新しい光(6)

 たどり着いた独居者向けの小さなアパートは、白く清潔な外観をしていた。天使が住むにはうってつけの物件だろう。使い魔に調べさせたところでは、あの悪魔の執着の対象である天使が、ここに住んでいるという。その天使が今日、仕事がなくて在宅であることも、あの悪魔が遠方に足をのばしていることも、確認済みだ。

 建物に近付いただけで、この中に天使がいることがわかるほど、周辺は清浄な空気で満ち溢れていた。おそらく並の悪魔では眩暈めまいに襲われて立っていることもできないだろう。エントランスに入って、指を鳴らす。その姿を借りるのさえいとわしいが、あの悪魔の外見に変身し、できる限り、魂の形も偽装する。もう一度指を鳴らして、すんなり開いたドアから、天使の居住階へ向かった。

「邪魔するぜ」

 魔法で解錠し、わたしはドアの隙間に身を滑り込ませた。ちょうど廊下に立っていた金髪碧眼の天使は、一瞬、ビクッと身を縮ませた……ように見えた。

「や、やあラブ。びっくりしたよ……連絡もなく突然来るから。掃除もちゃんとしていなくて、恥ずかしいな……」

 単に、突然の訪問に驚いているだけのようだった。わたしはさりげなく距離を保ちつつ、歩を進める。

「用事が早く終わったもんでな。……今日は休日なんだろう?」

「ああ。働きすぎだから、ちょっと休めって言われてね」

 ふふ、と笑うその顔は、どこからどう見ても、どこにでもいる、ただの天使だ。こんな平凡な存在のどこに、あの男は心を奪われたと言うのだろう。

 わたしがじっと見つめていたからか、天使は少し困ったように眉を寄せた。

「どうしたんだい? 怖い顔して」

「いや、久しぶりに顔を見られて嬉しくてな。……触れても?」

「あはは、面白いことを聞くね。もちろん、いいとも」

 ほら、と差し出された手を軽く握って、確かめる。触れた途端に手が燃え落ちるようなことにはならず、無事に触ることができた。

 これでもう、計画は達成できたも同然だ。

「…………ラブ?」

 不思議そうな声と、わたしが指を鳴らしたのは同時だった。一瞬で天使は眠りに落ち、わたしの腕の中に倒れ込む。契約さえ結んでしまえば、天使といえど、こんなものだ。思わず笑い出しそうになる口元を押さえ、わたしは天使の体を抱えた。

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