第2話 10リムガム


 生まれるに当たり、人は親を選べないという話を先ほどした。

それと同じで生まれる国や地域を選べないというのも、出生における不条理の一つだ。

転移に関してもそれは同じで、気が付くと俺は汚い町の通りに立っていた。

水はけの悪い道はぬかるみ、俺のスニーカーを茶色く濡らしている。

どうやら着の身着のままでこの世界に飛ばされたようだ。


 時刻は朝みたいで、人通りはけっこうあり、剣や革鎧を装備した人が多い。

みんなが同じ方向へ向かって歩いているところを見ると、きっとその先にギルドとかダンジョンとかがあるのだろう。


 俺も何となくみんなの後について歩いてみた。

協調性は日本人のお家芸いえげいともいえる。

新しい世界に来たとはいえ、祖国の習慣を忘れるほどの時間は経過していない。

「みなさんがそうしていますから」は、見知らぬ場所では有効な自己防衛の手段なのだ。


 人の列は郊外の方まで長く続いていた。

きょろきょろしながら歩いていくと、やがて道は建物のない荒野までやってくる。

遠くの方に城壁に囲まれた場所があり、そこに地下へと続く階段があった。

道を歩いていた人々はやっぱりダンジョンへ向かう冒険者たちのようだ。


 階段の入り口付近には露店が立ち並び、食べ物や道具を売っていた。

冒険者たちはこうした屋台で朝食を食べるのが一般的なようで、みんなが何かしらの食べ物を買っている。

そういえば俺も腹が減った。


 すぐそばの屋台からやけにいい匂いが漂ってくる。

パンに炒めた肉と玉ねぎなどを挟んで売っていた。

異世界版ハンバーガーみたいなものか。

俺も食べてみたいのだけど、ポケットの中にはコイン一枚入っていない。

このままでは遠からず餓死してしまう。


 なんとか金を稼がなくてはならないのだけど、冒険者の後に続いてダンジョンに入る気にはならない。

だって俺は勇者や魔導士ではないのだ。

武器や鎧も持っていない。

俺は単なる駄菓子屋なのだ。


 ん? 

……そうだ。

そうだよ! 

俺は駄菓子屋だったんだ!!

だったらここで駄菓子を売ればいいわけだ。

これだけ人がいるのだから駄菓子を買ってくれる人だっているかもしれない。

たしか店を出すには『開店』と念じればいいんだったよな。


 だけど、いきなりここに出店というのもまずいか。

周りの露天商に怒られるかもしれないからな。

どんな店が出てくるかもわからない。

立派な店舗が露店を潰してしまうということも考えられる。


 慎み深い俺は端っこの方へ移動した。

ダンジョンの入り口からはだいぶ遠くなってしまったけど、ここなら迷惑は掛からないだろう。

深呼吸をして心を落ち着けてから小さくつぶやいた。


「開店」


 体の中からエネルギーがごそっと抜けるのがわかった。

きっと俺の魔力を消費して店が現れたのだろう。

でも、店と言っても店舗ではない。

出てきたのは小さな天秤屋台だった。

長い棒の両端に紐でくくられた大きなお皿がついていて、その上に商品が乗っているという簡素なものだ。


 商品の種類も10種類しかない。

はっきり言えばみすぼらしいのだけど、他にどうしたらいいのかもわからない。

俺は座るのに手ごろな岩のところまで移動して天秤屋台を土の上に置いた。


 改めて商品をチェックしてみたけど俺のよく知っている物ばかりだ。

十円で買える飴玉やガム、小さなケースに入ったラムネ、ポットに入ったカレーせんべいや、イカ串などなどが並んでいる。

いずれも小さな頃に駄菓子屋で買ったお菓子にそっくりだ。


 でも、よく見るとパッケージは若干違う。

書かれている文字もこの世界のものだ。

そういえば俺もこの世界の文字が読めるようになっている。

さっきかから人々の話す声もちゃんと理解できているので、言語の問題はなさそうだ。

よかった、よかった。


 黙っていてもお客さんは来ないだろうから、俺は呼び込みをしてみることにした。


「駄菓子いかがですか。美味しくて安い駄菓子だよ」


 通りすがりの冒険者がじろりとこちらを見たけど、そのまま無言で通り過ぎて行った。

怖え……。

顔面凶器みたいな奴が本物の凶器をぶら下げて歩いているのだ。

平和な日本で一般市民をやっていた俺がビビるのは仕方がない。

でも、やらなければ飯が食えない!

折れそうな心を魂のガムテープでつなぎながら、俺は震える声を絞り出す。


「駄菓子いかがっスかぁ……?」


 口から出た声は小さかったけど、背の低い女の子がこちらを見た。

くりくりと好奇心の強そうな瞳が俺とお菓子を交互に見ている。

チャンスだ……。


「安いですよ。いかがですか?」


 女の子はトコトコと音がしそうな足取りでこちらへやってきた。

そして皿の上のお菓子を見回している。

ピンクのショートカットが風に揺れていた。


「かわいい。これなんですか?」


 彼女が指し示したのは猫の絵が付いた包装紙のガムだ。

一口サイズで、前世の記憶では10円ガムという呼称で親しまれていたな。


「それは10円ガムで……」


 商品に注目した瞬間に頭の中に情報が流れ込んできた。


 商品名:10リムガム 

 説明:味が続いている間、10秒ごとに魔力を1MPを回復してくれる

 ストロベリー香料仕様!

 値段:10リム


 1分で6MP回復というのが大きいのか小さいのかがわからない。

それから貨幣価値も謎だ。

日本で10円といえば子どもで買える金額だと思うけど、異世界で10リムというのはどうなのだろう? 

これは目の前の冒険者で試すしかない。


「これは10リムガムだよ」

「ガムってなに?」


 そこから説明しなくてはならないのね。

この世界にガムはないようだ。


「飲まずに噛んで楽しむ甘いお菓子だよ。しかも味が続いている間は1分で6MPの魔力を回復してくれるんだ」

「へぇ、すごいなあ!」


 びっくりしてはいるようだけど、驚き具合はたいしたことない。

もっとすごい回復薬が流通しているからだろう。


「値段は10リム?」

「うん、お一つどうですか?」

「かわいいし、面白そうだから買ってみようかな。ミラにも一つ買っていってあげよっと」


 友だちの分も買っていくようだ。

これだけ気軽に買っていくのなら、10リムという値段は高くないのだろう。

女の子はボロボロの茶色い銅貨を二枚で支払いを済ませた。

10円玉より少し小さい。

これが10リム銅貨か……。


 俺は初めての売り上げをなくさないようにポケットの奥へとねじ込んだ。


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