アリ 〈SF〉
響き渡るサイレンでエヌは飛び起きた。二ヶ月間にわたる研究の成果があと数日で出る事を期待し、見逃すまいと研究棟に泊まりこんだ三日目の夜だった。
「何事だ!」エヌはけたたましい音の中、助手を見つけ叫んだ。
「先生、女王蟻が、女王蟻の姿がどこにもありません!」
助手が血相を変えてエヌに報告する。
「産卵間近の女王蟻がいないだと!」エヌは早く見つけるんだと助手に命令し、地下にある研究室に向かった。
───必ずこのプロジェクトは成功させなければならない。
エヌは白衣に袖を通し、ガラスケースを覗く。容積八立方メートルほどに一万はいるだろうか。黒土の入ったガラスケースは四方八方から観察する事が出来る。穴は十箇所あり、部屋は二十ある。
エヌはデスクの上のパソコンを開きSUNと打ち込む。するとガラスケースの上部に光りが当たる。しばらくすると、一万の個体がゾワゾワと動き出した。
「先生、遅くなりました。ご報告申し上げます。逃げ出した女王蟻ですが、捕獲しました。今、別のガラスケースに移し餌を与えています。近いうちに新しいコロニーが誕生すると思われます」
「おお、良かった。傷などないかね?」
「大丈夫です。少し興奮していましたが、餌を食べると落ち着きました」
助手の報告にうむと頷いて、エヌはコーヒーを煎れる。二つ目のコロニーが誕生するのだ。喜ばずにはいられない。エヌは助手にもコーヒーを渡した。
「エス君、私の研究が成功するのは君のおかげでもあるのだよ。蟻に目をつけた君は優秀だ。特にハキリアリの勤勉さは最高だ」
「ありがとうございます。ハキリアリは菌類培養に長けております。巣の中の湿度と温度を理想的な状態に保ち、生産物が腐敗する前に外に運び出す能力もあります。こちらとしては、菌類と肥料となる葉を用意するだけでいいのかと存じます。ただ、定期的にタンパク質の補充も必要ですが……」
助手は褒められた事に気を良くし、ガラスケースの蓋を開け、いつもより多めの餌を入れた。
その匂いに反応したのか、キリギリスやスズメ蜂はすぐに黒い塊に埋もれ。姿形は跡形もなく消えた。
「……グンタイアリの遺伝子も入っています。トカゲや蛇に針を刺し、ドロドロに溶かす毒の成分もこれからの研究材料にしたいと思います」
黒い悪魔と恐れられているグンタイアリの遺伝子なのか、黒い塊は。瞬く間に十匹ほどの蛇に群がり、蛇の動きを封じた。
「その毒があれば、生き残った人間たちをもっと減らす事が出来るな。その事も科学庁に報告しておこう。アリの遺伝子を人間に打ち、アントヒューマンにするこの一大プロジェクトの成功はもうすぐだ!」
───人間は愚かだ。統率する能力もないのに、支配者が現れて破滅に導いていく。私は争う人間を抑制したかった。ハキリアリの勤勉さと、司令官もいないのに社会性を持つグンタイアリの遺伝子。この二つをミックスした物は最高だ。
「先生、コロニーはあといくつ作る予定ですか? ガラスケースを発注しておかなければなりません」
助手はそう言うと、特別に選んだ
「それにしてもなぜ、
エヌは助手に疑問をぶつけた。自分の作った物は完璧だったはずだ。
「先生、先生の作った
『怠惰な者よ、アリの所に行け。そのやり方を見て、賢くなれ。アリには司令官も指導者も。支配者もいないが、夏の間にその食料を備え、収穫の時にその食糧を集めた」六章七〜八節
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