!


 商品名:かき氷

 説明 :イチゴ、レモン、メロンの三種類。食べると猛暑でも脱水症状にならず、健康に過ごせる。練乳をかけた場合はスタミナアップの効果あり。

 値段:200リム(練乳がけは+50リム)


 季節はすでに初夏で気温は日々上がっている。

この時期にかき氷を導入できたのは良かった。

きっと冒険者たちの大きな助けになるだろう。

風呂上がりに食べるのも美味しそうだ。


 小さな冷凍庫の上には昔ながらの手回し式のかき氷機が乗っている。

氷は冷凍庫の中で自動生成される仕様だ。

魔法の世界は便利なものである。


 オプションとして販売促進グッズの旗がついていた。

もちろん前世の街でよく見かけた『氷』の旗だ。

文字はこちらのものになっていたけど、青い波間に赤い文字であるのは一緒だった。


 俺はさっそく店の軒先にその旗を飾った。


「あれぇ、なんだか新しいものが増えてるっ!」


 毎朝のように寄ってくれるメルルとミラがさっそくかき氷機に気が付いた。


「おはよう、こいつは新商品のかき氷さ」

「かき氷? 砕いた氷のこと?」

「いやいや、もっと細かく削った氷さ。どれ、常連さんだから特別に試食をさせてあげよう」


 冷凍庫からブロック状の氷を取り出して機械にセットした。

ハンドルを回すとショリショリと小気味よい音を立てながらガラスの器に削られた氷が盛られていく。

自分の分も含めた三つのミニかき氷をつくりテーブルに並べた。


「味はどれにする? 右からイチゴ、レモン、メロンだ」

「私はイチゴ!」

「じゃあ、私はメロンでお願いします」


 二人の氷にたっぷりとシロップをかけてやる。


「うわあ、鮮やかぁ」

「涼しげで美味しそうですね」

「よし、できたぞ。食べてごらん」


 メルルとミラはスプーンで少量をすくって口に入れる。


「美味しい!」

「冷たくて、さっぱりしていて、とてもいいですね」


 異世界でもかき氷は受け入れられるようだ。


「これもただ美味しいだけじゃないぞ。かき氷を食べると暑さに強くなるんだ。効果は半日くらいみたいだけどな」

「だったら地下三階の溶岩地帯へ行く前に食べるのがいいわね」

「ええ。あそこは暑くてなかなか行けませんけど、これを食べていけば岩石スライムの討伐ができるんじゃないかしら」


 岩石スライムは小石を体にはりつけたスライムだそうだ。

討伐がしやすいわりにドロップするお金が多い。


「さらに練乳をかけると疲れにくくなるぞ」

「練乳ってなに?」

「ミルクに砂糖を入れて煮詰めたものだよ」


 説明しながらメルルとミラの氷に練乳もかけてやる。


「おお、味がマイルドになった。これも美味しい!」

「なんだか一気にゴージャス感が増しますよね」

「これはこれで美味いだろう?」

「うん、私は断然こっちの方がいい!」


 メルルはイチゴ練乳がたいそう気に入ったようだ。


「よーし、岩石スライムを倒して稼ぐぞぉ。儲かったら新しい水着を買おうかな」

「そろそろプール開きの季節ですものね」


 こっちの世界にもプールがあるのか?


