中傷〈異世界ファンタジー〉

   注意‼️ ⚠️決してお食事中には読まないで下さい。

       に抵抗ある方は必ずスルーして下さい! 

       自己責任でお願い致します。m(__)m




───ちょっと家康さん、もとい松平支店長、うんこ漏らした?


 私はもう臭いのに我慢出来なくなって、何度も聞こうと思った。


「仁美さん、悪い、俺もう耐えきれないから帰る!」マサルはどこへ帰るのか何も言わないで鼻をつまむと、一瞬で姿を消した。


 やだ、私、松平支店長と二人きりなんですけど。この状況決してロマンチックじゃないよね。


 白馬に乗ってるのは、餅屋のババアとうんこ漏らしの顔でかオヤジだ。


「おしりょまでどのくらひなにょ?」「あと少しだら。ババア、ここで降りろ」


 家康が馬に鞭して歩を止める。こんな所で降ろされてもどうしたらいいか分からないんですけど。私は馬の腹を蹴って走らせた。


「ババア、いや仁美くん、天下の家康様が城に入るんだよ。ババアなんかと一緒じゃ笑われちゃうんだけど」松平支店長の声が風でかき消されるが、ババアだけははっきりと聞こえた。


「わざと言ってるでひょ。おりないから」私は振り落とされないように支店長の腹にしがみついた。ババアとは思えない力だ。これって異世界能力ですか!


「仁美くーん、お願いだから……」お腹押されたらなんかまずいのかな。支店長が涙声で懇願するのを、私はたっぷり楽しんだ。臭さが目にしみる。



───なんとか浜松城に到着。


「殿が無事にお帰りになられました」城の中に入ると家臣や女たちが騒ぎ始めた。このままお城見学していこう。白馬から降りないでいる私に、


「おい、誰かこの汚いババアをつまみ出せ!」家康が家来に命令した。


 それはないよね、松平支店長さん。人の店で無銭飲食したくせに、お金だって投げたよね。拾えって投げたよね? 犬じゃないんだからさ、私。カチン。



 そうだ! 私は家康の弱みを握っている。頭きたから言っちゃおうかな。


「皆のもにょ、よく聞け! あんたらの殿様は自分勝手で、傲慢で、そのうえうんこ漏らしでーす!」


 馬に乗ったまま叫んでやった。言葉が通じたのか、白馬はヒヒーンといななき、背中をブルっと振るわせる。白い毛が茶色になってなければいいけどね。


 城の者はシーン。大声でうんこって叫んだ私、浮いてるよね。


 松平支店長だけがもうこれ以上言わないでってイヤイヤをする。その顔を見てたら……もう一回叫びたくなっちゃった。ジジイ手作りの入れ歯装着。


「家康様は武田軍が怖くて脱糞しちゃいました。みなさん聞いて下さい。これから天下人になるお方、徳川家康さまは脱糞しちゃいました」


 脱糞で通じたようだ。女衆はキャー。家臣たちは咳払い。松平支店長は?


「なっ、何を言っておる! これは味噌じゃ。味噌である」


 顔を真っ赤にして反撃してきた。味噌ですか? 味噌がこんな匂いしますか? 松平支店長に仕返しするチャンスが到来した。アイデアを盗まれた恨み、鰻重でもてなさなかった恨み、今こそ晴らそうぞ!


