第39話 デートへのお誘い
新緑がまぶしい季節になった。
ミシェルによると、この世界でも夏はかなり暑くなるそうだ。
日差しが強くなる前にかき氷やアイスクリームが販売できるようになるといいのだけど、今のところその気配はない。
ミシェルはマジックオーブに魔力を充填する研究をするためにダンジョンの最深部へ出かけて留守だ。
予定では明日まで帰ってこない。
だからと言って俺の日常がそう変わるはずもなく、今日も元気に店を開いている。
「おっはよう! とりあえずスクラッチを引かせて」
「おはよう、メルル。今日も張り切っているな」
メルルは毎朝スクラッチを引くのだが、これまで当りが出たことは一度しかない。
彼女のくじ運の悪さは折り紙付きだ。
「おはようございます。私には10リムガムと酢昆布をください」
「ミラはガスゴースト討伐かい?」
ガスゴーストが使う沈黙の呪いを破るのに、酢昆布は欠かせないアイテムだ。
「はい、大きく稼いでガルジュへ行く予定なのです」
「ガルジュ?」
「ガルジュ山のことですよ。この季節はフジールの花が見事で、都の人はみんな花見に出かけるのです」
「ユウスケさんは何にも知らないんだなあ。世間では一流レストランのランチボックスを買ってガルジュ山へお花見に行くのが流行っているの」
日本の花見に近い感じなのかな?
世相は悪いけど、そのぶんだけ花見などのささやかな娯楽に、人々は一生懸命になるそうだ。
「それは楽しそうだ。ガルジュ山っていうのは都の近くにあるのかい?」
「乗合馬車に乗れば一刻(およそ1時間)で着くよ。私たちは貸し切りのチャーター馬車で行くんだよねえ」
「ええ、そのためにも稼ぎませんと」
快適な貸し切り馬車でミランシェへ行くのも流行の一つだそうだ。
「ふーん、おもしろそうだからミネルバを誘って行ってみようかな」
俺がそう言うとメルルがニヤニヤと笑った。
「最近のお二人は特に仲がいいよねえ」
仲がいいというか内緒で付き合っているんだけどね。
うまくいけばこの花見が初デートになる。
「ユウスケさんって彼女作らないの?」
「ええっ!?」
「私も疑問に思っていました。その気になればすぐにできそうなのに」
「そ、そうかな?」
これまでモテたことなんてなかったぞ。
あ、ミシェルは別にして。
「そうですよ、毎日真面目に働いていますし、お顔だってまあひどくはないです」
おい!
「そうそう、収入だってまあまあっぽいし、性格も悪くない。お願いすればなんでもいうことを聞いてくれそうだしね」
メルルとミラは顔を見合わせてクスクスと笑っている。
「二人そろって俺をバカにしているのか?」
「そんなことないよ。世間一般的に見て恋人がいてもおかしくないって言ってるの」
「そうですよ。それなのにミネルバさんとばかり遊んでいるから、みんな遠慮しちゃうんですよ。ユウスケさんのことを狙っていた女冒険者はけっこういたんです。でもみんなミネルバさんが怖くて……」
「そうなの!?」
ちっとも知らなかったぜ。
でも、このことはミシェルの耳には入れない方がいいな。
あいつはすぐにやきもちを焼いて悲しむのだ。
ひょっとしたら自分に自信がないせいかな?
魔法の天才で、かわいくて、よく気がついて、スタイルが抜群のくせに変なのな。
帰ってきたらいっぱいいいところを褒めてやるとしよう。
「で、教えてほしいんだけど、人気のレストランというのはどこなんだ? それと貸し切り馬車ってのはどんなやつ?」
ミシェルとの初デートということで、俺は気合を入れて情報を集めた。
帰ってきたミシェルは疲れた顔をしていた。
ダンジョンの最深部というのは強力な魔物が多く、緊張の連続らしい。
それなのに俺のアパートへやってきたミシェルは大きな買い物袋を抱えて、二人分の夕飯を作ろうとしていた。
「今日は俺が作るから座っていなよ」
「ダメ、私が作る」
「たまには俺の手料理も食べてくれよ。愛情を込めるからさ」
「うっ……、うん」
頑張ろうとするミシェルを何とか座らせてピラフを作った。
偉そうなことを言ってはみたけど、俺が作れる料理なんてそんなものだ。
スパイスを利かせたピラフの上に目玉焼きを乗っけたのと、ベーコン入りの野菜スープだけ。
それでもミシェルは喜んでくれた。
「とっても美味しいよ」
褒められるって嬉しいよな。
ピラフはコショウを入れ過ぎて少し辛かったけど味は悪くない。
そうだ今のうちにガルジュ山への花見を誘っておくか。
「ミシェル、研究は忙しい?」
「忙しいと言えば忙しいかな。今回の実験は上手くいかなかったから。どうして?」
「おれさあ、最近ぜんぜん店を休んでないんだよね」
「そういえば、そうだったわね。ユウスケは毎日お店を開いているものね」
「でさあ、そろそろ休みを取ろうと思うんだけど、どっか行かないか? たとえばガルジュ山とか」
「…………」
「なんかフジールって花が綺麗なんだってな。俺、見たことないし、ミシェルに時間があるなら一緒にどうかなって思ったんだけど」
カラーンッ!
ミシェルの手からスプーンが落ち、ピラフの皿に当たって大きな音が鳴った。
「それは……」
「まあ、デートのお誘いだ」
「うっ……」
胸を抑えて涙ぐんでしまったぞ!?
「おい、大丈夫か?」
「ミニミニコーラを……心臓が痛い……」
「ご飯を食べてからにしような……」
俺はグラスに水を汲み、過呼吸気味のミシェルに飲ませた。
「ところで返事は?」
「え?」
「行く、それとも無理?」
「行く。絶対に行くわ!」
ミシェルは恥ずかしそうに目を伏せたけど、口元はニコニコと笑顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます