2.未知的友情

 毎朝予鈴までの短い時間で、ハロルとリベルダは懲りずにキャットファイトを繰り広げている。喧嘩と呼べるほど乱暴でもなく、会話と呼べるほど協調もない。いつも絶妙な言い合いをしている。しかし、そこに冷たさは感じられなかった。

「お前、目立ちすぎなんだよ。だから俺に止められんの。ちょっとは隠せねぇの?」

「ふむ、考えてこなかったな……意図せず目立ってしまうんだ」

「うわっ、嫌味かよ」

「目立ったところで良いことは無いぞ」

「はいはい」

 至極真っ当、という顔をしたリベルダをハロルは適当にあしらった。ハロルは目立つことの利点も、目立たないことの利点も分かっているつもりだ。リベルダの目立つは少し度を超えているが……。

「いいか? 目立たないっていうのは、自然でいることなんだ。下手に息を殺したり、足音を消そうとすれば、不自然さで気づくんだよ。あくまでいつも通り、堂々としていれば良い」

「……ハロル、教えてるじゃん」

 黙って見ていたカリレが口を挟んだ。それを聞いたリベルダは合点がいった顔で言った。

「ありがとう、ハロル・ロイツェ」

「違う! これは、リベルダ・アルダムが単調な攻撃をしてくるから、退屈で! 俺のためであって、コイツのためじゃ……!」

 ハロルはうろたえながら抗議している。尻すぼみになっていき、最後はもごもごと聞こえなくなっていた。

「で、二人はいつまでその呼び方なんだ?」

 取り合う気も無いカリレが別の話題を挙げた。

 何故かこの二人は互いをフルネームで呼び合っている。毎度毎度そんな風に呼んで疲れないのかと、カリレは思っていた。

「確かに、それもそうですね」

「あ、あぁ……そうだな」

 話を横に置いておかれたハロルも、不服そうに賛成した。そして少し考える素振りをし、口を開いた。

「じゃあ……」

「リーベ」「ハロル」

 提案する声が揃った。すかさずリベルダが突っ込む。

「おい、なんだリーベとは」

「呼びやすいだろ。お前こそ、俺に教えを乞う側なのにファーストネームで呼ぶのか?」

「当たり前だ。同い年なんだぞ」

 小さな言い合いを生みつつも、どちらも本気で嫌がるようなことはないようで、丸く収まっていた。ハロルは友人を愛称で呼ぶなど初めてだろう。少し喜ぶ顔を抑えているようでもある。

「まぁいい。確かに俺は教わる側だからな、愛称くらい許そう。特別だぞ? ハロル」

 身長差があるため、視線を合わせようと腰を折って言った。視線を、といっても実際に合う訳ではないが、リベルダは事ある毎にハロルと目を合わせようとする。相手の目をしっかりと見て話すことが癖になっており、それはハロルも例外ではなかった。

 それに対し、ハロルは新鮮に驚く。偉そうながらも、特別だと名前を呼ばれるのは、誰だってドキッとしてしまう。友人とはこういうものなのか、リベルダが異端なのかは、比較対象がいないためハロルには分からなかった。

「なんだ、俺のこと大好きかよ」

「ふむ……そうだな……」

 冗談で言ったつもりの言葉が存外真剣に受け取られてしまう。リベルダは基本的に真面目な人だ。礼儀も思慮も持ち合わせている。少し強引な行動も、こういった真摯さが地にあるため、許されてしまうのだろう。

 しかし、今回は例外かもしれない。

「確かに、お前が好きかもしれん」

「はぁ!? 冗談だよな」

「今思えば、あれは一目惚れだったな」

「まっ……」

 初めてリベルダに一本取られた。どれだけ奇襲を仕掛けられても止めてきたが、それを許してしまう。

 人差し指一本で顎を持ち上げられ、上を向かされた。

「俺の恋人になれ、ハロル」

「はぁぁぁ!?」

 リベルダは堂々とフィクションのようなセリフを口にした。朝日を浴びながら、キラキラと。絵画のような一枚で、見る者は惹かれてしまうだろう。けれども、ハロルには関係のない話だ。

 同性婚は可能だ。それに対する偏見も無い。ハロルの住む小さな町にも住んでいたはずだ。はず、という緩やかな認知は、特に意識していないからである。

 ハロルにはただただ、コイツ何言ってるんだ、という感情があった。

 ちなみにカリレは目の前で弟のような存在が口説かれているのを、あっけらかんとして見ている。

「もしかしてお前馬鹿か!?」

「断じて違う。俺は成績も良い」

「自分で言うなよ……というか! それなら分かるだろ!? それは恋じゃない!」

「何故そうだと分かる? ハロルは誰かに恋をしているのか?」

「なっ、それは、してないけど……」

 ハロルは恋愛というものをしたことがない。しかし、常識というものは備わっている。この状況で愛を伝えるのはおかしいと、流石に理解できる。そういう話をしているのだが、リベルダには伝わっていない。

