第5話
「生き返り、私の脳とは別の脳の筈なのに、思考能力が元と同じっていうのがなんだか納得出来ないわね。考えるのは脳ではなく魂ということかしら」
場面は変わり、秋奈が蹴り飛ばした少年の家の一階にあるキッチン。
秋奈はそこで、他人の家で勝手に朝食を作ろうとしていた。
「食事なんてもうしないと思ってたのに、人間、食べる行為とは一生お別れ出来ないのね。それにしても、今回の私は一体誰なのかしら」
これまで98回の転生を繰り返してきた秋奈は、短いながらにもそれぞれの世界と、身分というものを体験してきた。
例えば、特になんら変わりない現代世界。
例えば、魔法が飛び交うファンタジーな世界。
例えば、機械に支配され、人間が怯えて暮らすサイエンスフィクションな世界。
その他95の世界。
しかし秋奈は、そのどの世界も現代世界だと思い込んでいた。
例えば、一国の女王。
例えば、殺人鬼一家の娘。
例えば、母親のネグレクトに苦しむ赤子。
その他95の身分。
そして今回の99回目の転生は、人間離れした身体能力の持ち主。
「今までこんな超常的な身体能力をしたことがないから、少し怖いわ」
そんな事を言いながら、秋奈はお米を研いで、そして炊飯器がなかったので、鍋を用いてお米を炊き始めた。
そして、水に浸されていた野菜を水で血を洗い流した匕首で切り始める。
「お肉はどこかしら」
肉入り野菜炒めを作ろうと思っていたのだが、お肉が保存されているであろう冷蔵庫が見当たらなかった。
「今時冷蔵庫が無い家なんてあるの?21世紀よ」
21世紀だからと言って、どこの家庭にでも冷蔵庫があるという決めつけは良くないだろうが、しかし秋奈の言うとおりである。大抵、普通、冷蔵庫は小さかれ大きかれどこのご家庭にでもある。今では生活必需品と言えるそんな家電を所持していないこの家庭は、それ程までに困窮しているというのだろうか。
「確かに、辺りは山で囲まれているし、さほど大きくもないから家賃も安そうだわ」
それに気付いた秋奈は、貧窮しているこの家庭の食材を勝手に使って朝ごはんを作るという非常識を―――やめなかった。
それには理由があった。
まず、彼女が食事を摂りたいと思ったのは、決してお腹が空いたという理由ではなく、なんとなく食べたいと思ったからだ。生き延びる為の食欲ではなく、食事という快楽を得る為の食欲。
それにはまた理由があり、彼女が繰り返してきた生き死にが近因であった。
それは、彼女が一度体験した、母親のネグレクトに苦しむ赤子である。
その赤子での人生も彼女にとってはたったの数十分だったのだが、しかしそれでも自らの身体となった赤子の身体に起こっている異常は、だからこそ分かったのだ。
明らかに、数日間食事を与えられていない、と。
それは体型や体調ですぐに分かった。
それに気付いた瞬間から、秋奈は何かを食べたかった。何でもいいから食べたかった。それは、その赤子から次の身体に生き返った際も、ずっと感じていた。
一度満たされたいと思った欲は、満たされるまで欲してしまう。
今の秋奈は全くお腹など空いておらず、むしろ満腹感の方が大きかったのだが、そういった理由があって秋奈は今、どれだけ非常識と言われようと人の家で勝手に朝食を作るのだった。
「しかし残念ね、お肉が食べたかったのだけれど」
やむ無しである。
秋奈は完成した野菜炒めをこれまた他人の家の皿に盛り付け、炊きたてのお米も同様にして、他人の家の机の上に配膳し、他人の家の箸を用いて口元まで野菜炒めを運んだ。
そんな瞬間だった。
「お、おいお前!」
震えていて弱々しい、明らかに秋奈に怯えている声が、リビング入り口から聞こえた。
秋奈は止めていた箸を口の中に持っていき、一口野菜炒めを食べて、シャキシャキという咀嚼音を口内に響かせながら、音の発生源、発声した人物を見据えた。
「やぁやぁ自殺少年どうしたの?お腹空いた?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます