第29話 春の風はミントブルー
商売繁盛のおかげで俺もついにアパートを借りることができた。
ボッタクーロでの暮らしもこれでお
2kの狭いアパートだけど一人というのは気楽でいい。
なんといっても少々物音をたてたくらいでは「ぶっ殺すぞ!」とか「出ていけっ!」といった
ただ問題もある。
毎日のように遊びに来るやつがいるのだ……。
「食事の材料を買ってきた。夕飯を作るよ」
扉を開けると今日もミネルバが立っていた。
「また来たのか……」
「今日は煮込み料理にするぞ」
ミネルバは慣れた感じでうちのキッチンへと入っていく。
なぜかそこはミネルバの陣地みたいになっていて、奴の私物がたくさん収納されているのだ。
「おまえなあ、また変な道具を俺の家に置くのか?」
「これはブレンダーという料理器具だ。……迷惑か?」
「今はいいけどさ、俺に彼女ができたら絶対にいやがられるとおもうんだよなあ」
「彼女ができたのかっ!?」
「いや、今はまだいないよ。でもさ、いつかは欲しいじゃん、恋人。で、彼女ができたとして、毎日のように俺の家に入り浸る男友達がいたらいい顔はしないと思うんだよな」
「それはそうだ。そんな奴は害悪でしかない!」
「だろ? だから、俺に恋人ができたら、ここにあるものは持って帰ってくれよ」
「うむ……」
ミネルバは素直に頷いてくれた。
「ユウスケはやっぱり恋人がほしいのか?」
「そりゃあそうだ。彼女がいれば人生が楽しくなるからな。いろんな話をしたり、デートへ行ったりって感じで、生活に潤いがでるだろう?」
ミネルバはウンウンと頷いている。
「それにさ、俺も聖人じゃないから夜の生活も楽しみたいわけさ」
「夜の生活!?」
「そんなに驚くことか? ミネルバはしたいと思わないとか?」
「いや……正直に言えば、興味はある……かなり……」
こいつ、何のかんの言って、俺と同じだな。
このムッツリめ!
「だけど、ミネルバが毎晩のように泊っていったらそんなことはできなくなってしまうだろう?」
「うむ……」
「別にミネルバがきらいなわけじゃないんだぜ。ただな、いくら友だちでも毎晩泊まるというのはどうかと思うわけだ。わかってくれたかな?」
「わかった。つまりユウスケは恋人とずっと一緒にいたいということだな」
「ずっと……? まあ、そういうことかな……」
年がら年中一緒だと息がつまると思うけど。
「その気持ちならよくわかる。私も頑張るとしよう」
ミネルバはご機嫌になって料理を始めた。
二人で料理を作って、二人で食べて、二人で片づけをして、食後にお茶や酒を飲みながらしゃべって、たまに将棋とかして、本を読んだり……。
あれ、なんかおかしくね?
これって恋人同士の行動によく似ているような……。
いやいやいやいや、エッチはしてないよ。
泊まると言ってもベッドは別だ。
引っ越し祝いにとプレゼントしてくれたソファーをミネルバは自分のベッド代わりに使っている。
だけど……。
食後はソファーでくつろぎながらブランデーを飲んだ。
これもミネルバのお土産だ。
かなり高級そうな酒であるが、ミネルバは俺のグラスにどんどん酒を注いでくる。
俺を酔わせようとしているのか?
ちょっとだけ警戒心が働いたけど、酒の美味さに自制を忘れた。
やがて意識がもうろうとしてくる頃になってミネルバがいろいろと俺に質問を投げかけてきた。
「正直に言え。本当に恋人はいないのだな」
「いるわけねーだろ。いたら毎晩毎晩こんなふうに男友達と酒を飲んでいられるか」
ミネルバとしゃべっているのは楽しいのだが、それだけの人生では張り合いがない。
「では、どんなのがユウスケの好みだ?」
「俺の好みぃ……? ん~、わからん!」
「わからんって、そんなことはないだろう……」
「わからんもんは、わからん」
前世では糸目の女騎士が好きだったけど、リアルでどうかと訊かれれば、そこまでのこだわりはない。
これまでだって、近くにいた人を気が付いたら好きになっていたという恋愛経験しかないのだ。
特にこういうのがいい、というのはない。
「やっぱり、ミラのように胸の大きいのがいいのか?」
「ん? うん、ミラは可愛くていいな。おっぱいが大きくて優しくて癒される感じがいい。あと、メルルのように元気な娘も好きだぞ。サバサバしているけど情に厚いところがあってかわいいんだ」
「やはりあいつらが……」
銀仮面の下からギリギリと歯ぎしりのような音が聞こえる。
「だけど彼女たちは若すぎて駄目だな」
「なんだと?」
ああ眠くなってきた……。
「ではメスガキどもより年上で、胸が大きく、お尻も大きく、料理が上手で、最強の冒険者だったら?」
「え~……顔とか性格は? フアアアッ……」
あくびが止まらなくなってきたぞ。
そろそろ寝たい……。
「顔は……少し地味だ……」
「うん、それくらい大した問題じゃない。大切なのは性格だよな。やっぱり優しい人がいいよ……うん……」
ミネルバがまだ喋っていたけど、もう限界だ。
俺は心地の良い眠りの世界へと落ちていく。
「わかった。優しくなるわ……」
意識を手放す前にミネルバが何か言った気がした。
「それは……いいこと……だ……zzzzzz」
◇◆◇
酔いつぶれたユウスケの前で私はそっと仮面を外した。
女の体を隠すマジックローブも床に脱ぎ捨ててしまう。
もし今ユウスケが目覚めたら……。
不安と期待がない交ぜになって私の胸を締め付けた。
無防備に眠るユウスケを抱え上げてベッドへと運ぶ。
「もう、本当に私がいないとダメなんだから……」
指でほっぺをつついてもユウスケは起きない。
今のうちにいつものあれをしておこうかしら。
私はそっとユウスケの隣に潜り込んで添い寝をする。
彼の体温が伝わってきて私まで眠ってしまいそうだ。
このままユウスケの隣で眠りに落ちてしまえればどんなに幸せだろうか。
「優しい人か……」
ユウスケがそう望むのなら、私はいくらだって優しくなれる気がした。
◇
頭が痛い。完全な二日酔いだ。
昨晩は調子に乗って飲み過ぎてしまったらしい。
「ほら、水を飲め」
ミネルバが魔法でグラスに水を作り出してくれた。
「ありがとう」
乾いた細胞の一つ一つが潤されていく。
「ふう……生き返る心地がするよ」
なんだか最近ミネルバに依存しまくっているような……。
「今日は仕事を休むか?」
「いや、そうはいかない。常連さんが待っているからな」
俺はお菓子の一つを取り出す。
商品名:スカイミントブルー
説明 :爽やかなミント味のソフトキャンディー 食べると酔い覚ましの効果あり
値段 :100リム(15粒入り)
ミネルバが開けた窓から春の風が吹きこんでくる。
名も知らぬ花の匂いがミントの香りと交じり合って俺の鼻を抜けていった。
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