第44話 早起きはなんちゃらと言います

慧仁親王 宮島 1522年


 清々しい朝だ。昨夜は酔っ払いのオッサン共を放って、先に眠らせて貰った。

 ちょっと散歩しよう。まさかね、いくら何でもご都合主義過ぎるよね。そう、遠くから白鹿が此方をジッと見ている。


「ヤックル!」


 あら、寄って来た。宮島の鹿は約5500年前、宮島が本州から離れ、離島化した時に本土側の鹿が分断されて居残った個体群らしい。ヤックルは成体の雄鹿で、立派な角を生やしている。乗れって事か?


「愛い奴だ」


 お言葉に甘えてしがみついてみた。振り落とされた。違うみたいだ。餌を持って無いのが分かると、離れて行った。『どうせ連れて帰れないし』と心の中で呟く。宮島なんて中学校の修学旅行以来だ。懐かしい。懐かしい?確か、大根屋って民宿見たいな所に泊まったんだけど、在る訳ないか……在った?ただの休憩所みたいな所だ。だいこんやって書いてある。朝マズメ、潮が引き、鳥居まで歩いて行けそうだけど、泥んこに成りそうだから止めておく。

 歩き疲れた。限界だ。遠くから様子を伺っていた白鹿が、また近寄って来て俺の横に座り込む。『優しいな、送ってくれるのかい?』そう心の中で呟き、白鹿の背中にしがみつく。驚いた白鹿は慌てて立ち上がり俺を振り落とす。そりゃそうだ、これで送ってくれたら、ご都合主義もいい所だ。


「殿下、大丈夫ですか?」


 どこからか、笑いを堪えながら八兵衛が走り寄る。大原の者だ。


「何だ、見てたなら助けろ。おんぶして」


 両手を広げておんぶをねだると、八兵衛は背中を見せてしゃがみ込む。


「館で宜しいですか?」

「せっかくだから大聖院に行ってくれ」

「ちょ、登り坂ですよ」

「良いではないか、帰っても誰も起きてないし。弥七は?」

「酔っ払って寝ています」


 やれやれ。

 暫く山道を登ると仁王門が見えて来る。見事な仁王像だ。映えそう。振り返ると厳島神社から瀬戸内海が一望だ。


「降ろしてくれ、少し休もう」


 石階段に腰を下ろして、その風景を眺める。


「ずいぶん、遠くまで来たな」


 姉様の出現で思い切った事が出来る様になった。東西どちらを先に手を着けるか、迷いに迷って身動きが取れなかったのだ。そして、宮島にまで来てしまった。何日かの内に島津が来るだろう。それで九州もどうにか平定されるだろう。


「殿下!」


 行雅と言継が坂道を登って来る。


「朝が早すぎます。せめてお声がけ下さい」

「何かあれば某らの責任に成るんですから」

「なあ、公家って何なんだ?何故あんなに貧乏になったんだ?」


 ちょっと意地悪な質問だったかな?理由は分かってるんだろうな。言葉にして、それについて責められる事に躊躇しているにかな。それとも、言葉にして、原因を認める事に躊躇しているのかな。


「公家は淘汰されるぞ。どうすれば公家が生き残れるのか。2人に宿題だ。よく考えておいてくれ」

「畏まりました」

「八兵衛、おんぶしてくれ、帰るぞ」

「はっ」


 朝から難問を抱えて口数が少なく成る2人だった。

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