奴隷になるな! 現代ファンタジー

「こんな所にいたんだ! ワタル、あんた何してんのよ!」


 茜色に照らされた木の枝に十センチくらいの物体が張り付いている。ワタルだと確認したミナは大声をあげた。ピンクのジャージを着たその物体の後頭部は薄い。ミナは枝から剥がし取り、その物体の頭頂部を確認する。バーコードだ、ワタルに間違いない。


「何をする! シッ、静かにしておくれやす。今からいいもん始まるやさかい」


 ワタルはミナに摘まれたまま、毛が生えた短い指でお堂を指すと、ジャージのポケットからよっこらしょとゴムを取り出してミナに渡した。ワタルのポケットから出てくるゴムは一つしかない。


「あんさん、これあの二人に渡してきておくれやす。あのお堂で乳繰り合ってる最中やさかいに。わし、望まない妊娠撲滅運動してますのや」


 ワタルはスモールG商事で企画賞を貰ってから、さらに調子に乗って活動に専念しているのだ。ミナはゴムをじっと見て、


「ねえ、これ、使用済みなんじゃないの! あっ、綿菓子入れたでしょ?」ワタルに渡されたゴムはベタベタしている。何でも入れる癖は変わっていない。


 今夜は夏祭りだ。ミナは小さいオジさん族のパートナーワタルにせがまれて色々買ってあげたのに、ちょっと目を離した隙にいなくなった。こんなこともあろうかとワタルのジャージにGPSを付けておいて正解だった。


 案の定ワタルは他人のエッチを観賞していた。相変わらず悪趣味だ。


「おい、タカ、てめえ、こんな所に隠れやがって! どこやった」


 お堂の方からドスのきいた声がした。乳繰り合ってる最中を邪魔されて、きっと喧嘩になるんじゃないの。ミナは怖くてワタルを掴んで肩に乗せ、気付かれないようにそおっと後ずさる。巻き込まれるなんて冗談じゃない。


「あんさん、タカさんを助けてあげておくんなまし」

 似非関西弁でワタルがミナに命令する。


「タカって誰よ、全く知らない人の事助ける筋合いないんですけど。ワタルは馬鹿なのかな。もう花火が打ち上がる時間だから行くわよ!」


「さっきたい焼き買いましたやろ、そこのあんちゃんや。あんさん、一つおまけしてもろてましたやん。いいでっか、わしが助け舟だすやさかい」


 ワタルはミナにそう言うと、声を人間モードに切り替えた。

「そこのオッさん、弱いもんイジメはよくないでっせ」


 馬鹿なのかな、ワタル。怒鳴っていた男がこっちに向かって来るんですけど。


「おい、姉ちゃん、何か文句あるのか!」今どきパンチパーマの、いかにもあっち系の男が怒りの矛先をミナに変えた。ミナは怖くて震える。男はミナにうるせえと一言脅してからまたお堂の方へ向かう。


「おい、そこの弁当持ち、叩きで追われてるんだろ!今度捕まったらションベン刑じゃ済まないぞ! お前が絵を描いた事はめくれてるんだ! 観念しろ!」


 ワタルが人間モードの声で男に向かって言う。今度は標準語だ。いや隠語だ。やれば出来るじゃない。いや黙って。ミナは肩の上のワタルの口を塞いだ。なんなら、ゴムを被せてもいい。


「ワタル、黙って! てか何言ってるのよう、あの男弁当なんて持ってないし!」


 ───バン 何の音? 花火の音? まさか! ミナは焦る。

 

「あんさん、早く警察に電話しておくんなまし。あと救急車も呼んで。あの男、タカさんを撃ったやさかい。まさか弁当持ちでチャカ持ってるとは!」


 だから弁当なんて持ってないよ! いやそれどころじゃない。救急車だよ。ミナは慌ててバッグから携帯を取り出す。とんでもない事に巻き込まれた。


「タカ、お前、裏切りやがって! 落とし前つけろや!」


 男がタカに狙いを定め、引き金を引いている。絶体絶命だ。ミナはパニックに陥る。救急車より先に警察に電話しなきゃいけない。ワタルどうする?!


───パン さっき聞いよりも乾いた音がした。


「……くっ、くせー! 何だこれは! 目が目が痛えよー」


 大の男が催涙ガスを浴びたように目頭を押さえて、地べたを這い回っている。


 ミナは怖かったが、足元に飛んできた拳銃を拾い上げた。


「なっ、なにこれー、先っぽにゴムが、ゴムが!」


 ワタルの仕業に違いない。小さいオジさん族は瞬間移動ができる。あの一瞬でパンチパーマの肩に飛び移り、拳銃にゴムを被せて、得意技をやったのだ。


「ワタル、あんたまさか、やったでしょ?」 ミナは戻ってきたワタルに聞いた。


「ぶちかましてやりやした。タカさんを救う為や。攻撃を久しぶりに浴びせてやったやさかい。さっ、警察が来ましたで」


 

 警察が男を逮捕し、タカは救急車で運ばれていった。



「ワタル、あんた何か隠してるでしょ!全部吐きなさい」


 お堂からはタカと乳繰り合っていた女など出てこなかった。ミナはワタルを問い詰める。


「わしな、カケル長老から違う仕事を任されるようになったやさかい。わし、妖精やな、しかも優秀や。聞いて驚くな、わし麻薬捜査官に任命されてもうた。パンチパーマの男は不良や。弁当持ち、つまり執行猶予中にもかかわらず、また罪を犯すとこやった。タカはいいように利用されてた。組から金借りてたしな。けどな、更生したいちゅう事で、スモールG警察に連絡入れて来よった。組を裏切ったちゅう事や。もう組の奴隷はまっぴらだと、漢になったちゅう事や!」


 ただの小さいオジさん、ワタルが今度は犯罪を取り締まるようになったという。すごい、凄いよ、ワタル。また人間のために働くんだね。ミナはワタルの乱れたバーコード頭を整えた。


 「ワタルと申しやす!2」ワタル、刑事になったよ。より抜粋。


『契約の握手を避けるなら安全である』11:15

『借りる人は貸す人の奴隷となる』22:7








 


 



 


 

 


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