「糞と味噌は違うんだよー!」


 私は思いっきり叫んで……気を失った。




 令和三年 12月22日 すみれ割烹風居酒屋


「仁美先輩起きて下さい。大丈夫ですか?……お帰りなさい」

聞き慣れた声が聞こえて目を開けると、シンヤくんが心配そうに私を見つめている。


「お帰りなさい? って事は元に戻ったんだね。ふうー、はっ!」


 手を見る。ババアじゃない。顔を擦る。つるってする。胸は小さいが垂れていない。餅屋のババアの身体から出られたんだ! 現代に戻ってきた事に安堵。


「ねぇ、憑依だけど普通に戻れるの?」生身の身体を不思議に思って、私は白尾くんに聞いた。ゲームですから戻れますよと笑顔で答えてくれる。


「仁美部長、お疲れ様でした。異世界でストレス発散出来てよかったですね。

もう松平支店長に対してスッキリしたでしょ」シンヤ君も嬉しそうだ。


「しましたとも。あ、転移したマサルも帰って来てる? いい仕事したのよ。そっか、あなたたち、異世界での事全部見て知ってたよね。この新企画いいね。私が責任を持って会長に白尾くんと小粥おがいくんのアイデアだって伝えるね。松平支店長に盗まれたら最悪だからね。で、彼はまだ帰ってきてないの? ヤバっ」


 ババアの身体から解放された私は、嬉しくて一気に話した。


「ひっ、ひどいじゃないですか、仁美部長。松平支店長は脱糞をバラされて落ち込んで、トイレにこもってます。仁美部長がした事は中傷です! 悪意があってみんなに広めたんですよ。このあと、城下町にも広がったんです」


 小粥くんがプルプルしてる。私に怒ってる? えっ、けど待って、おかしくない? 「徳川家康脱糞説」って現代に伝わる逸話でしょう。逃げ帰った惨めな姿を絵にしたんでしょ? 私のせいじゃないよね? 歴史変えてないよね?


「僕は徳川家康さまに感謝しています。うんこ漏らしかもしれないけど、僕の先祖に苗字を与えて下さったのは徳川家康さまなんです」小粥くんが力説した。割愛


 敗走中、お粥を振る舞ったババアの家にはを、馬の尾が見えてると教えてくれた農民にはという苗字をお礼に与えたという。


 家康様は感謝の念の厚い方で、農民にも愛があったという事実は、脱糞事件で忘れられてしまったと白尾くんも言う。さらに力説し、最後にこう言った。


「仁美部長、もう一つ真実をお伝えしますね。このお店はどこにあると思います? 餅屋のババアの茶店があった場所なんです。地名は家康さまが食べた餅の名前から「小豆餅あずきもち」っていいます。それで仁美部長がワープした場所は「銭取ぜにとり」って呼ばれてるんですよ」


 執念でお金を貰いに行ったババアすごいよね。いや感心している場合じゃない。私が黙っていれば、脱糞事件が今日まで語り継がれる事はなかったんだ。


「……仁美くん、君は悪くないよ。お腹の弱い私が、転生しなければよかったんだ。いや、もっと遡れば仁美くんに嫌味を言ってきた私が悪いんだ。もっと優しい言葉をかけてきていれば、仁美くんに恨まれる事もなかった……」


 トイレにいるはずだと思っていた松平支店長が、半泣きで私に謝った。


「僕たちは、ずっと松平支店長の味方です。支店長のおかげで、新企画のアイデアが浮かびました。三人の共同企画にしましょう」頭を下げる支店長に白尾くんが抱きついている。小粥くんもそうです、そうですと二人に和した。


───なんか私、一人で悪者になってるような気がするんですけど。になってはいけないんだね。中傷は人の人生まで変えちゃうんだね。反省。


「仁美先輩、先輩の味方はスモールG商事のみんなですよ」シンヤ君が優しく頭を撫でてくれる。マサルももう一度乾杯だと、焼酎を水で割り、竹刀でかき回す。


 異世界に行ったおかげで、私は大切なことを教えられ、大切な存在に気づく。私の仕事は最高だ。小さいオジさん族だけじゃない。社員はみんな夢を持つ仲間たちなんだ。松平支店長の事がほんの少し好きになった。


 帰り際、支店長はそわそわと近づいてきた。タクシーに乗り込む私に言う。


 「仁美くん、これ良かったらお土産です。寂しい夜に食べてね」


 うん、まだ松平支店長一言多いよね。人間そんな簡単に変わらないよね。鰻じゃないけどね。でも嬉しい。


 私は浜松銘菓「夜のお菓子うなぎパイ」を笑顔で受け取った。



『まきがなければ火は消える……中傷する人は親友たちを引き離す」16:28


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る