第16話 海の秘密

『コロセ‥‥‥コロスノダ‥‥‥」


「誰だ!!」



 真っ暗で何も見えない程の闇に覆われた空間。今僕はその中にいた。

 光のない部屋の中で誰かが僕に話しかける。その正体が誰だか、僕にはわからない。



『オマエのホンシツハ‥‥‥‥コワスコト」


「違う!! 僕はそんなことはしない!!」


『ジキニワカル‥‥‥ジブンのウチナルソンザイニ‥‥‥キヅク』


「うっ‥‥‥」


「目が覚めたか?」


「望のお父さん!? ここは‥‥‥」


「魔法学園が運営している病院だ」


「病院‥‥‥」



 辺りを見渡すと、確かにここは病室だ。

 どうやら今まで僕は病院のベッドの上で寝ていたらしい。



「今回の事件では少々無理をしたようだな。正直肝を冷やしたぞ」


「事件‥‥‥そうだ!! あの路地にいた魔獣は!?」


「倒したよ。正確に言えば、君が倒したんだけど」


「えっ!?」


「聞いたよ。月城君の娘さんから。いくら魔法で攻撃しても倒れなかった相手を、君が持っていた果物ナイフでズタズタに切り裂いたそうじゃないか」


「ズタズタなんて‥‥‥」


「言い訳はしないでくれ。現に発見された魔獣は月城君の娘さんから聞いた話の通り、魔獣は四肢を切断された状態で発見された」


「そんなの刃物を持っていれば、誰だってできます」


「普通の刃物であれば切断面があんなにきれいには切れることはない。あれは君にしか出来ない芸当だ」


「うっ!?」


「それにあの場で倒れた君は眼帯をしていなかった。つまり君はあの力を使って、魔獣を倒したんだろ?」



 どうやら望のお父さんには嘘をつけないみたいだ。僕の行動は全てお見通しのようである。



「はい」


「やっぱりそうだったか」



 僕の顔を見てため息をつく望のお父さん。その顔はまたその力を使ったのかという飽きれのようなものまで浮かんでいた。



「君の右目に埋め込まれている物は人ならざる力だ。それを過剰に行使すれば、君自身の身が危なくなるかもしれないんだ」


「すいません」


「謝らなくてもいい。私が心配しているのは君の体なんだ。体調は大丈夫なのかな?」


「はい。今は頭痛もしませんし、問題ないです」



 少し体がだるいだけだ。先程のような頭が割れるような痛みもないし、むしろ疲れていて凄く眠い。



「君の目は特別なんだ。その右目を通して見れる死線と呼ばれる線は、君がその線をなぞるように触ればどんな頑丈な物でも簡単に壊す事が出来る」


「はい」


「それが物ならいい。だがこれが人間なら、簡単に命を奪うことが出来る。それも君ならわかるよね?」


「もちろんです」



 この死線という力はその名の通り死の線だ。その線をなぞるだけで、どんな頑丈な人や物でもあっさり殺せるもの。

 まさに人ならざる力。世の中にあってはいけない力である。



「10年前、君の右目に埋め込まれた魔道具と呼ばれる物。その線が見えるのはそれが原因だろう」


「それは知っています」


「君が魔法を使えないのもそのせいだ。その魔道具に全ての魔力を取られているせいで、魔法が使えなくなった」


「それは昔僕の体を調べた時に言っていたじゃないですか」


「そうだ。だから両親を失った君には、余計に辛い思いをさせてしまったと思ってる」


「全然辛くなんてないですよ。むしろ望や莉音がいてくれるだけで学校は楽しいです」



 望のお父さんはきっと魔法が使えない僕の事を思って話しているのだろう。

 確かに魔法が使えないことで辛いことがある。学校でも魔法が使えないことで後ろ指は差されるし、魔法の授業も別行動だ。


 それでも今までは出ていけとは言われなかった。大半の先生達も僕の事を平等に扱ってくれる。

 僕はそれだけで十分感謝している。こんな魔法が使えない自分相手に色々と教えてくれることを嬉しく思う。



「それならよかった。私としては、君は如月君達の忘れ形見だ。私としても出来るだけの事をさせてもらうよ」


「ありがとうございます」


「だが私でも対処できないものがあるんだ。それは君に任せるよ」


「対処できない事? 学園長でもそんな事ってあるんですか?」


「もちろんある」



 この人に対処できないことなんてあるのだろうか。今まで様々な問題を裏で処理して来た所を見たけど、そんな姿は見たことがなかった。



「じゃあ後はよろしく頼むよ。くれぐれも右目の秘密は他人には他言無用だ」


「わかりました」


「では、私はまた明日来るから。今日はゆっくり休んでいてくれ」



 それだけ言い残して、望のお父さんは出ていく。

 それと入れ違いに新たな人物が中に入ってきた。



「ちょっと!! 如月君大丈夫なの!?」


「つっ、月城さん!?」



 そうだ。何か忘れていたと思ったら月城さんだ。

 あの後僕が倒れてしまってどうなっただろうと思っていたけど、まさか病院にまで来ていたなんて思わなかった。



