第35話 シエスタ、それは漂う思考

シエスタが本当にシエスタなのだと思い知ったのはスペインに到着してからだ。小さな商店やバルやレストランだけじゃない、デパートだって銀行だって。あっけにとられたものの、郷に入れば郷に従えだ。


昼前の電車で到着したクエンカは、のんびり歩いているうちに魔の時間帯、いや安らかなる休息の時間に突入した。小川のせせらぎを背に急坂を登り、シャッターを下ろしかけた店に駆け込む。どうにか買えた焼き菓子を頬張りながら、私は旧市街の高みを目指す。


あっという間に城塞都市は眠りに落ちてしまった。人の気配はとうに途切れた。めぼしいものがない住宅街の先はなおさらだ。照りつける日差しの下、無造作に置かれた玄関前の椅子に人影はなし。


それでも私は歩き続けた。赤い砂が吹き寄せる古い壁に沿って歩いていった。乾いたそこに咲く花もある。なんだか世界に一人取り残されてしまったかのような時間の中で、小さな優しさは沁みるものがあった。


クエンカの午後は、きっと中世から変わらないのだろう。積み重ねた石が見え隠れする漆喰の壁に、見る人もないまま、太陽さえも焦がれるような鮮やかな黄色い薔薇が咲き誇る。


強烈な光は瞑想するには仰々しいが、逃げ込んだ木陰から見るそんな世界は、それゆえに沈黙の魅力に満ちていた。太刀打ち叶わない深い陰影には、静かな瞑想とは違う、奪い奪われるからこそ与えられる思想が渦巻いているような気がしてならなかった。


微睡みの中で見る昼下がりの時間は、だからこそ気だるく切なくて、人生について歌いたい、語りたいと思ってしまうのかもしれない。一欠片の優しさに、恐ろしく心掴まれるのかもしれない。

ああ、そうか、これがシエスタか。おぼろげながらに何かが浮かび上がってくる。瘠せた大地に生み出されてきた力について、少しだけ理解できたように思った。

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