第41話 出張、駄菓子のヤハギ


 モバイルフォースの闘技場からワッと歓声が上がった。

なんとメルルのザコがミシェルのキャンを打ち負かしたのだ。

あり得ない大番狂おおばんくるわせに会場が盛り上がっていたが、いちばんはしゃいでいたのはメルルだった。


「いやったああ! ついにミネルバさんから一本取った!」

「…………」


 ミシェルは無言でリンクの切れたキャンを拾い上げて壁際へ行ってしまった。


 最近のミシェルはぼうっとしていることが多い。

たぶんガルジュ山でキスをしてからああなったのだと思う。

これまではまったくなかったのに料理を焦がすなんてことすらしている。


 彼女は研究のために迷宮の最深部まで行くこともあるので、心配でたまらない。

でも、俺が一緒に行くのは無理だろう。

先日、珍しく地下二階でモンスターに遭遇した。

とっさにCジャイアントクロウとRゾンビナイトのカードを使って、召喚で窮地を切り抜けたけど、一歩間違えばケガをしていたと思う。

最深部のモンスターは地下二階に現れるザコとは比べ物にならないほど凶悪だそうだ。


 残っているのはRストーンゴーレムだけである。

俺はモンスターチップスを手に取って壁を背にして座っているミシェルの横に腰かけた。


「食べるか?」

「いい、食欲がない」


 袋を開けるとSRファイアーコンドルのカードだった。


「お、ラッキー、SRじゃん」


 炎をまとったコンドルは強そうだったけど、ミシェルはちらりと見ただけでうつむいてしまった。


「おいおい、どうしたんだよ? 心配になるだろう」

「頭から離れない」

「はあ?」

「ユウスケのことが頭から離れないの!」

「おまっ、声を落とせって」


 周りを見回したけど、冒険者たちはモバフォーの試合に夢中で、こちらを見ている者はいなかった。


「なあ、明日は最深部へ行くって言ってたけど、それは中止した方がいいんじゃないか?」

「うん……私もその方がいいと思う」


 こんな状態のままではケガだけじゃすまないかもしれない。


「その……キスのことを気にしているのか? だとしたら悪かったよ」

「違うの! あれは私にとって最高の思い出。だからついつい考えちゃって!」

「だから声を落とせって」


 彼女は指名手配犯だ。いつどこで正体がバレるとも限らない。


「どうすれば探索や実験に集中できる?」

「わからないわ、そんなの……」


 しばらくは休養を取るしかないのだろう。


「落ち着くまでダンジョンから離れたらどうだ?」

「うん……。私のこと嫌いになった?」

「なんでそうなるんだよ?」

「キスくらいでいちいちこんな風になって、重たい女かなって……」


 ミネルバは抱えた膝の上に頭をのせて下を向いてしまった。


「そんなわけないだろう。とりあえず二、三日休みを取って様子を見よう。そのうち落ち着くだろう」

「ユウスケ、その間は一緒にいてもいい?」

「ああ、その方が安心だ」


 午後の間中ミシェルは壁に寄りかかってぼんやりしていた。

ときどき、ものすごいしゃがれ声で「ぐふふっ……」とか笑ったり、「もう逃がさない」とかつぶやいて、みんなをビビらせていた。

たぶん変な空想に耽っていたのだろう。

凶悪なモンスターでも捕まえる白昼夢でも見ていたのかな。

え、俺のことじゃないよな?


       ◇


 店じまいをして、ミシェルと連れ立ってダンジョンから出てくるとエッセル男爵に話しかけられた。

ずっとここで俺を待ってくれていたようだ。


「ヤハギ殿、君に頼みたいことがあって来たのだ」


 エッセル男爵の頼み事と言うと、また万能薬のことだろうか? 

ところが男爵は意外なことを依頼してきた。


「私の領土は都から40キロほど離れたグランサムという町なのだが、来週そこで祭りがあってな」

「お祭りですか?」

「そうそう、今年の豊作を願う祭りなのだ。名物はミルク缶運び競争で、丘の上からミルク缶を肩に担いで駆け降りるというのが勇壮でな」

「まさか、私もそれに参加しろと?」


 俺は駄菓子屋さんでお祭り男ではない。


「そうではない。ヤハギ殿には会場で店を開いてほしいのだ」


 縁日に出店がでるように、祭りが賑やかになるように駄菓子のヤハギにも店を開いてほしいとの依頼だった。


「特にモバイルフォースを売ってもらいたいのだよ。モバフォーの聖地はヤハギ温泉だが、グランサムもそれに続きたいのだ」

「大変ありがたいお申し出ですが、一日に販売できる量はどう頑張っても四十箱です。それでも構いませんか?」

「祭りは三日続くので前日から現地に入ってもらいたい。そうすれば四日の販売となり百六十体のモバフォーが出回る。今回はそれでよしとしよう」


 今回はということは、また呼ぶつもりなのかな?


「馬車と宿泊場所も私が用意するからぜひ来てくれたまえ」


 最終的な返事をする前に、俺はミシェルに向き直った。


「ミネルバも一緒に来てくれないか? 地理には不案内だから護衛と案内が必要なんだ」

「う、うむ。ユウスケのために一肌脱ごう(お泊り……ぜ、全部脱ぐ覚悟はまだないけど絶対に行く!)」

「男爵、ミネルバが一緒でも構いませんか?」

「もちろんだとも。ミネルバ殿には万能薬をお譲りいただいた恩もある。グランサムで一番いいホテルのスイートルームを用意するとしよう。ぜひ、祭りを楽しんでいってくれたまえ」


 ミシェルには休暇が必要だったから渡りに船だな。

俺もこの世界を知るいい機会だ。

よし、駄菓子のヤハギはグランサムへ出張だ!

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