「よかった。無事で」


「ごめん、心配かけて」


「本当よ。魔獣を倒したと思ったらその場に倒れて、びっくりしたんだから」



 月城さんは安心した表情で僕の事を見ている。

 どうやら本当に僕の事を心配してくれていたみたいだ。



「そういえば、あの後どうなったの?」


「如月君が倒れた後、本部の人達が来てくれて現場の処理をしてくれたわ」


「そうなんだ」


「私も色々とその場で聴取されたし、あとで貴方の所にも来ると思う」


「そうなんだ、本部の人達が、聴取にね」



 望のお父さんが僕の所に来ている時点でそれはないだろう。

 僕がこの目を使って戦ったってことは、きっと本部の人達もわかっているはずだ。



「それにしても、よくあの魔獣を倒すことが出来たわね」


「たまたまだよ」


「たまたま? 本当に?」


「そうだよ。運よく僕のナイフの切っ先が魔獣に触れて、倒せただけだよ」



 望のお父さんが言っていたことはきっとこのことだろう。

 月城さんに僕の秘密を話すなってことを言いたかったらしい。



「わかったわ。その言葉を信じるわ」


「よかった」


「それよりも気になってることがあるんだけど、本当にその右目は見えないの? あの時外してたけど?」


「!?」


「眼帯を取った時両目が青色に輝いていたし、一体貴方は何者なの?」


「僕はただの人間だよ。魔法の使えない落ちこぼれ。それが僕だよ」


「落ちこぼれ‥‥‥ね」



 落ちこぼれという単語を聞いて、月城さんの眉がぴくっと動いた。

 先程よりも機嫌が悪くなっているように見えた。



「如月君」


「何?」


「一つだけ言っておくわ。貴方は今自分の事を落ちこぼれって言ったけど、私は貴方の事を落ちこぼれだとは思ったことはないわよ」


「どうして!? 魔法も使えない僕なんて、落ちこぼれじゃないか!!」


「貴方は人の価値を魔法だけで測るの?」


「だって世の中、魔法が使えない奴は落ちこぼれだって。学校の成績でも‥‥‥」


「例え魔法が使えなくても、貴方にはその剣技があるじゃない」


「えっ!?」


「今日の魔獣との戦いを見ていたけど、ナイフで魔獣とあれだけ戦える人なんて私は見たことないわ」


「けど‥‥‥」


「本部の人達が剣で魔獣と戦ったとしても、あそこまで魔獣と渡り合う人はいないわ。だから貴方の剣技は魔法にも十分渡り合える。決して落ちこぼれなんかじゃないわ。それは私が保証する」


「ありがとう、月城さん」



 月城さんに褒められて何故だか嬉しい気持ちになる。

 望や莉音、薫子さん以外に褒められることなんてなかったからだろう。だからすごく嬉しかった。



「僕にも誇れるものがあったんだね」


「えぇ。貴方は今まで魔法が使えない分、剣技を鍛えてきた。その努力はきっと貴方を裏ぎらないはずよ」


「うん」


「だから自信をもって。貴方は強い。その辺の魔法士よりも、魔獣に立ち向かう勇気を持つ貴方は強いのよ」



 もしかすると僕は誰かに肯定してほしかったのかもしれない。

 小さい時に魔法が使えなくなり、ずっと剣の練習だけをしてきた。

 だけどそれだけでは魔法を使う人達に追いつかないことも知っていた。現に僕は今まで魔法を使う人達に歯が立たなかった。

 でも自分は剣技が凄いと月城さんが認めてくれたことで、少しだけ心が軽くなった気がした。



「ありがとう、月城さん」


「お礼を言われることじゃないのよ。毎日公園や闘技場で剣を振ってるんだから、その努力は報われないといけないに決まってるわ」



 月城さんが凄いと思ってしまう。その精神力の強さはどこで手に入れたのだろう。

 話しているだけで元気が出てくる。本当に月城さんに感謝だ。



「でも、それとこれとは話は別だから」


「えっ!?」


「貴方の秘密‥‥‥話してもらうわよ」



 まずい。ほっとしたのもつかぬ間、月城さんが僕にどんどん近づいてくる。

 その距離はどんどん縮まっていきいつの間にか月城さんの顔が僕の目の前まで来ていた。



「えっと‥‥‥」


「さぁ、話してもらうわよ。その目は一体何なの? あの青い目はカラコンなはずないわよね? 一体どんな魔法を使ったの?」



 突然迫りくる月城さんに僕はたじたじになってしまう。

 だってあんなに綺麗で整った顔が僕の目の前ほんの数cmに迫っているんだ。

 少しでも口を突き出せば、月城さんの唇に触れそうになる。



「それで如月君、どうなの?」


「それは‥‥‥」


「話さないなら話すまでこのままでいるわよ。覚悟してね」



 こうして僕と月城さんの攻防はしばらく続く。

 その後担当の看護師さんが来るまで、僕は月城さんの追及をかわし続けるのだった。



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