天使と悪魔のトレジャーハント(2)

 ダイアナちゃんが「宝の地図よ!」とその古地図を持ってきたのは、今から遡ること一週間前。悪魔の住まいでのんびりとティータイムを過ごしていたところ、駆け込んできた彼女は意気揚々とそれを掲げた。夏季休暇直前ということで夏休みの計画を立てていたらしい彼女は、街にある大学図書館で借りた本の中から、それを見つけたのだという。

「宝の地図、ねえ……」

 明らかに胡散臭そうに、悪魔はそれを一瞥した。ダイアナちゃんは金色のツインテールを揺らしながら、興奮した口調でそれに答えた。

「絶対、本物よ! だって、なんか……なんかとってもそれっぽいもの!」

「どこら辺が」

「まず、書いてる言葉が英語じゃないでしょ」

 彼女が机の上に広げたその紙はボロボロで、長いこと折り畳まれていたためか、今にも四つに分かれてしまいそうだ。白い指が示す通り、確かにそこに書かれている文字は英語ではなかった。

「これは……南米アマゾン地方の古代先住民の間で使われていた文字だな」

「お兄様、わかるの?」

「まあ、俺も天使サマも、人間についての知識は全て持っているからな。それで、次の理由は?」

 悪魔の促しに、ダイアナちゃんは紙全体を示した。

「とっても古いじゃない」

「ああ、確かに。放射性炭素年代測定をするまでもない。ざっと百年ほど前のものだろうな」

「そ、そんな昔のものなの?」

 まさかそこまでとは、と、ダイアナちゃんが素直に驚く。しかし百年というと、普通の紙の耐久年数ギリギリといったところだが、……。

 少し気に掛かって、私は二人の会話に口を挟んだ。

「そうだね。この感じは多分、そのくらいは経っている。……けれど。百年前というと、資料的には古い部類に入るけれども、そんな『宝物』のありかを地図に記すような時代でもないと思うのだけど」

「ああ、天使サマの言う通りだ。百年前なんて、もうかなりあちこち開発が進んでいて、未開の地に『お宝』を用意しておくなんて酔狂な真似をするような暇人はそうそういなかった筈だ。それこそ、千年、二千年前だと言うならともかく。きっと誰かのイタズラだ」

 だからそんな古い紙は図書館に戻して来い、と悪魔は言ったが、そんなことでめげるダイアナちゃんではなかった。

「でもでも! 書いてある言葉は先住民の文字なんでしょう? ってことは、この紙自体は最近のものかもしれないけれど、代々伝わっていたものを書き写したって可能性もあるじゃない」

「……ふうん」

 悪魔が、面白そうに目を細めた。相手の話に興味を持った印だ。

「まあ確かに、聖書のように写本を取っておけば、紙の耐久年数は気にせず、情報を保存し続けることが可能だ。ダイアナ、お前はその説をとるわけだな」

「ええ!」

 おそらくは何の根拠もないのであろう自信に溢れた態度で、ダイアナちゃんは胸を張る。悪魔はその様子に、少しだけ目元をやわらげた。

「そんなに自信があって調べたいなら、やってみればいい。アマゾンでもどこでも行って来い」

 ダイアナちゃんは「やった!」と飛び跳ねた。

「それじゃあお兄様、天使様、来週は空けておいてね!」

「はあ?」「ええ?」

 私も悪魔も同時に声を上げて驚愕を表現したが、ダイアナちゃんは全く意に介さず、朗らかに笑う。

「だって、私ひとりじゃ無理だし……何よりひとりで冒険したって、楽しくないもの! 考えてみたら、三人で旅行って行ったことないし」

「そりゃあ、ないだろ。なんで三人で旅行に行かなくちゃならないんだ」

 呆れ、と言うよりも困惑をあらわにして、悪魔は眉を顰める。おそらく、嫌なわけではないだろうけれども、あまりに唐突な提案にどうしたらいいか分からないのだろう。常に頭の回転が早く、何事にもすぐに対処する彼にしては珍しい動揺ぶりに、ちょっと面白くなってしまう。

「まあまあ、ラブ。確かに突然すぎてびっくりしてしまったけれど、ダイアナちゃんの言いたいことも分かるだろう。確かに、彼女ひとりでアマゾンの探検は厳しいよ。いくら魔法が使える使い魔だと言っても、彼女はそれ以前に、守られるべきか弱い女の子だ」

「か弱い?」

「か弱いわ」

 悪魔はまだ不服そうにしていたけれど、私とダイアナちゃんとでどうにか説得し、次の週には三人で出かけることに決めたのだった。南米アマゾン、その未開の森林へ。

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