treat and treat.

 人間たちが寒さに体を震わせる季節が近づいてきた。月末のイベントに合わせて天使を誘ったのだが、とても申し訳なさそうな声で断られてしまった。電話越しでも、あいつがすまなそうにしているのが目に見える。

「その日はほら、ハロウィンだろう。人間の知り合いの店で、子供向けの催しの手伝いをしなくてはいけないんだ……本当に済まない」

 あいつに関わりそうな用事やイベントごとは全てチェックしているつもりだったが、どうやら俺の情報に漏れがあったようだ。大きなため息をつきたい気持ちをこらえて、努めて明るい声を絞り出す。

「タイミングが悪かったみたいで、こちらこそ申し訳ない。また、近いうちに誘わせてくれ」

「ああ、是非お願いするよ。何か埋め合わせをさせてくれ。それじゃあ」

 電話が切れる。俺はスマートフォンを放り出して、椅子に深く座り直した。否、そのままずるずると下に滑り落ちていく。

「お、お兄様……大丈夫?」

 いつの間にか側に現れていたらしいダイアナの声に、我に返る。眩い金髪のツインテールを揺らして、青く大きな瞳が俺を心配そうに見つめていた。

「大丈夫だ。俺が大丈夫じゃないように見えるのか」

「見えるわ」

 即答され、俺は黙って再び座り直した。今度はもう、滑り落ちはしない。腹に力を入れないと危ないが。

「ところでお兄様、前に頼まれていた雑用だけれど……」

「ああ、あれはもういい。お前が全部食べていいぞ」

 ダイアナには菓子を用意させていたのだが、天使が来られないのでは意味がない。一緒に人間の行事を楽しんでみようかと思っていたのだが……。

 俺の様子に、ダイアナは「あらあら」と首を振った。

「お兄様、よっぽどショックなことがあったみたいね。あの、お美しい天使様に振られでもしたの?」

「振られるわけがない。でも、そうだな……ああ、振られたようなものだ」

 言いながら、自分の言葉に落ち込む。そうして俺が軽い自閉モードに陥っている間に、ダイアナは他の使い魔から事情を聞いたらしい。数分後、楽しそうな顔でテーブルに菓子を並べ始めた。

「落ち込んでいるお兄様の前で菓子を食べるか……」

「いいえ、お兄様。私、お兄様のために考えてみたの。天使様が来られないのなら、お兄様がそこに行けばいいのよ」

「でも、あいつは人間の手伝いに……」

 ダイアナは困ったような顔で、俺を見た。

「お兄様って本当に、あの天使様のことになったら別人なのね。別に、その店のことなんて構わないで、天使様と一緒に参加しちゃえばいいだけの話だわ」

 俺は、呆気に取られて、天使に似た、けれども天使とはやはり違う少女の顔を見つめた。

「ダイアナ、お前……いつの間に、そんなに悪魔らしくなったんだ?」

「お兄様の使い魔だもの、当たり前よ」

 やけに嬉しそうに、ダイアナは笑った。


 ハロウィン当日、俺は天使と並んで、小さな書店の店先に陣取った。この国のハロウィンはあくまで子供が主役なので、天使も俺も、特に仮装などはしない。ただ、書店の主人の要請で、胸元にカボチャのバッジを付けさせられたのには閉口した。しかし、天使とともに過ごせるのだから、文句など言う気にはならない。

「まさかお前も、ここの主人と懇意だったなんてね。ふふ、奇跡的な偶然だな」

 子供に配る菓子が入ったカラフルなケースを運びながら、天使が嬉しそうに言う。俺も持参した菓子を足下に広げつつ答える。

「ああ。お前に振られてから、連絡が入ってな。まさか同じ書店だったとは」

 天使は俺の言葉をまったく疑わず、にこにこと準備を進める。夕暮れの赤い光がどんどん小さくなり、あちらこちらから子供たちの元気な声が響き始めた。

「トリックオアトリート!」

 すぐ後ろから聞こえた声に振り返ると、作り物の悪魔の耳と尻尾を付けた、ダイアナが立っていた。今日は夜から外出許可を出していたのを、すっかり忘れていた。俺の後ろから、天使が楽しそうに声を上げる。

「おや、君はたしかダイアナちゃんだったね。耳と尻尾、ぴったり似合っているよ」

 天使の言葉に照れながら、ダイアナはその場でくるりとターンした。赤いスカートがひらひら揺れる。背中にも、小さな翼の飾りを付けているのが分かった。

「えへへ。見て見て、お兄様。この翼もキュートでしょう」

「ああ。しかし翼ならそんな物付けなくても、自前ので十分だろう」

 ダイアナには、小さいながらも立派な黒い羽根が付いているはずだ。しかしダイアナは、ぷうと頰を膨らませた。

「そういう問題じゃないの」

「あはは。まあ、人間の前で正体を表すわけにもいかないだろう。さあダイアナちゃん、好きなお菓子を選んで」

「わあ! 天使様、ありがとうございます」

 天使に差し出されたロリポップを早速、口に含んで、ダイアナは上機嫌になって去って行く。

「あの調子だと、あいつの部屋は今晩、菓子だらけになるな」

「ふふ。お前のところには可愛い使い魔がたくさんいていいな。ダイアナちゃんも、楽しそうでよかった」

 ダイアナの後ろ姿を見送る青い瞳には、慈愛の光が満ちている。悪魔と契約して使い魔になった、元人間の少女、なんてものにまで、そんな眼差しを向ける天使は他にいまい。

「さあ、ラブ。これからが本番だ。たくさんの子供たちが笑顔になれるよう、頑張ろう」

「ああ、そうだな」

 正直言って子供の笑顔なんざどうでもいいのだが、張り切る天使は微笑ましい。天使とともに書店を手伝うという提案をしたダイアナに感謝していると、「ところで……」という声がした。見ると天使は、先ほどダイアナが付けていたような悪魔の耳と尻尾を付けて、俺を見上げていた。

「子供たちが来る前に、私も言っておこうかなと思って。トリックオアトリート!」

 あまりに神聖すぎる悪魔姿と笑顔に、俺の意識はそこで途切れた。

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