第38話 くらえ! かんしゃく玉
どんよりとした雲が垂れ込める朝だった。
天気が悪いからと言って仕事を休めるような身分じゃないので、俺は今日もダンジョンへと向かう。
表へ出ると、用心のためにアパートの扉には二重に鍵をかけた。
この界隈では空き巣が頻発しているそうだ。
都といってもここは治安が悪い。
強盗や泥棒、薬物中毒の人間は大勢いる。
ボッタクーロの女将さんは国王が呪いのせいで政務につかないからと言っていたけど、実際はそうでもないらしい。
ミシェルがかけた呪いは軽いもので、頭痛や腹痛が断続的にやってくるくらいとのことだ。
仕事ができないほどの呪いではない、と断言していた。
「ティッティーと王は遊び暮らしているだけなのよ」
ミシェルは恨めしそうに言ったけど、それは本当のことのようだ。
噂では王妃のために新しい城を建設する計画まである。
派手好きの王妃に頼まれてきらびやかな城にするそうだ。
国境では戦争までしているというのに、何を考えているんだろうね?
足早にダンジョンへ歩いていると路地裏に知った顔を見つけた。
うちの店の常連で、ポーターをやっているリガールだ。
三人のガラの悪そうな男女に囲まれているけどどうしたのだろう?
俺はそっと路地の入口に寄ってみた。
「いいから出せよ。小銭くらい持っているんだろう?」
「それは……」
「もう、さっさとして。イライラするなあ」
どうやらカツアゲに遭っているらしい。
カツアゲなんて言うと軽い犯罪に聞こえてしまうな。
だが、こんなもんは強盗と一緒だ。
リガールは身寄りもなくポーターとして必死に頑張っている。
そんな苦しい生活の中で少ないお小遣いを握りしめて俺の店に来てくれる常連さんなのだ。
何とか助けてやりたいけど、街中でモンスターカードやロケット弾を使うわけにもいかないか。
そうだ、いいものがあるぞ。
商品名:かんしゃく玉
説明 :地面にぶつけたり、踏んだりすると大きな音が鳴るおもちゃ。花火の一種。
爆破地点の半径50センチに軽度の
値段 :50リム(10個入り)
俺はそっと奴らの背後に忍び寄り、地面にかんしゃく玉を投げつけた。
パンッ! パンッ! パンッ!
「うひっ!」
「ギャーッ!」
直径は1センチもない小さな玉だけど、実に小気味よい音がなる。
リガールを取り囲んでいた不良どもは飛び上がって走り去ってしまった。
どうやらフィア―の魔法が効いたようだ。
それにしても朝っぱらから恐喝だなんて、これも治安が悪いからなんだろうな。
「リガール、もう大丈夫だぞ」
俺は地面にへたり込んでいるリガールに手を貸して立たせた。
「ヤ、ヤハギさん……」
リガールはぶるぶると震えている。
きっとフィア―の魔法の巻き沿いを食らってしまったんだな。
「ほら、これをなめてごらん。落ち着くはずだから」
俺は粉末ジュースのぶどう味を出した。
これには解呪の効果があるから、
本来は水に溶かして飲むのだけど、今はコップも水もないので、そのまま服用だ。
「す、すみません……ケホッ、ケホッ!」
粉ジュースを水なしでなめるとたまにむせるんだよね。
しばらくするとリガールの顔色は元に戻った。
「どうだ、落ち着いたか?」
「はい、おかげさまで」
リガールは小さなため息をついた。
「ああいうことはよくあるのか?」
「僕は子どもだから狙われることは少ないですけど、夜はしょっちゅう強盗が出没するそうです。暗くなったら外へは出られません」
「
俺は通りを行き交う労働者たちに目をやった。
最近になって冒険者の数がまた増えたそうだ。
本来、命の危険が多い冒険者になりたがる人は少ないが、贅沢を言っていられないほどに世の中は荒廃しているのだ。
「最近では身体強化や攻撃魔法を持たない人でもダンジョンに入るそうです。まあ、僕もそうですけど……」
メルルやミラなどと違って、リガールは戦闘向きの才能は持っていない。
けれども両親のいない彼は必至で生きていかなくてはならないのだ。
まだ十五歳にも満たない子どもなのにな……。
「これ、お守り代わりに持っていけよ」
俺はお気に入りのモンスターチップスカードをリガールに手渡した。
「えっ? SRのタートル忍者じゃないですか! そんな、いただけませんよ」
「いいから持っていけって。常連さんに死なれちゃ困る」
陽気な亀忍者がこの少年を守ってくれるのなら、俺が持っているよりずっといい。
「ありがとうございます」
「少しでも危ないと感じたら使うんだぞ。もったいないとか思っちゃダメだ。生きることを最優先にな」
「はい、約束します。僕、次のモバフォーの大会にも出場したいですから」
「その意気だ。そういえばミネルバが言ってたぜ。魔力操作が上達すると新しい魔法が使えるようになることもあるんだって」
「本当ですか?」
「ああ。俺も魔法は『開店』と『閉店』しか使えないんだけどさ、ひょっとしたら四大魔法のどれかが使えるようになるかもしれないって言われたぞ。火炎魔法とか使えたらカッコいいよな」
「じゃあ、僕も頑張らなきゃ。ガンガルフを自由に操れて、しかも魔法まで使えるようになったら夢のようだなあ」
「だよな」
リガールはまだ少年だけど、迷宮で生きるたくましさを持っている。
「よーし、そろそろ行こうか」
俺とリガールは並んでダンジョンへと歩き出した。
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