アイにつける薬はない

一澄けい

供述・× × 者―おわりのはじまり

いろんなものが移ろう世界で、変わらないままでいることは、きっと、難しい。

幼い頃の約束。幼い頃からの願い事。それらをどれだけ大切に抱え続けたとして、約束は果たされないし、願い事だって叶いやしないのだ。

だって、変わらないものなんてないんだから。

変わらないものなんてないから、約束は、破られる。

あたしがどれだけ、その願いを大切に抱え続けたとしても。


ねえ、あなたはきっと、知らないんだろうね。

あたしがどれだけ、あなたのことを愛しているか、だなんて。

だから簡単に、あたしの前で、幸せそうな顔をして、言うんだ。

知らない女の腰を、やさしく、大事なものを抱えるように、抱えたまんま。

『僕の彼女だよ』だなんて。

その時、あなたのそんな顔を見て、あたしは思ったの。

ああ、悔しいな、って。

それでね、気が付いたの。

あなたはあたしに、もう、恋をしてくれることはないんだって。

悔しかった。苦しかった。悲しかった。

ただ、あなたの中で、あたしはもう「そういう対象」になれないんだという事実を突きつけられたことが、悔しくて、悲しくて、堪らなかった。


変わらずにいることは、難しい。そんなこと、あたしだって分かっている。

あたしもあなたも、子供のままでは居られない。あなたが、あたし以外の「オンナノコ」を知らないままでは居られないことだって、分かっている。

あなたがあたしだけを見て「ずっと一緒にいよう」って、言ってくれることはもうないことだって、解っている。

世界は、移ろうものだ。ひとは、変わっていくものだ。

変わっていくものを止めることは、きっと、難しい。

だけど、変わっていくものを、変わらない「なにか」にしてしまうことは、簡単にできてしまうんだと。

それに気付いたのは。

あたしが、あなたを×してしまった、あとだったのだけれど。


「……ねえ、ゆーくん」

まっかに染まった部屋の中で、あたしは、目の前のあなたの名前を呼んだ。

「あたしと、結婚してくれる?」

彼の、男の人にしては華奢な手をそっと握って、目の前のあなたに、そう、問いかける。

彼は、ゆーくんは。その問いに、首をかくん、と頷かせた。

あたしは嬉しくなって、ゆーくんのその身体を、ぎゅっと抱き寄せる。

「ゆーくん……ありがとう」

あたしの願いを叶えてくれて、ありがとう。

あたしのその言葉に、ゆーくんはなんにも言ってはくれなかったけれど。

だけど、それでよかった。

たとえ、ゆーくんがなんにも言ってくれなくても。抱きしめているゆーくんの体温が、どんどん、つめたくなってても。

ゆーくんが、あたしと一緒に居てくれるなら。

ただ、そうでさえあれば、なんだって良かった。


「ずーっと一緒にいようね、ゆーくん」

あたしはそう言って、彼に口付ける。

はじめて味わった彼のくちびるは、なんだかつめたくて、酷く不味い、鉄の味がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る