第57話 外来種たち


「あ、あの場所だけは」

 寒さに凍えるようにヒドラは歯や体をがたがたと震わせて、メイドに命乞いをしている。よほどその水槽が嫌なのか、ヒドラや蛇蝎はその美貌が台無しになるほど涙で顔をぐしゃぐしゃにして、メイドの足にすがるように助命を懇願している。だがそれでもメイドは知ったこっちゃないと言うように、

「このまま城へ向かいましょう」と俺たちに主張してきた。俺たちは悩みはすれど、メイドの主張を通すことにした。エレンの反対はあったが、メイドの指示を受けて作った牢獄のような二つのケージにオロチや蛇蝎を閉じ込め、アイテム欄に収納した。それからまたワゴン車の助手席に乗り込んでいると、その間にメイドはワゴン車の燃料として素材を変換して車に給油をしている。

「あ、あの」

「ん?」

 同じく後部座席にカグヤやオロチと乗り込んでいたエレンが、おずおずと俺に話しかけてきた。彼女はどうやら先ほどの光景が、隣に座るオロチにも降りかかるのかと危惧しているようだ。ちらりと申し訳なさそうにまだ幼いオロチを見て、決意したように「あの!」と言葉を紡ごうとした。だが給油を終えたメイドが運転席に乗り込み、「状況によってはしますよ」とエレンの言葉を遮った。

「そんな……」

「元々の目的とは少しそれますが、都合よく逃げ出した者たちを手に入れたのです。当然でしょう」

 備え付けのルームミラーでおとなしく座っているオロチを一目見て、メイドが言葉を続けた。

「そもそも彼女たちは我々同様侵略者。この世界にそぐわない生物です」

「生物、ですか」

 エレンはメイドの物言いに不満げに言葉を漏らし、俯くオロチの頭をそっと撫でた。「大丈夫だから」と言葉をかけつつも、エレンは今度は俺に焦点を定めて、「レディ様もそう思われますか?」と問いかけてきた。

「うーん。物かどうかは別として、立場が違えば景色も変わるしな」

「そんな! レディ様」

「人か物かは別にどうでもいいんだよ。大事なのは、自分の価値観に見合ったものを守りたいだけだ」

「価値観……」

 エレンは考え込むように黙ったので、俺は言葉を続けることにした。

「エレン、カグヤ、オロチ……そしてメイド。お前らは大事だ。だけど蛇蝎やヒドラは必要ない。同じくラプター王は不要だが、エレンやダグラスたちは大事だ。だけど俺たちはエレンたちもわかっているように、生き死にに興味は無い。作れるからな。見てろ。レディメイド」

 俺は素材を一つ使い、まるでぬいぐるみのような可愛らしさを持つウサギの亜人、ピーターを作り出した。そのピーターを後部座席にいるエレンたちに渡すと、彼は長くつんと伸びたウサギ耳をぴくぴく動かし、小さな鼻を鳴らし、無言でエレンやカグヤ、オロチたちをじっと見つめている。するとその愛くるしさから、後部座席から「なんと愛くるしい……」や「美味しそう」などの感想が聞こえてきた。

「美味しそう?」

 俺は不思議な感想が聞こえたため、その感想を漏らした少女、オロチをの方へ振り返った。するとオロチは細長い舌を出し、「あ、間違えた。かわいいね」と無言のピーターの毛並みをそっと撫でて「かわいいウサギさん」と丸い目でピーターを見て微笑んでいる。だがその口元は先ほどの発言からか、きらりとよだれを垂らしていた。

「お、オロチちゃん?」

「オロチ?」

 エレンやメイドもまるで空腹なオロチの姿に疑問を持ち、彼女に声をかけていた。その際には口元のよだれを袖で拭い、オロチは「ありがとう。レディ様」とピーターを俺に返してくれた。俺は危うく食べられそう?だった彼をアイテム欄に収納すると、それに合わせるようにメイドが「発射します」と声をかけてアクセルペダルをそっと踏んだ。

