第35話 ミシェルの告白


 俺とミシェルはキッチンのテーブルに向かい合って座った。

何から話したらいいのかわからず、沈黙のままに時間が流れていく。

とにかく状況を整理しようと俺は口を開いた。


「どうして魔女ミシェルだと打ち明けてくれる気になったんだ?」


 ごまかそうと思えばできたはずだ。

それなのにミシェルは自分から打ち明けてきた。


「お風呂でユウスケに素顔を見られたときはびっくりしたけど、いい機会だとも思ったの。いずれは私の本当の姿を見て欲しかったから」

「それはどうして?」


 答えは訊かなくても何となくわかっていた。

メルルたちも言っていたことだ。

それでもやっぱり、今ここで確かめておきたい。


「ユウスケが好きだから……」


 生まれて初めて女の人から告白された。

やっぱり嬉しいものだな……。

問題は彼女が指名手配犯であることだけど。


「その……うん……うれしいよ」


 ミシェルの顔がパッと明るくなった。

手配書やメンコにはなかった表情だ。


「本当に?」

「ああ」

「じゃあ、恋人になってくれる!?」

「それはちょっと待って」


 君は獲物を狙う猟犬か? 

がっつき過ぎだぞ……。


「教えてほしいんだ、国王との間に何があったのかを」


 ミシェルの表情が曇り、少し不貞腐ふてくされた表情に戻る。

そう、手配書にあったあの顔だ。


「別に大したことじゃないわ。本当は思い出したくもない話だけど、ユウスケが聞きたいというのなら……」

「君のことをきちんと知っておきたいんだ」

「私のことを……知って……。うん、私も全部知ってもらいたい!」


 ミシェルは椅子に座り直し、少しだけ頭の中を整理する様子を見せてから話し始めてくれた。


「国王との縁談が持ち上がったのは、私が魔法学院で教師をしていたときなの」

「ミシェルって先生だったの?」

「ええ、二十一歳で卒業して、そのまま魔法学院の教師になったわ。私は小さいころから勉強が好きで、ずっと魔法学に没頭していたから天職だと思っていた」

「そこに縁談がもちあがったんだね」


 ミシェルの顔がさらに暗くなる。


「私の発表した論文、∞型魔力循環理論メビウスりろんっていうんだけど、これがすごく評判になったの。世間は私のことを天才だなんてはやし立てたわ。国王もそれで興味を持ったみたい」

「それで婚約に?」

「今にして思えば、私を妻にすれば様々な魔法的恩恵があるという打算が働いていたのだと思うわ。でも、当時の私は王に求婚されて浮かれていたの」

「王様を愛していた?」


 そう訊くと、ミシェルは驚いたように大きく首を横に振った。

それこそもげてしまうのでは? と、心配になるくらい。


「そうじゃないの! 私は小さいころから勉強ばかりで、恋なんて一つもしてこなかったわ。性格が地味で暗いから男の子たちからは意地悪ばっかりだったし、私も得意な魔法で仕返しをするから、そのうちに誰からも相手にされなくなって……。そんな私と結婚したいと言ってくれる人が現れて、自分を見失っていたんだと思う」


 なるほどなあ。

ところで、ちょっと気になるワードが出てきたぞ。


「仕返しって具体的にどんなことをしたの?」

「悪夢を見せておねしょをさせたり、水魔法で使用中のトイレを溢れさせたり、空間魔法で靴の片方を大神殿の尖塔の先っちょに引っ掛けたりかな……」


 うーん、なかなかすごい大魔法!


「それで同じ感覚で国王にも呪いをかけちゃったの?」

「だって酷いのよ! 私との婚約を破棄してティッティーと結婚するだなんていうんだもん」

「ティッティーって今の王妃だっけ?」

「そうよ。そして私の双子の妹」


 なんてこった!


「王妃様ってミシェルの妹なの!?」

「ええ。まったくと言っていいほど似ていないけどね……」


 ミシェルは忌々いまいまし気に説明してくる。


「妹のティッティーは昔から明るくて、彼氏が途絶えたことがないのよ。勉強なんてそっちのけで遊んでばかり。これまで何人の男を寝取ったわからないほどよ」


 妹のことをかなり嫌っているようだ。


「その日、私は王宮に呼ばれていたわ。私ってば、国王へのお土産に特製の魔法薬を徹夜で作り上げたのよ。きっと喜んでもらえるって信じてた。それなのに、王宮へ行くと国王の隣にはティッティーがいたわ。それで、自分はティッティーと結婚するから君との婚約はなかったことにしてもらいたい、とこうよ!」

「それはひどいな……」

「ティッティーはいつものように胸の開いた品のないドレスを着ていて、私を見下すようにヘラヘラ笑っていたわ。それで私は頭にきて、その場で呪いをかけたの」

「どんな呪い?」

「三年の間、体調不良に悩まされるっていうものよ。私を辱めたんですもの、それくらい当然だと思ったわ」


 ああ、それでそろそろ呪いが切れると言っていたのか。


「本当はティッティーにもかけてやりたかったんだけど、直前でレジストされたわ。あの子は昔から怠けてばかりのくせに魔法のセンスがやたらといいのよ」


 ミシェルはポロポロと泣き出してしまった。


「まだ辛いんだな」

「違うの。国王のことなんてもうどうでもいいわ。元から愛してもいなかったし」

「じゃあ、どうして泣くの?」


 ひょっとしたらミシェルは無自覚に未練を残しているのかもしれない。


「ティッティーに呪いがかけられなかったから……」


 へっ?


「それが悔しいの!」


 国王への未練ではなく妹への憎悪か!? 

ミシェルの話をまとめると二人は幼いころから比べられて、お互いに嫌いあうようになってしまったようだ。


「それで、あの……」


 ミシェルが体をモジモジさせている。


「どうしたの?」

「私のこと愛してくれますか?」


 いきなり!? 


「ミネルバとはいい友人関係を築けてはいたけど、だからと言っていきなりミシェルを愛せるかと問われれば返答に詰まってしまうよ。そうだなあ、友だちからはじめるのじゃダメ?」

「でも、私たちはもう友だちでしょう?」


 ミシェルがうるんだ瞳で俺を見上げる。

ちょっと、かわいい……。

それに言われてみればその通りでもある。

ミネルバの正体がミシェルだとわかっても、俺たちはすでに友である。


「じゃ、じゃあ、お付き合いからはじめるというのは?」

「お付き合い……」

「これまでは友だちって感じだっただろう。これからはもう少し深く知り合うための期間というか……」

「いいの? わたし指名手配犯だけどお付き合いしてくれるの!?」


 あ、忘れてた。

だけど口に出してしまったものは今さら引っ込められない。

それに、俺だってミシェルのことは好きなのだ。


「なんというか、よろしくな」

「うん! 私、これからも捕まらないように気をつけて、ずっとユウスケと一緒にいる!」


 ミシェルが満面の笑みでこちらを見つめている。

嬉しくもあり不安でもあるけど、どうにかなるような気もする。

いざとなれば他所の国へ亡命しちゃえばいいか? 

俺、こっちの世界に来てなんだかタフになったなあ。 

一度死んでいるから、少々のことでは動揺しなくなっているのかもしれない。

とりあえずミシェルとお付き合いを初めて、少しずつお互いを知ればいいと考えた。

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