第42話 大岩をどかせ


 都から離れるほど道は悪くなり、馬車はガタゴトと大きな音を立てて揺れた。

俺とミシェルは男爵が用意してくれた馬車に揺られてグランサムの町へ向かっている。

結界を張ったのでミシェルは銀仮面を外してくつろいでいた。


「ミシェルはグランサムへ行ったことはあるの?」

「ないけれど、かなり大きな町だと聞いているわ。羊毛の一大産地なんですって」

「領主のエッセル男爵はお金持ちそうだもんな」

「羊料理も有名なのよ」

「羊かあ、そういえば昔、ラムの串焼きをよく食べたなあ」


 行きつけのファミレスだったけど、振りかけるスパイスが大好きでよく注文したものだ。


「ユウスケはラム肉が好きなのね。だったら今度作ってあげるわ」

「ミシェルが作るんならきっと美味いんだろうなあ」

「そんなこと……。ユウスケのためにサブラ砂漠の奥地にだけ生えるスパイス、エビレンを取ってきて振りかけてあげるね」


 ミシェルの愛はヘビー級。


「そんな無理はしないでいいからな……」


 そろそろ時刻は夕方になる。

今日は途中の宿場町で一泊して、グランサムにつくのは明日だそうだ。

途中で馬を休憩させるから旅はのんびりとしたものだ。

お尻が痛くなったけど、そのたびにミシェルが治癒魔法で治してくれた。


「どうっ! どおおうっ!」


 御者の声が響き馬車が停止した。

景色はまだ街道で街についたわけではなさそうだ。


「どうしたんですか?」


 窓から頭を出して聞いてみると御者のおじさんも困った顔をしていた。


「道が塞がれているようで人だかりができています」


 町まではまだ10キロ以上あるらしい。

こんなところで足止めはいやだな。


「見に行ってみよう」


 銀仮面をつけたミシェルが馬車を下りたので、俺もそれに続いた。



 街道のど真ん中に大きな岩が鎮座していた。

高さは五メートルくらいある大岩が道を塞いでいる。

それにしてもこの岩はどこから現れたんだ?


「ビバルデの妖精が現れたな」

「これは妖精の仕業なの?」

「ああ、ビバルデの妖精は人間にいたずらをするのが大好きで、邪魔なところに岩を置くので有名なのだ」

「迷惑な妖精だなあ」

「それがそうでもない」


 ミシェルは苦笑しながら教えてくれた。


「ビバルデの妖精が置く岩は大小さまざまだ。小さいものなら小石程度、大きいものならあれくらいだ」


 目の前の大岩は最大級のもののようだ。


「いや、どう考えても迷惑でしょう」

「ところがな、妖精の置いた岩の下には必ずお宝が隠されているという話なのだよ。たとえば誰かが岩につまずいて膝をすりむく。そのかわり岩の下には金貨や銀貨が落ちているといった感じだ」


 迷惑だか優しいんだかわからんな。


「奴らは人間の困った顔を見るのが大好きな性分らしい。ときに迷惑な存在だが、そういうわけでそれほど嫌われてはいないのだよ」


 だけど、これは困ったぞ。

今から街まで歩くのは面倒だ。


「これだけ大きな岩ならすごいお宝が隠されているのかな?」

「いや、岩の大きさとお宝の価値は比例しない。どんなに大きな岩でも、そこに置かれているのは最大でも金貨一枚程度だそうだ」


 十万リムは高額だけど、この岩を取り除く作業費を考えれば赤字になりそうだ。

道は斜面と溝にはさまれているので、徒歩なら脇を通り抜けることが可能である。

でも馬車が通るのは無理そうだ。


「安心しろ、私が破壊する。細かくなった岩はみんなでどかせばいいだろう」

「さすがは死神ミネルバだ」

「死神と言うな。まあ、それをやるとお宝は消えてしまうがな」


 この岩は特殊で、魔法攻撃を食らうと岩の下に隠されたお宝はなくなってしまうとのことだ。

ちょっとだけもったいない気がするな。

そうだ!


「ミネルバ、少し試させてくれ」


 俺は駄菓子の一つを取り出した。


 商品名:ジャンボカツ

 説明 :カツレツの外見をしているが、原料は魚のすり身。名前の通り大きなお菓子。

「パワーブースト」の掛け声と共に三秒間だけ腕力が異様に上がる。

 値段 :30リム


 なかなか食べ応えのあるお菓子だけど、ソースが効いていて美味しい。


「モグモグ……ゴックン。よし準備ができたぞ」


 ガイルに聞いた話だとこれを食べたおかげでずっと錆びついて開かなかった迷宮の大扉を簡単に開けられたそうだ。

ひょっとしたらこの大岩も動かせるかもしれない。

俺は大岩に手をついて高らかに告げる。


「パワーブースト!」


 その瞬間に俺は金色に発光して、全身に力が漲った。

ズ……ズズズッ……。

少しずつだけど大岩が動き始める。

もう少しだ。


「うおおおおおおおおっ!」


 三秒が経過する前に、なんとか大岩は路の脇によけられ、馬車一台なら通行できそうなスペースが開いた。


「おお! すごいぞ兄ちゃん」


 周りから歓声が上がり、俺は遠慮がちに手を振る。

目立つのは苦手なのだ。


「ユウスケ、これがあった」


 ミシェルが持っているのは小さな木の小箱だ。

箱の上部にはあっかんべをした太った猫のような顔が彫られている。

これがビバルデの妖精か。

なんかムカつく表情だが憎めない顔でもある。


 馬車に戻ってから箱を開けてみると、中には小さなブレスレットが入っていた。

中細の鎖は金で、三連の小さな宝石がついている。

両端の青はサファイヤで真ん中の赤いのはルビーかな?

ガラス玉かも知れないけど、なかなかきれいだ。


「腕を出して」


 ミシェルの手を取って、手首にブレスレットをつけてあげた。

俺がするよりよっぽど似合うからね。


「うん、良く似合うよ」

「ユウスケ……」

「気に入らないのなら違うのにするけど――」

「ダメ! これがいい」


 どうやら気に入ってくれたようだ。


「うふふ、ユウスケからのプレゼント……。盗まれないように呪いをかけておこっと……。とりあえず私以外の誰かが触れたら悪夢を見るように設定して、それから電撃よね。体毛が抜け落ちてしまうのもいいかも」


 ただのジュエリーが呪いのアイテムに魔改造されている!? 

まあ、嬉しいみたいだから放っておくとしよう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る