⭐️Proverbs ⭐️

星都ハナス

唇を制する〈ホラー〉

 ユキは散らばったガラス片を片付けながら、アイツの言葉を思い出していた。


 五回目の結婚記念日は最悪な日となった。


───全部アイツが悪いんだから。許せない。絶対に許さない。


 その夜はプロポーズされた時と同じレストランで食事をした。結婚記念日は必ずこの店でお祝いをしようねってサトシが言ったからだ。


 フランス料理のフルコース。デザートを食べ終わるとサトシはプレゼントをくれた。今まで婚約指輪、時計、誕生石の指輪、ピアス、ブランドバックなど、ユキが欲しいと思っていた物ばかりだった。


 今夜も期待していた。サトシが上着の胸ポケットに手を入れるのを見て、ユキは心臓が高鳴る。五回目の結婚記念日はきっとアクセサリーに違いないと思った。


「ユキ、俺たち、もう終わりにしないか」


 サトシはそう言ってポケットから取り出した封筒をテーブルに置く。


「……何、これ? ふっ、現金かな? それとも?……やっぱりね。知ってたよ。サトシがずっと離婚したがってたの」


 ユキはサトシのサインが書かれた離婚届を確認してから、また封筒にしまう。


「……いいよ、別に。けど何で今日なのかな? 結婚記念日にこんな物渡す馬鹿がどこにいるのよ」


「……ごめん。けど」


 サトシは下を向いたまま何も話さない。サトシは揉め事が嫌いらしい。一度喧嘩した時に、ユキにバッドで殴られてからは黙ってしまう性格になった。


 ユキはサトシを一瞥してから、封筒をバッグにしまった。そのバッグは去年の記念日に貰った物だった。ユキの好みだろって、サトシが選んでくれたものだ。


「じゃ、ユキ、サインしたら出してくれ。俺の荷物はユキが留守の時に取りに行く。五年間ありがとう。それなりに楽しかったよ」


「じゃ。あっ、サトシちょっと待って。最後にいい物見せてあげる」


 ユキはサトシに向かってスマホの待ち受け画面を見せた。そこには黒くて長い髪、白い肌の女性が写っている。目を閉じてまるで深く眠っているようだ。


「ユキ、この写真どこで撮った? エリカじゃないか! このソファーは?」


 まさか?! サトシは見覚えのあるソファーから自宅だと判断したようだ。


「何を焦っているのかしら? いつもサトシには貰ってばかりだから私からのプレゼントだよ。今ならまだ間に合うかもね。ん? ごめん。これはやる前に撮ったんだった。このあと足からにしようか、お腹からにしょうか迷ったんだ」


 ユキは思い出したように笑う。結婚記念日が平日でよかった。サトシが仕事に行ってからエリカを呼び出すことが出来たのだから。


───嫌な予感がする。ユキは俺を殴った時も同じ笑い方をした───


 サトシは背中がゾクっとした。エリカが危険だ。自宅にタクシーを走らせる。



□◼️□◼️


 ソファーの上にエリカの姿がない。異臭のする部屋中を探し回るが、どこにもいない。ただの脅しである事を願いながらサトシは浴室に向かった。


「馬鹿ね、そんな所にいないよ」

「ヒッ! ユキ、いつの間に! おい、お前エリカをどうした!?」


「何興奮してるのよ。サトシらしくないよ。ふっ、ヒントあげるね。最近の圧縮パックって性能いいよね。臭いも閉じ込めちゃうもの」


 サトシはよろけながら寝室に走り、クローゼットを開ける。透明袋を見つけると、サトシは吐き気を催した。


「サトシって弱いね。冷凍庫で見たことあるでしょ? フリーザーバッグの肉片と同じだよ。けど頭部はやりたい事あるから別の所なの。私って天才」


 ユキは笑いが止まらなかった。自分でもいい事を思いついたと自画自賛する。


「何で!? 何でこんな事を! ユキ、お前正気か! けっ、警察を」


 サトシは吐いたり叫んだりとうるさかった。金属バッドで一度叩いたら静かになった。サトシの顔は好きだから、背中に一発叩きつける。


「サトシ、おしゃべりじゃない所があなたの長所なのに。そっか、私ったらごめんなさい。大事な事を忘れていたんだね。……それでサトシ、怒ったんだね」


 ユキはリビングに向かい、ライターと小箱を手にして寝室に戻る。痛いと呻いているサトシの横で圧倒パックを開けて、エリカの女性器アソコを取り出した。ちょうど逆さに立てられるように切って良かったと思った。


「吹いちゃダメなのよね。手でこうやるのよね? サトシもお線香あげる?」


 ユキは火のついた線香をエリカの一部分に差して手を合わせる。


「お悔やみ申し上げます、エリカさん。素敵なオブジェね。あ、ごめんなさい。頭部はここに無いから聞こえないわね」


「くっ、狂ってる! ユキ、お前くっ」───グジャ!


「サトシったらうるさいんだから。大事なお顔が血だらけになちゃったじゃないの! まっいいか。男性器アソコは傷つけてないから。ふふ、サトシの時はどの曲にしようかな」


 ユキはスマホから大音量でアイドルの曲を流した。


「イエーいめちゃホーリデイ、カミソリの方がよく切れる。ノリノリで殺したい。イェーイずばっと、切れたよ。サトシ、痛かった? ごめん、もう死んでるね。サトシ、あの女ね、最悪だったんだ。許せなかったからやっちゃった」


 男性器サトシは掌に収まるサイズだ。まだ生温かい。強く握ると血と変な汁が出た。


「エリカさん、お待たせしました。私も鬼じゃないんだ。同じ男を愛しちゃったんだもの、仕方ないね。でも残念でした。あんたは口でサトシとお別れしてね。

あんた、話しすぎたんだよ。浮気くらいなら許してあげたのに」


───サトシね、ユキさんじゃ満足しないんだって───


 そんな事を言わなければ殺さなかったのに。ユキは掌サイズのサトシをエリカの口の中に入れようと試みた。開かない。唇に押しつけた。それだけでも上等だ。それ程度の女だ。


 だが私は違う。サトシを永遠に自分のアソコに入れておく。


 入れたまま、ガラス片で手首を切った。


五年目の結婚記念日が最高の日になるように。



『言葉が多ければ違反を避けられない。しかし、唇を制する者は思慮深く行動しているのである』    十章十九節


 












 

 


 


 

 





 

 




 



 


 

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