 オロチの様子でこれ以上重くなる話をする雰囲気ではなくなったからか、エレンは移動中一切主張せず、馬より早く駆ける車に感動しているオロチを膝にのせて、窓の方を見ていた。

「すごい早い、馬車?」

「車って言うらしいですわ」

「ほう、馬も使わず何と速い! それに揺れない、なんと心地よい乗り心地じゃ」

 三人掛けの後部座席でエレンが、自分の膝の上に座るオロチの問いかけに答え、「そうですよね。レディ様!」と俺に確認を求め話しかけてきた。俺は助手席に座りながら、ああ、そうだ」と答えていると、その間カグヤが子供の様に、クッションシートの心地よさや車の速度を体感してはつぶさに感想を漏らしている。

 およそ時速100キロ程度で土の道を進んでいくと、大きな火山のように先端が尖がったような山や、屋敷が見えてきた。

「あれですね。おっと……」

 前方にいる馬に跨った侍と呼ばれる兵士たちが俺たちに気が付き、馬に乗って突撃してきた。どうやら主不在で何かがあったことに気が付いたようだ。

「ヒドラもそれなりに上に立つ人間か」

「そのようですね。自身が戻らない時の事を考えて策を講じていたようです」

「じゃあ彼女たちに頼むか」

 俺の言葉を聞いてメイドが不本意そうに眉をしかめてハンドルを切った。

 尻を振るようにドリフトをしたワゴン車に驚いた馬たちが嘶き、後ろに倒れるように大きくのけぞり、馬に跨っていた侍たちを振り落としていた。馬の背から転げ落ちた侍たちは、慌てて刀を杖にして立ち上がり、こちらにふらふらになりつつも走ってきた。そんな彼らの意気込みに報いようとメイドは車を止めた。それは彼らと正々堂々と戦うためではない。

「ではお願いします」

「任せろ」

「お前ら、ヒドラの部下か?」

「その耳、カグヤと同じ類か? 我らが主はどこだ! 答えよ!」

「お前らの主か。それはどれだ?」

 俺はアイテム欄から様々な侍たちや盗賊たちの屍をぼとぼとと地面に落とし、彼らに問いかけた。すると侍たちはわなわなと背を震わせ、「よくも同胞たちを」と腰に下げているさ屋から刀を抜いた。じりじりと俺に詰め寄ろうとする侍たちに俺は両手を上げて降伏のポーズをとった。すると「油断するな!」と侍たちが声を出して俺の動向に注目し、距離をとった。

「その判断は正しいが、素材の蓄えは十分だ。その判断の褒美に会わせてやるよ。レディメイド! 蛇蝎&ヒドラ!」

 俺の言葉に呼応し、スキルが発動する。地面に倒れている元侍たちの体が見る見るうちに、禍々しい化け物へと姿を変えていく。

「だ、蛇蝎大夫様、それに、皇帝様!」

 まるで孵化をするように侍たちの体を食い破るように現れたサソリの下半身と蛇の皮膚を持つ上半身の蛇蝎たちや、侍の屍を食い破り天高く飛翔する赤き大蛇たち。それらが合わせて6体現れたことで、侍たちも顔を青ざめて事態を把握している様子だ。だが彼らは決意を露にして叫びながら俺たちに立ち向かってきた。だが俺の下にたどり着く前に、蛇蝎のサソリのハサミやヒドラの鋭い牙でかみ砕かれてしまった。それでも彼らは敵に下った元主人たちの催眠を解こうと、必死に悲鳴と共に彼女たちの名前を呼んでいた。だが無情にも奴隷となり意志を奪われた彼女たちとの意思の疎通は不可能だ。

 ほどなくして死亡して静かになった侍たちとは別に、屋敷の方からカンカンカンと文字通り高らかな警鐘を鳴らしていた。

 

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