「なら構わないだろう」

「構うわ!」

 既視感のある会話に頭を抱えそうになりながら、ハロルは叫んだ。しかしその叫びと共に、予鈴が鳴り出した。

「もう時間か。愛しい者を口説いているのに、不躾だな」

 軽々とそんなことを言いながら、慣れた手つきで魔法を使う。毎日ギリギリまで旧校舎に居たがるため、結局魔法で滑って戻ることになっている。

「ではハロル、明日も会おう」

 リベルダはハロルの短い髪を撫で、そのままその手を挙げて去っていった。

「な、なに、アイツ……」

 振り回されたハロルは、パニックで泣きそうになりながら、少しだけリベルダと関わったことを後悔した。





「ハロル、おはよう。今日も愛している」

「そうかよ……」

 悔しながら、慣れてしまった。

 口癖のように日々囁かれてしまえば、案外慣れるものらしい。それに効果や意味はあるのかと甚だ疑問だが、リベルダは何故か満足そうだ。

「つれないな」

「興味無いんでね」

 そこまで長く続くものでもないだろうと、ハロルは踏んでいた。一時の感情、流行りか何かで、すぐに飽きられるだろう。それには慣れている。

 リベルダを躱しながら、石畳の通りを歩んでいると、風に乗って声が聞こえた。

「ねぇ、あれ、例の子じゃない?」

「えっ……やだ、本当だわ」

「黒魔法しか使えないんでしょう? こわぁい」

「ちょっと、聞こえちゃうわよ」

 リベルダは学内、そして貴族階級や魔法使いの中での有名人だが、ハロルはこの国全体での有名人だ。一歩学外へ出ると、ハロルの方が目立ったりもする。

 括りとしては神童に入るだろうか。ハロル自身が物心もつかない頃に有名になり、物心もつかない間に飽きられた。新聞にネタとして消費されたことがある。だからこそ学校も行かず、ロイツェ家を中心とした近所の人で教育を行い、育ててきた。もう誰からも搾取されないためだ。

 しかし、忘れられていたとはいえ、目の前に現れれば思い出す。なので今でもすれ違う人に覚えられていることがある。目隠しに杖は、なかなか分かりやすい。

 平民が多く歩いている繁華街も、朝は店の開店準備で忙しく、ハロルが居ても誰も見向きしない。だが、それも絶対ではない。一年に何度かは注目する人がいる。たまたまそれが今だっただけだ。

「おい、ハロル」

「やめろリーベ、あんな脳内お花畑には何を言っても分からねぇよ」

 わざと声を大きくしながら言った。リベルダが知っている口振りだ。

「人は知らないことを恐れるんだよ。無知を晒してるんだ」

 言わせておけばいいさ、そう唱えながらも、口調はとびきり煽っている。二人が出会った時もそうだった。ハロルの高慢な声は、いつだって高らかに響く。

「想像には知識が足りない。目に見えるものだけじゃハリボテだ。せっかくご立派な瞳があるんだ、勿体ないだろ」

 ハロルは胸を張った。

 彼が信じるのはいつだって理論だ。それは核心であり、核心に辿り着く術もそれだ。正しい知識の構築と、ひたむきな実践。誠実に、着実に、積み重ねていく。それが一番の近道だと教わってきた。真面目な生き方をしてきたロイツェの人々から、というのが、ハロルにとって何よりの確証だった。

「ハロル…………」

 リベルダはじっとハロルを見つめた。

「さすがは俺が愛したハロルだ! やはり好ましい!」

「……俺はお前に対しても言ったんだがな……」

「俺は戦って気づくことができたから問題無い。自分が経験していないことは信じない主義なんだ」

 リベルダには才能があるが、それに見合う努力も欠かさない。魔法で生み出した水を掴むだけでも世紀の大発見だが、それに満足せず、細かい調整や応用的な使い方まで可能にした。

 彼が強い人と戦いたがるのも、新たな戦法や利用方法を見つけ、さらに精度を高めたいからだ。徹底した実践主義である。

「自ら動いていない者など気にする必要はない。確かにハロルの言う通りだ」

「意外だ。お前みたいな恵まれた人には分からないかと思ってた」

「あぁ、俺は有難いことに恵まれている。だがそれに甘んじていれば、いつかは取って食われる」

「気が合うな」

 ハロルはニヤリと笑った。

「……だからこそ……だからこそだ! 俺と恋人になるべきだハロル!」

「そう来たか……」

 奇襲とは名ばかりに、抱きしめようとしてくるリベルダを、ハロルは軽々と跳ね除けた。噂話に花を咲かせていた人らなど、もう気にもならない。

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