テディベアを抱きしめて

 天使の家は、冬でも人間の家のように暖かい。人間と同じように、暖房をつけているからだ。俺は家で暖房などは使わないが、天使の家にはグリーンがあるので、そのためなのだろう。そんな暖かい室内で、俺はコーヒーを、天使はホットココアを飲みながら談笑しているときだった。

 玄関の呼び出しブザーが鳴った。

「そうだ、今日届くという話だったのを忘れていた」

 弾むような足取りで立った天使は、やはり弾むように戻って来た。

「何だ? やけに嬉しそうだな」

「ああ、実は……」

 抱えていた段ボール箱から天使が取り出したのは、人間の赤ん坊ほどはあろうかというテディベアだった。明るいブラウンの短い毛がふわふわと、天使の白い手に触れている。人間の「可愛い」という感情と庇護欲を喚起するためのスマイルが、こちらに向けられた。

「天使サマ、それは……?」

 ふふ、と笑いながら、天使はそれを胸に抱きしめる。

「最近知ったんだが、この国の人間は、大人でもテディベアを大切にしているそうなんだ。中には、抱きしめて眠る者もいるとか。だから、買ってみたんだ」

 人間を知るために。

 相も変わらず勉強熱心な変わりものの天使は、満足げに笑う。

「よかったな、いいものを買えて。しかし、天使サマ。まさか、本当にそれを……」

「ああ、抱いて眠ってみようと思うよ」

 天使も悪魔も、基本的には、努力しないと眠ることはできない。人間に近づきたいから、人間の気持ちをよく知りたいからという、ただそれだけの理由で、こいつはそういう面倒なことをする。でも、だからこその、こいつなのだ。俺が愛したのは、……。

「今夜が楽しみだな」

 ぐっすり眠れるといいんだが、とテディベアに頬を寄せる、その様子があまりにも可愛らしく、俺は危うく、ぬいぐるみに嫉妬しそうになった。

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