第33話 お持ち帰り


 モバイルフォースの大会を無事に終えた俺たちは、酒場で慰労会いろうかいを開くことにした。


「料理がとっても美味しい店なんです。特にフライドチキンが有名で」


ミラの言葉によだれがあふれてしまう。

フライドチキンは前世以来だ。

こっちの世界でもレモンをかけたりするのかな? 

早く食べたい俺はさっさと店じまいをした。


「みんな忘れ物はないか?」

「ユウスケさんはいつも身軽でいいよなあ」


 重たそうなリュックサックをもったメルルが羨ましがっている。

店は『閉店』ですべてしまえるから荷物の類は一切ない。

唯一手にしているのは戦闘になったときのためのモンスターカードとロケット弾だけだ。

今日のカードはCジャイアントクロウ、君に決めた! である。


「おーい、ミネルバ! そろそろ行くぞ」


 俺は向こうでエッセル男爵と話し込んでいるミネルバに声をかけた。

話し込んでいるというよりも、ミネルバがエッセル男爵にまとわりつかれているようだ。


「ミネルバ殿、この通りだ。副賞の万能薬を私にお譲りくだされ!」

「国王の病気を治すためか……」

「その通り! 今は小康状態を保っておられますが、いずれまた呪いのせいで体調は崩れるはず。その時のためになにとぞ」


 エッセル男爵はしょっちゅう10リムゲームに挑戦しているけど、いまだに景品は取れていない。


「ミネルバ殿、お願いします!」

「でもこれはユウスケが私に……」


 エッセル男爵もしつこいなあ。

それくらい万能薬が貴重なのだろうけど……。

ただこれ以上は待っていられない。

ダンジョンは夜になると強力な魔物が増えるそうだ。

ミネルバくらい強ければいいが、素人の俺、まだ新人の域を抜けないメルルやミラには荷が重いのだ。


「ミネルバ、先に行ってるぞ」

「えっ、ま、待って!」


 ミネルバはゴソゴソと袋の中をかき回して万能薬を取り出した。


「ええい、持っていけ!」

「おお、ありがたい。お礼はいかほどに」

「国王から謝礼など取りたくない。礼などいいから、離してくれ。ユウスケが行ってしまう」


 ミネルバは万能薬を渡してようやく解放されたようだ。


「よし、このまま城の宝物殿へこの薬を納めるぞ。ヤハギ殿、これにて失礼する」


 エッセル男爵は部下たちと駆け足で立ち去ってしまった。

俺はミネルバに訊いてみる。


「ただで上げてよかったのか?」

「ふん、国王から金など受け取りたくない」


 ミネルバは王様を嫌っているようだ。

過去になにかあったのかな?


「そっか。よし、今夜は俺がご馳走してやるから好きなだけ飲み食いしろよ」

「別にユウスケにおごってもらわなくてもいい。金ならある」

「俺がみんなの健闘を讃えたいんだよ!」


 俺はミネルバの肩に腕をまわした。


「よーし、行こうぜ!」

「離せよ……(うそ、うそ、うそ、このまま永遠に時が止まってしまえばいい……)」


 何を食べて何を飲むか、そんな話題ではしゃぎながら俺たちは地上へと戻った。



 その晩の俺はだいぶ浮かれていたと思う。

こちらでの暮らしも安定してきて、自分のアパートも借りられた。

売り上げは順調で、買おうと思えば鑑札も簡単に手に入れられる。

どこでだって安全に商売ができるようになったのだ。

それに、流行のおもちゃを扱い、その大会は大成功を収めた。

少々気が大きくなっても仕方がなかったと思う。


「次は大会の規模をもっと大きくしようよ!」

「いいな、メルル。だったら優勝トロフィーでも作るか」

「なにそれ?」

「チャンピオンの証である大きな優勝杯さ。それを代々のチャンピオンで受け継いでいくんだ。サナガさんに頼んで立派な奴を作ってもらおう」

「う~、なんか燃えてきた。おねーさん、ビールのお替りっ!」

「私も次こそは入賞したいです。こちらにもワインのお替りをお願いします」


 メルルもミラもお酒が強く、グラスは次々と空になっていく。


「ユウスケも飲め。次はなんにする?」


 今夜のミネルバはやけに優しい。


「そうだなあ、少し甘いやつがいいな」

「だったら私の飲んでいる白ワインが美味しいぞ」

「へえ、一口もらってもいい?」

「えっ……」


 俺はグラスを受け取ってミネルバのワインを試してみた。

濃厚でトロッとした口当たりの白ワインだ。

色は白というより黄色味がかっている。


「あ、これ美味しいな。ボトルでもらおうぜ」

「うん……甘いの……」

「へっ?」

「何でもない。いいから飲め!」


 ミネルバが俺に酒を押し付け、二人でグビグビと飲み干していく。

四人とも上機嫌でたっぷりと飲み食いし、俺は珍しく酩酊状態になるまで飲んでしまった。



 店を出るころにはすっかりでき上っていて、俺はミネルバに支えてもらってどうにか立っている状態だった。


「ユウスケさん、大丈夫?」

「平気らよ。これくあいなら」

「心配ですね」


 自分でも呂律が回っていないことは自覚できている。

ちょっと飲み過ぎたようだ。

そういえば今夜はやけにミネルバにお酒を勧められた。


「ユウスケは私が送っていくから心配するな。お前たちこそ真っ直ぐ家へ帰れよ」

「ミネルバさんが護衛なら安心か」

「それじゃあ、おやすみなさーい」


 二人の姿が見えなくなるとミネルバの声は少し優しくなった。


「私の部屋の方が近い。今夜は泊っていくか?」

「え~、悪いなあ……」

「気にするな、計画通りだ……」

「計画?」

「だから気にするな!」


 んー、アルコールのせいで脳みそが考えることを拒否している。


「わあった、ミネルバんちにお泊まりさせてもらいまふ」


 迷惑をかけないよう、フラフラする足を前に出す。

ミネルバはそんな俺に肩を貸してくれた。

俺の顔のすぐ横にミネルバの銀仮面がある、こいつはこういう優しいやつなのだ。


「なんか、女の子のいい匂いがするなあ。どこから匂ってくるんだろう?」

「ばか、酔っぱらっているからだ……」

「そうかなあ?」


 夜の通りを歩きながら俺の気分は良かった。






(念のために言っておきますが、エッチな展開はありません!)

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