花が降った日

花が降った日

 私の両親は厳しい人で、私は幼い頃からたくさんのルールに縛られて暮らしてきた。見るテレビ番組、読む本、身につける服、その全てを両親が決め、私はただ与えられたものを受け取り生きてきた。我慢したものはたくさんある。同年代の子供の間で流行っていたアニメだったり、漫画だったり、ゲームだったり、私はそういったものに何一つ触れてこなかった。けれどいつしかその我慢すら忘れ、ただ受け取るだけの人生が当たり前となっていた頃、私は高校に入学した。両親の指定した、県でも有名な女子高だった。


 そしてそこで、自由奔放に生きる女子高生たちに出会った。


 高校は生徒の自主性を尊重しており、髪を染めるのもピアスを開けるのも何もかもが自由だった。イベントが盛んで、生徒たちは体育祭となれば競うように髪を花やリボンで飾り付け、文化祭となればメイド服や巫女服に身を包んだ。私はといえば、何もせずただ隅で彼らを見つめるだけだった。


 ある日唐突に、羨ましいな、と思った。それから、私の心に渦巻いていた感情が羨望だったことに気づき、とても驚いた。けれど彼らのように振る舞うには、私はあまりにも受け取るだけの人生を生きすぎた。自分から動くことができないのだ。そしてその渦巻く感情を抱えたまま、高校三年生になった。


 両親に言われるがままに受験勉強に取り組みながらも、高校生活最後だと青春を謳歌するクラスメイトを横目で見ていた。ああ、羨ましい。羨ましい! 私も、私だって。


 不思議な雨が降るようになったのは、その頃だった。


 その雨は私を中心に半径1メートル以内にだけ降る。しかもただの雨ではない、通常では決して降るはずのない、世にも奇妙な雨が降る。魔法のステッキ、レースのワンピース、ピンクのリボンに真っ赤な口紅。晴れていようが、曇っていようが、真っ直ぐに私めがけて降ってくる。もしそれを知ったら両親はなんと言うかと恐れたが、不思議な雨はなぜか私が高校の敷地内にいるときだけで、隠しさえすればバレることはなかった。自由奔放なクラスメイトたちといえばそんな私を「すごい」と一言でまとめて、降ってきたものの記録をつけ始めた。私は校内で一躍有名人になり、私が雨に降られていれば俺が私がと詰め寄せる。気がつけば、私は教室の真ん中に立っていた。


 気がつけば不思議な雨の観測係なんてものも出来ていた、ある日のことだ。今日の観測係だった女子が、その日降ってきたものの記録をつけながら言った。


「ねえこれ、今度の文化祭で着てみない?」


 そう言って、彼女は地面に広がるドレスを広げて見せた。それは私でも知っているような、昔流行していた魔法少女のアニメで主人公が着ていた衣装だった。憧れて、けれど諦めたもの。両親が禁止していたもの。与えられなかったから、私が受け取ることはできなかったもの。


 ──ふと、思った。


 これは、私が諦めてきたものたちなのでは?


 魔法のステッキ、レースのワンピース、ピンクのリボンに真っ赤な口紅。通常では決して降るはずのない、世にも奇妙な雨。受け取ってばかりの人生だったけれど、これほど強引に何かを押し付けられたのは初めてだ。


 私ね、受け取るのは得意なの。ずっとそうやって生きてきたから。


 そっと、彼女の手からドレスを受け取る。ふんわりと広がるパニエに、腰で揺れるピンクのリボン、胸元で光を弾いて輝く宝石。胸が高鳴るのがわかった。


「……私、着て、みたいな」


 そんな私の言葉に、彼女は目を細めて笑った。彼女の青く染まった髪が風で揺れる。


「いいじゃん。青春は一度しかないんだからね、楽しまないと!」



 文化祭の日、私は生まれて初めてドレスに身を包んだ。魔法のステッキを手に持って、リボンで髪を結んで、口紅を唇につけた。


 その日、全てを祝福するように花の雨が降った。


 それから、不思議な雨はもう二度と降らなかった。

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花が降った日 @inori0906

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