ある使い魔のクリスマス

 クリスマスは毎年、家族で祝っていた。ママがおばあちゃまから習ったという伝統のケーキと、パパが買ってくるフライドチキン、それにポテトやサラダなんかを囲んで、綺麗に飾り付けたツリーを見ながら、暖かい部屋で過ごすのだ。ママもパパも普段忙しいのに、この日は仕事を絶対に入れず、私に用意したプレゼントを直接、手渡してくれる。私も、今はあまりお小遣いがなくて何も用意できないけれど、いつかアルバイトをして、ママパパに何かを贈るんだ。

 そう、思ってた。

 窓の外にちらほら降り始めた雪を見ていると、昨年までの楽しかった思い出が蘇ってきて、鼻の奥がツンとする。

 お兄様の使い魔になって初めて、私は奇跡も魔法も受け付けない特異体質なのだと報された。お兄様は、そういう特殊な体質が役に立つと思ったから契約したんだとか言っていたけれど、多分、それだけじゃないと思う。あのお美しい天使様に似ているというのは、きっと本当だろうけれど、……お兄様は自分でも気がついていない優しさを持っているんだと、私は思う。悪魔に優しさなんて、とお兄様は言うだろうし、他の使い魔の皆にも言うことはできないけれど……あの天使様なら、きっと分かってくれるだろう。

 とは言え、お兄様の優しさは、限定的なものでしかないだろうというのも分かっている。使い魔になってから周りの皆に教わった悪魔としての仕事は、残酷だし、非道だ。そもそも、ママパパを襲ってなり替わったのも、お兄様の仲間の悪魔だと言うのだから。「お前にそんな仕事はできないに決まっているから、させたりしない」と、お兄様は言ってくれたし、そういうところも、やっぱり優しいと思うのだけど。

 そんな悪魔の仲間になったので、クリスマスを祝うなんてことはできそうにない。私自身は特異体質を持ったままのようで、クリスマスに浮かれた街の中を歩いたとしても、他の皆のようにダメージを負ったりはしない。自分自身で使う魔法以外、私に作用する霊的な力は存在しないのだとか。だから、ひとり部屋の中でクリスマスを祝う分には、問題ない。ただ、……そんな気になれないだけ。

 ひとりでツリーを飾っても、ひとりでケーキやご馳走を食べても、それはクリスマスじゃない。プレゼントだって、誰からも贈られることはない。

「あーあ、つまんないの」

 クリスマスを祝うどころか嫌がる悪魔は、この日は大人しくしているらしい。使い魔の皆も、一日の休みをもらって各自の棲み家に引っ込んでしまった。お兄様はひとりで引きこもって過ごすと言っていたし、邪魔するわけにもいかない。私は部屋で、昔よくママに読んでもらった絵本を取り出して眺めるばかり。サンタが、悪いことばかりする男の子にもプレゼントを置いていく話が気に入って、何度もママにせがんだっけ。そういえばクリスマスには、パパがサンタの格好で、眠っている私を起こして笑わせてくれたこともあった。

 ああ、あの頃は本当に。

「ママ……、パパ……」

 プレゼントの袋を抱えたサンタの絵が滲む。揺らいでぼやけて、やがてそのまま他のいろんなものと一緒くたになって、幸せだった、かつてのクリスマスの夢が始まった。


 誰かにそっと肩を揺らされて、目が覚めた。ベッドの上で、絵本を腕の下に敷いたまま眠っていたみたいだった。窓の外は、もう暗くなり始めている。雪が止まずに続いている。

「ダイアナ、起きたな」

「……お兄様?」

 ベッドの横に立っていたのは、お兄様だった。いつ見ても、どんな俳優より格好いい。でも、どうして私の部屋にいるんだろう。目をこすりながら起き上がると、お兄様の隣に、もうひとり立っているのに気がついた。白くて、金色に輝いていて、お美しい、天使様。

「天使様!?」

 慌てて髪の毛を整えて、ベッドの上に座り直す。

「ど、どうして二人とも私の部屋に?」

 焦りながら尋ねると、お兄様がちょっと笑う。うーん、やっぱり格好いい。悪魔なんてやめて芸能人になればいいのに。

「今日は一日引きこもって過ごそうと思っていたんだが、エンジェルに連れ出されてな。あちこち回って、色々お土産を調達してきたから……」

「ダイアナちゃんも一緒に食べたら楽しいんじゃないかなって思ったんだ。どうかな」

 お兄様の後を、天使様が引き継いで、私ににっこり笑いかける。その神聖さにドギマギする胸が、暖かくなるのが分かった。

「私が? お兄様と天使様と一緒に、クリスマスを?」

「うん。ダイアナちゃんさえ、嫌じゃなければ」

「で、でも……二人の邪魔に……」

 クリスマスを恋人と二人きりで過ごす人たちがたくさんいることくらい、私だって分かってる。私くらいの年頃だと家族で過ごすのが当たり前だけれど、二人はそうじゃない。それに、何より、二人は私の家族では。

 けれど、お兄様が「あのな」と口を開いた。

「俺たちはクリスマスだろうがそうじゃなかろうが関係なしに、いつだって二人きりで過ごせるんだ。変な気を回さなくていい」

「それに、ダイアナちゃんは元人間だろう? ここでは一緒にクリスマスを祝う相手もいないんじゃないのかな。一度、ゆっくりお話ししてみたかったし、ね、いいだろう」

 やっぱり、お兄様は優しい。天使様も、もちろん、お優しい。二人の気持ちが嬉しくて、胸の奥の暖かなものが、瞼を通して溢れ出た。

「だ、ダイアナ? 何を泣いて……ああ、子供っていうのは訳が分からん」

「こら、ラブ、そんなことを言うもんじゃない」

 二人の掛け合いが面白くて、私は泣きながら笑う。困り果てたような顔のお兄様と、全て分かっていると言う様に微笑む天使様に、頷いて見せた。

「一緒に、お祝いさせて欲しいわ」


 いつの間に飾り付けたのか、天井につくほど高くて立派なクリスマスツリーが、黒一色の部屋に立っていた。机の上には「調達した」と言うチキンやローストビーフ、カナッペやプローンカクテルが並んでいる。ターキーもある。

「ああ、ターキーは帰宅してから俺が作った。多分、美味いぞ」

「さすがお兄様!」

「ケーキは、紅茶の美味しいお店で買ったからね。メインをいただいてから、切り分けるとしよう」

「はい、天使様」

 向かい合って座る二人の間に、椅子を置いて座る。天使と悪魔に、元人間の使い魔なんて、なんてヘンテコ。ヘンテコなのに、ママパパと一緒に囲んだ食卓が、重なって見える。

「ああ、そうだ、ダイアナ。食べる前に、これを」

 お兄様が思い出したように、パチンと指を鳴らす。私の腕の中に、赤いリボンで包装された包みが出現する。

「プレゼントだ。メリークリスマス、ダイアナ」

「二人で選んだんだよ。メリークリスマス、ダイアナちゃん」

 珍しく表情いっぱいに笑みを湛えたお兄様と、柔らかく笑う天使様。私はまた零れそうになる涙を抑えて、二人に笑顔を向けた。これ以上ないほどの、感謝を込めて。

「お兄様、天使様、メリークリスマス!」

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