「都にプールなんてあった? 俺は知らないんだけど」

「リボウ川のほとりですよ」


 ここでは川に支流を作り、そこに水を溜めてプールにしているそうだ。


「そうだ、ユウスケさんも一緒にプールへ行こうよ」

「いいですね。お世話になっているお礼に私たちが案内しますよ」


 メルルとミラとプールか、それは楽しそうだな。


「私の水着姿を見たら、ユウスケさんなんて……ヒッ!」


 突然メルルとミラの顔が青ざめた。


「メスガキどもはちょっと目を離すとこれだ……」


 背後から不機嫌なしゃがれ声が響く。

帰ってきたか……。


「おかえりミネルバ」

「ただいま……。真っ昼間から破廉恥はれんちな話は感心しないな」

「単にプールへ行こうって話をしていただけだろう? それに俺は行かないよ」

「え? そうなの?」

「仕事があるからね」


 というか、彼女がいるのに他の女の子とプールに行くのはダメでしょう。

それにミシェルはどうしたってプールにはいけないからな。

俺だけが楽しむのはかわいそうだと思った。


「そ、そうか……」

「それよりも新商品のかき氷があるんだ。ミネルバも食べるか?」

「氷? その試薬みたいな色のが?」


 ミシェルはちょっと驚いている。


「食えば美味いんだぞ。ほら、試しに一口食べてみろって」


 俺は自分が持っていたメロン味を渡す。


「うむ……(ご褒美キター!)」


 ミシェルは一匙すくってそっと口に運んだ。


「どうだ?」

「美味しくてクラクラする……」

「あはは、冷たいものを食べると頭が痛くなるんだよな。そういう時はぬるま湯を飲むと治るんだぜ。これ豆知識な」


 店に他の客もやってきた。


「ユウスケさん、この看板はなに?」

「新商品のかき氷さ、試してみるかい?」


 今日も忙しくなりそうだった。


       ◇


 夕方になっても涼しくはならず、このまま熱帯夜になりそうだった。

俺は久しぶりに地上へ戻ったミシェルに誘われて、夕飯を食べに彼女の部屋へ来ている。

冷製のパスタや冷たい野菜のテリーヌなど、さっぱりとして食べやすいものをミシェルは用意してくれた。


 俺も素材や料理道具を洗うのが上手くなってきた。

最近ではちょっとした下処理なんかも安心して任せてもらえるようになっている。

二人でキッチンに立って、最近の出来事や研究のことなんかを話すのが楽しい。


 食事を終えたミシェルがやけにモジモジしていた。

俺に話しかけようとして、そのたびに言葉を飲み込んでしまっているようだ。


「どうしたの? なんだか言いたいことがあるみたいだけど」

「言いたいことというか……なかなか決心がつかなくて……」

「俺に気を遣っているのなら遠慮はいらないからね」

「わかった、ちょっと待っていて……」


 ミシェルはいそいそと奥へ引っ込んでしまった。

それにしても暑い夜だ。

額がじっとりと汗で濡れている。

デザートにかき氷でも出して食べようかな。

今の気分はレモン味だ。


「お待たせ……」


 蚊の鳴くような細い声が聞こえたと思ったら、戸口のところにミシェルが立っていた。

俺は驚きで声も出ない。

だってミシェルが水着姿だったから。


「ユウスケは私のためにプールへ行かなかったんでしょう? だから……」


 何が「だから……」なのかよくわからなかったけど、それはどうでもいいことだった。

黒いビキニの前に理屈は要らない。

布の面積が小さくて、ミシェルの肌がまぶしくて、俺は目が離せなくなる。

ゴージャスにしてセクシー、アンニュイにして…………エロい……。


「きれいだよ」


 一つの側面だけを取り出して褒めておく俺は常識人。


「いつの間にこんなものを買ったの?」

「先週、自分で作ったの。ユウスケに見てもらおうと思って」


 ミシェルは器用だから裁縫さいほうも得意だ。


「ユウスケの分もおそろいで作ったんだよ。一緒にプールには行けないけどね……」


 彼女が手渡してきたのは黒いルーズタイプの水着だった。


「私だけじゃ恥ずかしいからユウスケも着てみてよ……」

「お、おう……」


 濃密な夜の気温がまた少し上がった気がした。

頭も体もそこらじゅうがホットで、かき氷だけじゃ足りなくなっている。


「ミシェル、お風呂に水を張らないか? そうしたらプール代わりになるだろう?」

「………………っ! 行ってくる!!」


 大きな胸を揺らしながらミシェルが走っていった。

嬉しそうだったな……。

指名手配犯だから、プールで遊ぶなんてことは何年もしていないはずだ。

浮かべたら楽しいかもしれないと思って、俺は商品の水風船をたくさん取り出した。

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