こばこ
@konjou
第1話
「箱の底には希望がある」
そんな話があった。あれはどんな話なんだっけ?
*****
どんよりと、雨粒を溜め込んで泣き出しそうな空。
重い空気。
なんでこんな事になっちゃったんだろう。
「なんでもっとちゃんと出来ないの!?」
−−−ちゃんとって何だ。私はこれ以上ない程、ちゃんとしたつもりだ。
「あんたはいっつもそう!すぐ反抗的な態度取る!お姉ちゃんはあんなに素直な良い子なのに!!」
−−−じゃああんたの大好きな【お姉ちゃん】に頼めよ。
「ちゃんと出来るまで、部屋から出てこないで!」
「………はい」
我が家が一軒家で良かった。こんな大声に、壁伝いに響き渡るような大音量のドアを閉める音。マンションなら上下左右の部屋から苦情が来るに違いない。
毎度のことながら、あの人の癇癪には付き合い切れない。
先程まで頭上に聞こえていた金切声がリフレインして、鼓膜の内側に巣食っているのが鬱陶しく、軽く頭を振る。
パタパタと、窓を水滴が叩く音が聞こえてきた。
−−−降ってきたか
部屋の真ん中に立ち尽くしたまま障子の向こうに見える窓へ視線を遣ると、案の定透明なガラスに雨が流線を描いていくのが見えた。
まだ8月だと言うのに秋雨前線が来ているらしい。こんなに蒸し暑くて、夏真っ盛りの筈の8月に、秋雨前線とは。昔の賢い人が作ったらしい暦は私には理解できない。
「はあ…。じゃあ…まあ、どうしましょっかね」
ここは仏間。我が家の小さいながらもきちんとした造りの、仏壇が置いてある部屋。
お爺ちゃんはまだ元気だから、ここに居るのはお婆ちゃん。入れ歯がうまく固定できなくて、笑う時だけいつも「ふぇっふぇっ」と漫画みたいな声を出していた。スーパーのお菓子売り場に、お気に入りの駄菓子がないと駄々をこねて泣き叫ぶ私を、わざわざバスに乗って、遠くの大きな駄菓子屋さんに連れて行ってくれた、大好きなお婆ちゃん。
「ちゃんと綺麗じゃん…これ以上どうしろって…?」
言いつけられたのは、仏壇の掃除。
中を全部取り出して、あまり積もっていない埃を丁寧に払って、アルコールはダメだから布や研磨剤で研いて…。一つ終えては中に戻していく。そうして昼食も取らずに一日かけて、夢中で掃除を終えたのに、貰えたのは先ほどのお説教。
せめて何がどう駄目なのか、言ってくれたら良いのになあ。と思いながら仏壇を覗き込む。
「…あれ?」
先ほどは気がつかなかった所に、小さな取っ手が見えた。
「ええ?まさかこれに気付かなかったのに怒ってた?…いやいや、それこそ私が気づかなかった事に気づかないよね、普通…」
思わず1人でツッコミを入れてしまった。
とにかく、祖母の居場所を汚れたまま置いておくなんて出来ないので、掃除をするべく取手に指をかけ、軽く引き出す。思った通りの軽さで、コトン、とそれは掌に落ちた。
「…?何だこれ?仏具……にしたら、キラキラしてないな…?」
引き出しの中には、一つの箱が入っていた。
小さな木片が組み合わされ、緻密な模様を浮かび上がらせるそれは、私の手にしっとりと木の温もりを伝えてくる。
−−−多分これはあれだ。なんとか細工の、なんか凄いやつだ。多分。
金箔でキラキラしていない。ニスが塗られているのか、研磨されているからなのか、表面はつるりとして綺麗だけれど。
ピタリと行儀良く閉じられた蓋を、そっと開く。蝶番は音もなく、驚くほど滑らかに動いた。
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