第36話 秘密のノート
◇◆◇
泊っていけばいいと言ったのに、ユウスケはどうしても帰ると言って聞かなかった。
私が女だとわかって照れているのかもしれない。
それとも私に女としての魅力を感じていないのかな。
地味で根暗な女には興味がない?
でも、そういうことじゃないのだと思う。
ユウスケはただ誠実で私のことを大事にしてくれているだけなのだ。
どこかのスケベな国王とはまるで違う。そのことに思い至って寂しい気持ちは一気になくなった。
「それじゃあまたあとで、ダンジョンの前で会おう」
時間も場所も同じだけど、いつもの待ち合わせとは何かが違う。
だって私たちはお付き合いをしているんだもん。
「今日もお弁当を作るから、お昼ご飯は買わなくていいからね」
「いつもすまない。だけど……」
言い淀んでからユウスケは笑顔になる。
「やっぱり作ってもらうよ。ミシェルのご飯がいちばん美味しいからな」
その言葉だけでユウスケの胸に飛び込んでしまいたくなる。
本当はどこにも行ってほしくないのだけど、そんな気持ちを押し殺して私は彼を送り出した。
「せっかく買ったけど、これはいらなかったわね……」
ユウスケを拘束するために買った
本気で監禁したかったわけじゃないの。
ただ、これを使って私とユウスケを繋いでみたかっただけ。
それだけで安心できる気がしたから。
でももうこんなものは要らないわよね。
だって私たちは本当にお付き合いを始めたのだから!
◇
ダンジョン前で会ったミシェルはいつものように銀仮面をつけていた。
俺に正体がバレたからといって、彼女が指名手配犯であることに変わりはない。
しばらくは(どれくらい先になるかわからないけど)このまま変装し続けなければならないだろう。
「おはよう」
いつもと変わらず低いしゃがれ声だ。
改めて認識阻害魔法のすさまじさを実感する。
この人物が実は女の子であるとは誰も気が付かないと思う。
「それじゃあ行くか」
俺たちは並んでダンジョンへの階段を下りた。
ミシェルの様子にいつもと変わったところはない。
ただ、立ち位置が少しだけ近い気がする。
階段を下りながら俺たちの肩は幾度となく触れ合った。
温泉前の定位置につくと、俺は『開店』と念じて店を開く。
「お、ガチャポンが補充されているぞ」
ノームがすべて買ってくれたおかげでガチャポンはずっと欠品していたのだけど、今日になっていきなり新しい品物に入れ替わっている。
商品名:カプセルトイ 防水ノートとミニペンシル(全6種類)
説明 :土砂降りの雨の中でも書けるミニ防水ノートと鉛筆のセット。耐火性もあり。
値段 :200リム
カプセル自体は前より大きくなったけど、値段は100リム安くなっている。
試しに一つ買ってみると、中から手のひらより少し小さいメモパッドと長さ4センチくらいの細い鉛筆が出てきた。
ノートの表紙は赤く、炎の紋章がカッコよくデザインされている。
デザインは地水火風に光と闇の六種類があるようだ。
この世界では羽ペンとインクが一般的な筆記用具で、鉛筆のようなものはついぞ見かけたことがない。
紙はあるけど俺が目にしたのは質の良くないザラザラしたものだ。
それに比べるとこのノートはとても丈夫そうである。
ためしに自分のサインを落書きしてみたけど驚くほど書き味は滑らかだった。
前世における特殊部隊員は防水のメモ帳を携行するという記事を読んだことがある。
タクティカルノートブックというやつだ。
この世界の冒険者にも需要はあるかもしれない。
「なにそれ?」
遊びにきたメルルがさっそく目をつけていた。
彼女は新しいものに目がない。
「これは筆記用具さ。雨にぬれても書いたものがにじまないんだぜ。火にもある程度の耐性があるんだって」
「本当ですか?」
ミラも興味を示した。
「本当だとも。説明書にもちゃんと書いてあるぞ。嘘だと思うなら試してみろよ」
俺は自分のノートをミラに手渡した。
「ではお言葉に甘えて。えいっ!」
ミラはいきなり
「おいおい、いくら何でもそれは……、おや?」
「すごい! 本当に破けませんね」
紙どうしはくっついてしまったけど、破けたりにじんだりはないようだ。
俺が書いた下手くそなサインもくっきりと読み取ることができた。
ミラはさっそくガチャポンをまわして水のデザインのノートを手に入れていた。
防水ノートを欲しがったのはミラだけじゃなくてガイルなんかもガチャをまわしている。
「俺たちは忘れっぽい野郎の集まりだけど、これに道順を書いておけば奥地の探索もできそうだぜ」
ノートはダンジョンのマッピングにはもってこいだろう。
新しいガチャはその朝だけで九回くらい引かれていた。
ミシェルも一つ買って闇のノートを引き当てていた。
言っちゃあなんだが闇のデザインがよく似合う……。
ミシェルは探索にも行かずに俺の横に座り、小さなノートに一生懸命何かを書きつけている。
「なあ、探索に行かなくてもいいのか?」
「これを書いてから……」
「研究レポートか何かか?」
「ううん……愛のポエム……」
「そ、そうか……」
「読みたい?」
見たいような、見たくないような不思議な気分だ。
あの闇のデザインのノートには何が書いてあるのだろう?
愛の
ミシェルの願望?
読んでも呪われたりしないよね……?
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