『駄菓子屋ヤハギ』異世界に出店します
長野文三郎
第一部
第1話 プロローグ
自分のものとはいえ、人生において己で選べることは多くない。
たとえば親。
どうせなら金持ちで優しく、思いやりのある人格者がいいのだが、望むようにはいかないのが人生だ。
でもそれは仕方のないことでもあるのだろう。
美人でスタイルがよく、優しくて料理上手で、通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんばかりでは世の中が崩壊する。
父と子が一人の女を巡って血で血を洗う争いが、あちらこちらで勃発してしまうから。
世界は微妙なバランスで成り立っている。
そのことは前世における二五年という短い時間の中でもじゅうぶん理解した。
俺の人生は本人が望むことなく始まり、トラックにはねられることで幕を閉じた。
望んでの死ではない。
つまり生まれた瞬間と死ぬ瞬間のどちらにも自分の選択は介在していなかったわけだ。
そして今、生まれ変わる狭間の時間にあってさえ、俺に職業選択の自由は許されていない。
その部屋には転生する人間が集められていた。
小さめの会議室のようなところで、パイプ椅子が何脚か置いてあるだけの部屋だった。
あまりにも普通の部屋で死後の世界という特別感はない。
交通事故で死んだ俺は、気が付くとここにいた。
部屋の前の方ではスーツを着た男が死者を相手に一人ずつ面談している。
彼が次の転生先と与えられる固有ジョブを確認しているのだ。
巨乳のうっかり女神さまがチートを授けてくれるわけではないらしい……。
まあ、転生前に出会いを求めるのは間違いなのだろう。
それに俺の好みは天然女神さまというよりも糸目の女騎士だ。
レアな属性かもしれないが、その分競争率は下がる。
来世での出会いに期待である。
それにしてもトラックにはねられると異世界に転移・転生させられるというのは都市伝説ではなかったようだ。
今も部屋の中では数人の人間が自分の転移・転生を待っている。
「へぇ、4トントラックにはねられたんだ。俺、10トン」
どこにでもつまらないマウントを取りたがる奴はいるんだな。
ニキビ面の男が細めの少年に自慢していた。
別にお前が望んで10トントラックにひかれたんじゃないだろう?
そんなにでかいのがいいのなら、アメリカに行って大型トレーラーに正面から挑めばよかったのだ。
胸のすくことに、そいつは『駆け出し魔法使い』というしょぼい固有ジョブをもらって次の世界へと飛ばされていった。
もっといいジョブが欲しかったに違いない。
自分のジョブを告げられた男は明らかに悔しそうな顔をしていた。
ちなみに4トントラックにひき殺された少年の方は勇者として異世界に旅立っている。
どうやらトラックの大きさと固有ジョブの良し悪しに因果関係はなさそうだ。
少なくとも大きければいいわけではないのだろう。
俺は軽トラにはね飛ばされているので少しだけ安心した。
「次の方、
「はい!」
名前を呼ばれて俺は元気よく立ち上がった。
死人のくせに元気よくというのもおかしな話だけど、気持ちというのは大切だと思う。
「矢作さんは転生じゃなくて転移ですね」
書類をめくりながら男の人が話しかけてくる。
「転移ですか?」
「そうです、そのままの姿で異世界へ行っていただきます」
「はあ……」
反抗しても
俺は素直に新しい人生を受け入れる。
さっきも言ったとおりだ、人生において自分で選び取れるものは少ない。
「矢作さんの向かう世界ですが、いわゆる剣と魔法の世界です」
それに関しても異論はない。
来世はおそらく戦いの日々になるのだろう。
チート能力をもらえればそれで満足だ。
精いっぱい生きるつもりである。
「矢作さんに与えられる固有ジョブですが、『駄菓子屋』というのが確定しています」
なるほど、なるほど、チートなジョブですな……、って、駄菓子屋?
「あの、駄菓子屋というのは?」
「駄菓子をご存じないのですか? 子どもでも買えるような安価なお菓子でして」
それは知っている。
「開店と念じればお店が開きます。逆に閉店と念じればお店が消えます。便利な能力でしょう?」
目の前のスーツの人は自信満々にそう言う。
ドヤ顔がちょっとだけムカついた。
「質問してもよろしいでしょうか?」
「それでは新しい人生を楽しんでください」
最後の質問までスルーされ、俺は新しい世界へと放り出された。
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